第二百五十八話
街に足を踏み入れた一行は、街から漂ってくる潮の香り、はたまた干してある魚の匂いなどから改めて海辺の街に来たんだということを実感していた。
『慣れてきたら、潮の香りも悪くないかも!』
バルキアスは初めての匂いに最初のうちは戸惑っていたが、慣れてしまえばどうということもないと感じていた。
「……環境適応能力が高いのか、ただただ慣れだけなのか」
アタルは、喜んで尻尾を振っているバルキアスを見てクスリと薄く笑いつつそんな分析をしていた。
「とりあえずどうしましょうか?」
初めて訪れる街に興味津々といった表情のキャロは街をキョロキョロと眺めながらアタルに確認する。
今回の旅では、単純に獣人が多そうな街を選んだだけであり、明確な目的がないための質問だった。
「そうだなあ……獣人に関する情報は集めたいけど、やみくもに動いても仕方ないだろうからとりあえず冒険者ギルドに行ってみるか」
アタルたちは冒険者であるため、まずは街についたら冒険者ギルドに立ち寄るというのは正しい選択である。
「情報も集まりますし、いいですね!」
にっこりと笑ったキャロは大きく頷きながらアタルの案に同意する。
バルキアスとイフリアは人の生活に関しては門外漢であるため、そもそもアタルの提案に反対するつもりはなかった。
「それじゃあ、まずは冒険者ギルド、次に宿か食事に向かおうか」
「はいっ!」
キャロの元気な返事を聞いて、優しい表情になったアタルは馬車を街の中央へと向かわせる。
ここは海辺の街デルフェシア。
地方の街ではあるものの、海を使っての他の街との貿易や海産物などを中心とした交易によって栄えており、一大都市と呼ばれてもおかしくないほどに発展している。行きかう人々の種族も様々でみな明るい表情だ。
それもあって、街の中の道は広く、馬車で移動しても十分に余裕があるものになっている。
「この分だと、ギルドも大きそうだな」
「ですねっ。色々な街に行きましたけど、それぞれ特徴があるのですごく楽しみです!」
ギルドは基本的な機能がそろっていれば、それ以上の細かい規定はなく、形も街や国ごとに違った形になっている。
「なんて言ってたら見えてきたな……これはすごい」
「ふわあ……」
道行く前方に冒険者ギルドらしき建物が見えてきていた。
剣が二本クロスし、その後ろに盾があるマークが刻まれた扉からは冒険者と思われる者たちがたくさん出入りしている。
近くには馬車を止められるスペースもあるため、そこに停車させてからアタルとキャロはギルドの中へと入っていく。
バルキアスとイフリアは馬車内で留守番役をすることにする。
ギルドの中に二人が足を踏み入れると一斉に視線が集まる。
「……毎度どこのギルドに行ってもあるけど、これは慣れないな」
初めてギルドを訪れる冒険者たちが、必ずといっていいほど経験するジロジロ見られ、探られるという一連のやりとりにアタルは困った表情で肩を竦めていた。
「なんか、色々見られているようであんまりいい気持ちがしないです……」
元々奴隷出身で色々品定めされる視線に耐えていた記憶もあるせいか、特に女性であるキャロはジロジロ見られることに不快感を示しており、大きな胸を両手で隠すような姿勢になっていた。
しばらくアタルたちを見ていた冒険者たちだったが、ひとしきりみるとすっと視線を外してそれまでの喧騒を取り戻す。
この街の冒険者ギルドの特徴として、円形のホール内に依頼受諾報告のカウンター、素材納品のカウンターと共に、バーカウンターが併設されているというものだった。
バーカウンターの後ろにある棚にはたくさんの酒樽や酒瓶などが並べられており、種類豊富なそれらを片手に冒険者たちが思い思いに過ごしていた。
ホール内にもいくつか机と椅子が設置されており、それゆえに多くの冒険者がギルド内に滞在していた。
「まずはこの街にどんな依頼があるか確認しよう」
視線が外れたことを感じ取った二人は掲示板の前まで移動して依頼を確認する。
大きなコルクボード風の依頼掲示板の前にはアタルたちのほかにも依頼を見ている冒険者がいる。
「水鉱石の採取、採掘の依頼……」
「サハギン種の討伐依頼……」
ぐるりと一通り依頼掲示板を見ていきながら気になった依頼の内容をつぶやく。
海辺の街ならではの依頼に二人の意識は向いていた。
水鉱石とは、水の魔力を多分に含んだ鉱石であり、さまざまな魔道具や装備に使用される。
この街での使用だけに限らず、外の街などに輸出もしているため、この街を潤す大きな資源の一つだった。
サハギン種とは海のゴブリンとも言われていて、繁殖力が高い種族である。
魚が人に進化する途中のような見た目をしており、戦闘能力においては通常のゴブリンのそれをはるかに上回る。
「他には――海底の調査? こんなものどうやってやるんだ?」
「海の中が得意な獣人さんに向けた依頼なんでしょうか?」
二人が首をかしげていると、一人の女性が隣にやってくる。
「海底の調査にはいくつかの方法があります。一つ目は魔法で空気の膜をまとう方法。こちらは動きづらさと、継続時間の短さが難点になります。二つ目に、水中でも呼吸ができるような魔道具を使うこと。こちらは、魔道具が少々高価であることと、もし魔物に襲われて攻撃を受けて壊れてしまうと呼吸ができなくなります」
優しい笑みを浮かべてそう説明をしてくれたのは、聖職者が身にまとうようなローブを着ている、穏やかそうな性格の女性だった。
「失礼しました。近くを通りかかった際にたまたまお二人の声が聞こえまして、ついついおせっかいをしてしまいました。私はセイラと申します、よろしくお願いしますね」
胸元に手を当てつつゆったりと優雅なお辞儀をするセイラ。彼女の耳は細くとがっており、エルフの特徴を持っている。
すとんと長く伸びた美しい髪はエルフに多い金髪であり、胸はそれほど大きくないが、それでも服の上からふくらみが確認できるほどのサイズではあった。
「あぁ、どうも。この街にはさっき来たばかりで、少し勝手がわからなくてね。そうやって教えてくれるのは助かるよ。ありがとう」
「ありがとうございますっ!」
アタルとキャロが礼を言うと、セイラは穏やかな笑顔を浮かべる。
「他にもお聞きになりたいことがあれば、私でよければお答えしますわ。依頼に関することに限らず、この街のことでお知りになりたいことがあればなんなりと」
親切なセイラの言葉に、アタルとキャロは顔を見合わせて笑顔になる。
この街では全くといっていいほど伝手がないため、渡りに船といった状態だった。
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