第二百七十二話
水中ではあったが、キャロもバルキアスも素早い動きでシーサーペントに接近し攻撃を繰り出していく。
水中でこれほどに的確な攻撃をしてくる相手は今までいなかったため、シーサーペントは動揺していた。
「ガア!?」
しかし、頭は悪くないらしく、二人と近接戦闘するのはまずいと思い、水中に更に水の壁を生み出して距離をとっていく。
しかし、死角から距離を詰めていたイフリアが思い切り殴ったことでシーサーペントは近くの岩に身体をぶつける。
「ガハァ!」
背中から身体をぶつけたシーサーペントは声と共に体内の空気を吐き出す。
「いけえ!」
そこにフランフィリアが矢を放っていく。アタルの注意に従って氷魔法は温存している。
「ガガガアアアアアアアアア!」
その矢は開いたシーサーペントの口の中に入っていき、柔らかい口腔内の粘膜に突き刺さっていく。
口の中とあってはシーサーペントも突き刺さった矢をどうこうすることもできずに、のたうち回っていた。
「さすがだな」
アタルはフランフィリアが自然とアタルたちの連携に入っていることに感心していた。
そして、その様子に満足したアタルも戦いに加わっていく。
静かにひかれた引き金、撃ち出される弾丸。
先ほどと同じく、水中でありながらも水の影響なく飛んでいく弾丸はもがき苦しむシーサーペントの目に向かっていく。
アタルはシーサーペントの動きを把握しており、着弾時にどこに目があるのかを予測して撃っている。
それは見事的中に、弾丸が左右の目をほぼ同時に貫いていく。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
これまでにない大声でさらに大きな動きでのたうち回るシーサーペント。
ここまでくれば、既に戦闘意欲も皆無となり、ただただ苦しむだけになっていた。
「イフリア、頼む」
『承知』
このまま苦しませるのは忍びないと考えたアタルの指示、それを一言だけのやりとりで理解したイフリア。
くるりと一回転したと思うと、みるみるうちにサイズを元の大きさへと戻し、そのサイズからは想像できないほどの俊敏な動きでシーサーペントへと迫る。
そして核を魔力探知で見つけ出し、そこを強力な一撃で貫く。
「ガ、ガガ……」
すると、弱弱しい声とともにシーサーペントは動きを止めた。
「ふむ、神殿の防衛としてはやや頼りないがこんなものか。さあ中に入るぞ」
アタルの言葉に頷き、キャロ、バルキアス、姿をもとにもどしたままのイフリアは神殿へと向かっていく。
しかし、見事に連携に加わったはずのフランフィリアが動かない。
「どうかしたか?」
アタルの声掛けを受けて、ビクリと身体を震わせるフランフィリア。
その表情は信じられないものを見たといった様子だった。
「どうかしたか、じゃないですよ! 戦闘中ということで流しましたが、なんですかアレ! なんでイフリアさんはあんなに大きくなったんですか! キャロさんもバルキアスさんもあれだけ大きな相手にひるまずに向かいすぎでしょ! なんであんなに動いている相手に的確に攻撃を当てられるんですか!」
シーサーペントが倒れたことで、フランフィリアの中の驚きや疑問が次々に口をついてでていた。
「お、おう。ま、まあ落ち着いてくれ。どうどう」
「馬じゃないんですからやめて下さい! 落ち着いて、は、いませんが話はちゃんと聞いてますから!」
勢いそのままフランフィリアがアタルに言葉を返す。
「あ、あの、とりあえず神殿の中に入りませんか? シーサーペントが一匹とは限りませんし、他にも守護者的な魔物がいるかもしれませんよ?」
引く様子のないフランフィリアを見たキャロが見かねてそっと進言する。
キャロの言葉に現状を顧みたフランフィリアは顔を赤くしながら小さく頷く。
「……いきましょう」
明らかに冷静でいられていないことを再度自認して、何を優先するべきか考えたフランフィリアは自分のことが恥ずかしくなっていたようだ。
「まあ、疑問に関しては中で話す。中に入っていきなり戦闘とかになったら……またあとでな」
フランフィリアはアタルとキャロにとって魔法の師匠であるため、多少の秘密を話してもいいかと思えるだけの関係であった。
水中を進み、神殿の中へと入る一行。
中に入ろうとすると何やら空気と水でできた膜があり、それを突き抜けた先には空気が存在していた。
「なんかすごいな。こんな海底に空気があるなんて……強力な障壁に隔たれているのか。いや、そもそもこの空気はどこから生まれてくるのか?」
これまでもいくつもの非現実的なものに遭遇してきたアタルだったが、環境面でこれほどに日本で生活していた頃には絶対に遭遇しえなかった光景に驚き、疑問を持っていた。
「ふふっ、アタルさんでもそんなに驚くことがあるんですね。恐らくですが、この神殿は持ち主である方の強力な魔力で生み出された障壁で包まれているので、外とは環境が大きく違うのだと思います。さきほどの膜がそれにあたるのかと」
フランフィリアは自分の持つ知識の中から推論をたてて説明していく。
「それと、空気の件ですが……これは多分空気の木が何本かこの神殿内にあるんだと思います。我々がここに来る前に摂取した空気の実。あれは、大量の空気を吐き出す空気の木になる実なのです」
そんなものがあるのかとアタルは再び驚くこととなる。
「アタル様、空気の木は地上ではその効果がわかりづらいのですが、こと水中となるとその効果が完全に発揮されているのだと思います」
この世界では空気中に含まれる成分分析などというものは存在しないため、地上での空気中の変化には気づきづらい。
しかし、この場所のような海底神殿であり、更には障壁が張られていることでその効果はそんな知識がなくてもわかるものであった。
「なるほど……二人ともさすがだな。よくそんな知識があるものだ。それで、ここに来たものの調査となると……」
アタルは周囲に視線を向けていく。もちろん魔眼に魔力を込めた状態で。
何か変化はないか? おかしな場所はないか? と確認していくが、アタルの眼には問題となるようなものは映らなかった。
「見た感じは、普通の――いや普通がどんなのかわからないが、大きな問題は見当たらない神殿って感じだ」
首を傾げながらアタルがそうつぶやくが、イフリア、バルキアスの表情はすぐれない。
『見た目には何もなさそうだが、ここには何かがあるな』
『うん、なんか変な感じがする』
霊獣、神獣の二人が言うことであるため、アタルもキャロも真剣な表情になる。
「えっと、説明は……」
一人置いて行かれたように手を伸ばしたフランフィリアの言葉が、空気に解けていった。
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