第二百八十三話
しばらく待っていると、アタルたちの前に料理が並べられていく。
「ほう」
「うわあっ」
アタルとキャロは思わず感嘆の声を漏らす。目の前のテーブルに並べられた料理たちは見事なものであり、その香りは二人の食欲を強く刺激していた。
「うちにあるものだけで作りましたので、ご満足できるものかわかりませんが……どうぞ」
トレイを胸元で抱きながらニャムが遠慮がちにいうが、香りと見た目に対しては十分合格点を出せるだけのものが並んでいる。
「それじゃ遠慮なく――頂きます」
「頂きますっ」
アタルとキャロが料理に手をつける。
バルキアスとイフリアには別途食事が用意されており、二人はそちらを食べている。
「もぐもぐ――うん、美味しい」
「アタル様、こちらも食べてみて下さい! すごく美味しいですっ」
現在休業中の店に残ってるもので作ったとの話であり、それは確かに食材も高級なものや特別新鮮なものが使われているわけではなかった。
しかし……。
「うん、どれも高いレベルだ」
しっかりと手が加えられており、客が満足するものを提供できている。
アタルとキャロは美味い、美味しい、いい味だ。そんな誉め言葉を口にしながら食事をしており、十分楽しめるものであった。
それと同時に二人の頭には疑問が思い浮かぶ。
(なんで、この味でなんとかやっていけるというレベルなんだ?)
(繁盛しててもおかしくないと思いますけど……)
声には出さないが、アタルとキャロは視線をかわすだけで互いの思いが通じ合っていた。
全ての料理をたいらげて、食事が終わり、ニャムたちが食器を片付けてくれたところで話を戻す。
「さて、二人の料理の腕前は大体わかった。正直なところ……」
アタルが一瞬タメを作ると、ニャムとカッターはごくりと息を呑む。
「……なんでこの店が繁盛しないのか理解できない。仮にメインとしている食材が入ってこないとしても、十分美味い」
ニャムとカッターはアタルの言葉を聞いて、目を大きく見開いて喜びを表している。
「もちろん、目玉となる商品を生み出そうという考え方も正しいと思う。そこで、珍しい料理について話している俺に目をつけたのも悪くない……ただ」
「「ただ?」」
身を乗り出すニャムとカッター。
「さっきも言ったように、なんでこの店が繁盛していないのか? その原因から探る必要があると思う。そこを放置したままで、新商品を作り出しても、それでもし来客が増えても、一時的なもので終わるんじゃないかと危惧している」
ニャムとカッターは今度も目を大きく見開いている。ただし、乗っている感情は驚きだった。
「そ、その、正直なところ、うちの店はこんなもんなんだと思っていた。もちろん提供する料理には自信を持っているが、他の店も等しく美味しいのだろうと。うちの料理にはそこまでの魅力がないのだろうと……」
カッターはなんとか食べていくためには頑張らなければいけない。
だったら、自分のプライドなど捨ててでも、通りすがりの冒険者にすがってでも、なんとか立て直したいと思っていた。
「ふむ、リピート率はどうなんだ? 一度来た客は必ずまた来てくれるのか?」
「……いや、常連は何人かいるけれど顔ぶれはまちまちだと思う」
アタルが最初に考えたのは、来店人数が少ないこと。その場合、店の場所がわからない、店を知らないなどの理由が考えられる。
しかし、カッターの答えを聞く限り人は来ている。来ているが、定着しないということだった。
「味は美味い。二人の見た目が怖いということもない、一体何が問題なのか……一つ提案があるんだが、材料の入荷が確立されてきたら、店をオープンさせてほしい。そして、どんな客が来て、どんな客が来なくなるのか、どこに問題があるのかを見てみたい」
アタルの提案を聞いたニャムとカッターは顔を見合わせて頷く。
「アタル様、ということはお二人の依頼をお受けするということでよろしいのですか?」
見上げるようにキャロが確認をする。問いかけてはいるものの、キャロには答えがわかっている。
ニャムとカッターが強い決意をもとに店を開くと決めても、アタルが途中で引いてしまってはその努力も無駄になってしまう。
アタルから明確に、受けるという言葉を聞いていないことに気づいた夫婦は真剣な、それでいて不安な表情でアタルのことを見ていた。
「……全く、キャロは大事なことをいいタイミングで質問してくるな。あぁ、それだけやってくれるならちゃんと受けるよ。結果に期待してもらっても困るが、やれることはやろう」
その答えに夫婦は手をとって喜ぶ。
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「これで光が見えた!」
あまりの喜びようにアタルとキャロは苦笑してしまう。
「本来なら冒険者ギルドに依頼してもらって、それを受けるのが筋なのかもしれないが……内容が内容だけに面倒だからしなくていいだろ。まずは、とにもかくにも店を開いてもらうことだ。さて、いくか」
そう言うとアタルは立ち上がる。
「えっ? ど、どこに行くのでしょうか?」
ニャムが質問する。この先どうやっていくのか、料理をどうするのか、そんな相談をするつもりでいたためである。
「俺たちはホテルに戻るよ。まずは、店の再オープンのために頑張ってくれ。まずは店の問題点の抽出からだ。もし、資金が厳しかったら言ってくれ、引き受けたからには多少の援助はする」
「い、いえ、そこまでしてもらうわけには……!」
ニャムが慌てて言うが、アタルは首を横に振る。
「いや、問題点を見つける前に潰れてもらっては困るからな。色々改善して繁盛するようになったら、報酬に上乗せしてくれればいいさ」
ふっと薄く笑ったアタルはそう言い残して店を出る。キャロとバルキアスとイフリアは軽く頭を下げて、アタルのあとをついていった。
残された二人は、しばらくポカンとするがすぐに表情を引き締める。
「あの人は金を出してでもなんとかしようと考えていてくれる。俺たちは俺たちがやれることを頑張ろう」
「……うん、頑張ろう!」
それから二人は仕込みや食器洗いなどできることから手をつけていった。
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