第二百七十四話
「まさかこんな場所でお前たちと会うとはな。一体何をしにやってきたんだ?」
ラーギルは余裕のある表情でアタルたちに質問をする。
「それは俺が聞きたいところだ。お前たちはこんな場所で一体何をやっている」
冷たい表情のアタルは質問に答えず、質問をもって返す。
「はっ、相変わらず生意気なやつだ。ある理由があってこんな場所にやってきたわけだが……それをお前たちに話す理由はない」
以前のような苛立ちは見せず、ひょうひょうとした態度で答えるラーギル。
「そうか、理由は聞かない。質問を変えよう。――この神殿および周囲の状況はお前の仕業か?」
神殿の中には神やそれに類するものがいると言われている。しかし、その存在感を感じない。
更には神殿を守護しているはずの結界も見られない。
「その質問なら答えよう。そのとおりだ。神聖な神殿と言われているんだったか? だけど、あんなものちょっと力を加えるだけでこの結果さ」
やれやれと呆れたように肩を竦めて言うラーギルに悪びれた様子は一切ない。
「……ラーギル様、そのへんで。もう目的は達したかと」
静かな口調でミーアがラーギルに耳打ちをする。
どうやら彼らは何かの目的をもってここにやってきており、すでにそれを達成したようだった。
「あー、そうだったそうだった。それじゃあ俺たちはおいとましよう。君たちはここを調べていくといいんじゃないかなぁ? それじゃあな!」
からかうような口調でラーギルがそう言うと、以前もあった精霊が姿を現してラーギル、ミーア、そして魔の森にいる魔物を背中に乗せると飛び立ち、勢いよく天井を突き破って飛び立っていった。
「くそっ、取り逃がしたか!」
彼らの早さは相当なもので、アタルは突き破られた天井を見ながら苛立ちをにじませ、文句を口にする。
「アタル様っ! こちらに来て下さい!」
キャロはラーギルたちが飛び立ったあと、周囲を確認しており、何かを発見していた。
「何かあったのか……――これは」
『かなり弱っているようだ。早く回復しないと手遅れになってしまうぞ』
そこに横たわっていたのは、薄水色のイカの顔をしたローブをまとった誰かだった。
「そのようだ」
そう口にした時には既に回復弾を装填したライフルをイカに向けていた。
そして弾丸を撃ちこむ。
イカの身体が光に包まれると、傷が治り顔色にも改善がみられていった。
「……う、ううん」
すると、イカは意識を取り戻したようで、ゆっくりと目を開いていく。
「私は一体……はっ! さっきのやつは! ん? 君たちは?」
瞼を震わせて目を覚ましたイカは途中でがばりと身を起こすと周囲を勢いよく見まわす。
さっきのやつとはラーギルのことであり、周囲を見渡すが最初に目に入ったのはアタルたちの姿であったため、少し混乱しているようだ。
「さっきのやつらは天井に大穴を開けて飛び立っていった。俺たちはあいつ……ラーギルとちょっとした因縁のあるただの冒険者だ」
アタルが一気に説明するが、イカは目覚めたばかりであり、まだ状況に頭がついてきてないようだった。
「な、なんだって? 魔族と因縁? それがただの冒険者? こんな場所まで来られたのに一介の冒険者だというのか?」
信じられない状況であるため、イカは更に困惑を強くしている。アタルたちが信用ならない人物なのではないかと疑いのまなざしすら持ち始めていた。
「少し落ち着こう。俺の名前はアタル、こっちの獣人がキャロ、あっちのがバルキアスで、そこの飛んでいるのがイフリアだ」
冷静に自己紹介をすることで、自分たちのことを少しでも信じてもらおうとアタルは考える。
紹介されたキャロたちはそれぞれ反応し、アタルの意図を汲んでイカの警戒を解こうとした。
「……私はクラークという。この神殿の守り人だ。状況を見る限り助けてもらったようだな……。それなのに問い詰めるような真似をしてすまなかった――そして、ありがとう」
アタルたちの態度が功を奏したのか、クラークは落ち着きを取り戻し、謝罪と感謝を口にする。
「状況を説明してもらってもいいか? 恐らくはラーギルが攻め込んできたんだろうということは予想できるけど、念のためな」
アタルの言葉にクラークは小さく頷き、何があったかを思い出していく。
「いつものように私はこの神殿の玉座に座っていた。最近神殿の結界が弱まっていたのは感じていたが、それでも外部からの侵入を許すことはなかったので、確認はあとにしようと思っていたんだ……」
それが失敗だったとクラークは悔やんでいる。
「恐らくはそれはラーギルの仕業。強力な結界を徐々に弱体化させていって、解除できるまでにしていたんだろうな。そして、解除と共に神殿に突入したわけだ」
アタルの予想にクラークが苦い表情で頷く。
「まったくもってそのとおり、私の見通しが甘すぎた。それゆえにあの魔族に非道を許すことになってしまった」
ギリッと拳を強く握りしめたクラークからは、悔しさが伝わってくる。
「守り人というだけあって、かなりの力を持っているように見えるがそんなにあいつらは強かったのか?」
以前ラーギルと戦ったことのあるアタルは、守り人が負けるほどとは思えなかった。
しかも、ラーギルたちは怪我一つしていなかったように思える。そこが疑問だった。
「あぁ、魔族の男は確かに強かったが、一緒にいた魔族の女……あいつが厄介だった。結界をあやつる力を持っていて、私の力も封じられてしまったんだ」
魔族の女ミーア――恐らく彼女が神殿の結界を解除して、途中に通れないような壁を作り、クラークの力を封じた。
実際に対峙したクラークはその時のことを思い出し、表情を硬くした。
「なるほど、俺たちはあの女とは戦ったことがなかったからな……それで、あいつらの目的はなんだったんだ?」
守り人であるクラークを殺すのであれば、目的を果たしたなどという言葉は使わない。
であるなら、何かを手に入れようとしたのだと予想できた。
「あぁ、あいつはこの神殿に奉納されていた【水の宝玉】を持っていった。あれがあいつらの目的だったらしいな。あれはこの神殿に代々伝わっている宝だったんだ……」
彼は何代目かの守り人であり、ずっと守り続けていた宝を奪われてしまったことに心を痛めているようだった。
「なるほど……しかし、なんだってそんなものを?」
「あぁ、あの宝玉にはとてつもない力が秘められているんだ。恐らくはそれを何かに使おうとしているんだろう。……研究がどうのと言っていたからな」
研究――ラーギルのその言葉は以前に会った時にも口にしていたもので、何か嫌な予感を感じさせるものだった。
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