第二十七話
これだけの戦いをこなしたためか、アタルにも戦闘による疲労感はあったが、特に怪我などなかったことから倒れた冒険者たちの救出に手を貸していく。
「ほら、敵は片付いたから街に戻るぞ」
「あぁ、すまないな」
大きな怪我を負った冒険者の一人はアタルの戦い振りを見ていたため、抵抗なく彼の手を借りる。あれだけの大物を仕留めたにもかかわらず、平然と動けている彼がまさか最低ランクであるFであろうとはその冒険者は知りもしなかった。
街へ避難していた者も他の冒険者たちも動ける者は率先して傷ついた者へ手を貸していた。
「アタルさんがいなければ、かなり厳しい戦いになっていましたね」
魔力の大量消費で疲労感の強い身体をゆっくりと起こしたフランフィリアは聖母のような笑みを浮かべて、倒れる冒険者に手を貸すアタルを見ている。彼やキャロを優遇したフランフィリアは自分の目が間違っていなかったと思った。また、今後の彼らの成長を考えると、街にとどまって欲しいとも思っていた。
「……ギルドマスター、彼は一体何者なんですか?」
質問してきたのは怪訝な表情のバスタだった。彼はAランク冒険者として多くの冒険者を見てきたが、今まで見た冒険者と比較して明らかにアタルは異質だった。
「彼は……一冒険者です。私に言えるのはそれだけです」
少し眉を下げながら力なく微笑んだフランフィリアが答えたのはそれだけだったが、彼女もアタルについて知っていることは少ないがゆえの回答だった。
「そう、ですか」
しかし彼女の返事は言葉少なであったことで、バスタに色々な想像をかきたてた。彼はギルドマスターの隠し玉であり、何かいわくのある人物なのではないか。
そして、彼は人に言えない特別な力を持っているのではないか。考えれば考えるほどアタルの謎が深まっていくことにバスタは想像することをやめることができなかった。
当の本人はというと、街の入り口まで何人かの冒険者を誘導したのち、相棒であるキャロを探し始める。
「キャロ、キャロ、キャロはっと……」
気づかない間にこぼれる名前を呟きながらきょろきょろしていると、アタルは自分に向かってものすごい速さで駆け寄ってくる音が聞こえて何事かと振り返る。
「アタルさまああああああぁ!」
小さな体を使って目いっぱい腰のあたりに飛びついて来たそれは探していたキャロだった。まるで迷子にでもなった子供のようにボロボロと涙を流し、泣きじゃくりながら大きな声でアタルの名を叫んでいた。
「おっととと。キャロ、無事だったか。放っておいて悪いな……戦いに集中していた」
危なげなく彼女を優しく抱きとめると涙を拭ってやりながら謝罪を口にする。
「いいんです、いいんですっ、アタル様っ!! 無事でよかったです、ふえええええん」
巨大な敵に対して怯むことなく向かって行ったアタル。ただ座り込んで見ているしかなかった自分が不甲斐なくて仕方なかった。
アタルの強さをキャロはちゃんと理解していたが、それでもあのような強敵を前にしては不安の方が勝っていた。
「心配かけたな。俺は無事だ、悪かったよ」
そんなキャロの気持ちが痛いほど伝わって来たアタルはキャロの頭を優しく撫でながら再度謝り、しばらくそのままキャロが泣き止むまで待つことにした。
そうしてしばらくたつと、次第にキャロは泣き止み、ぱっとアタルから離れる。
「っ!? ご、ごめんなさいですっ……泣いたりして……」
いきなり離れたことにきょとんと目を丸くして驚くアタルを見て、状況を理解したキャロは顔を一気に赤くしていた。アタルを待っている間、彼の無事だけが心配で仕方なく、その姿を見つけた時に溢れた安心感に感情が爆発して大胆な行動に出てしまったことが恥ずかしくて仕方なかったのだ。
「いや、それだけ心配してくれて嬉しいよ。ありがとな」
自分をこんなに心配してくれる小さな存在に心が温かくなったアタルもふわりと笑顔で素直な気持ちを口にする。
そんな二人の世界を醸し出す彼らにどう声をかけたものか悩んでいるのは、ギルドマスターのフランフィリアだった。
「……あ、あの、よろしいでしょうか?」
このまま待っていてもこちらが中てられるだけだと悩みながらもなんとか声をかけた。
「ん? あぁ、フランフィリアか。なんだ?」
向き直ったアタルは先ほどまでのことは何もなかったかのように表情が切り替わっている。
「えっと、他のみなさんは街に戻られましたので、お二人もギルドへ向かいましょう。討伐結果に合わせた報酬がでますので」
この戦いで一番活躍したであろう二人が遅れれば、確認作業が遅れ、そしてそれだけ報酬が遅くなってしまうことになる。
しかし、フランフィリアはその理由は伏せたうえでそれとなくギルドへ向かうよう促した。
「あぁ……悪いな」
現在の状況に今気づいたアタルは周囲を見渡し、自分たちだけが残っていることに内心驚いていた。撤収作業にはもう少し時間がかかると思っていたが、それ以上に時間が経っていた。
「キャロ動けるか?」
「はい!」
気遣うようなアタルの質問に少し目元を赤くしたキャロは笑顔で即答し、三人はそろって街にある冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの中に入ると、既に他の冒険者たちは冒険者カードのチェックを終えており、残りはアタルとキャロだけだった。
「アタルさん、キャロさん、お待ちしていました。お疲れ様です、こちらへどうぞ」
二人に声をかけたのはブーラだった。彼の受付だけが稼働しているのはどうやら二人のことを待っていたからのようだった。
「それじゃ、これが俺たちのカードだ。よろしく頼む」
差し出されたそれを受け取ったブーラが二人のカードを順番に魔道具にセットしていく。
「まずはキャロさんから……こ、これは」
だがどんどんと増えていく数字と結果として表示された数にブーラは眼鏡をずらして驚いていた。
「見せて下さい」
明らかにおかしい様子にフランフィリアが驚いているブーラの隣から数値を覗き込んだ。
「よ、四十三……」
これまでに数値を確認した冒険者の中でもトップグループに次ぐ数値だった。唖然としながらフランフィリアが呟いた数字をつい数時間前に登録したばかりの少女が出したことに、聞き耳を立てていたフロア中がどよめいた。
「あ、あの、それは多いんですか?」
どちらの意味で驚いているかわからないキャロが思わず不安そうに質問する。
「も、もちろんです! これは上位十人に入りますよ!」
眼鏡を直しながらのブーラの食い入るような返事にキャロは驚きに目を見開いていた。
「おー、キャロすごいじゃないか」
もちろんこの結果はキャロ自身の能力によるものもあるが、アタルがダメージを与えた魔物にとどめをさした数も含まれているからこその数値だった。
「ありがとうございます!」
それでも主人に褒められたことはキャロにとって誉れであり、興奮に頬を赤らめながらはにかんでいた。
「き、気を取り直してアタルさんのカードを確認しましょう……えっ?」
その数字を見たブーラはぽかんと口を開いたまま固まってしまう。そして、先ほどと同じようにその数字をフランフィリアが横から確認するが、彼女も予想外の数字に絶句してしまう。
「こ、これは……」
「どうした? 俺の数値はどうなったんだ?」
結果が知りたかったアタルは身を乗り出して魔道具を見ようとする。それに気づいたブーラは言葉もないといった様子で静かに魔道具を少し前に出して、アタルに見やすい位置へと持っていく。
「……ちなみに、現在の一位はどれくらいなんだ?」
じっとそれを見たアタルは自分の数値を確認してから顔をあげると、ブーラに質問する。
「今のところの一位は俺のようだ。数は百二十」
だがそれに答えたのは、共にギガントデーモンと戦ったバスタだった。
「百二十で一位か……」
「お前はいくつだったんだ?」
言いよどむようなアタルの態度を不思議に思ったバスタは自分が答えたのだから、答えるものだと、特に意識せず自然と彼に尋ねていた。
「いや、その、さ、三百二」
バスタの数値を聞いていたアタルはどこか言いづらそうにその数をもごもごと告げた。
「……はぁ?」
何を言っているか理解できずに思わずこぼれたそれは、その場にいる全員の心の中を代弁したバスタの言葉だった。
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