第二百十一話
何の計画もなく向かうわけにもいかないため、話し合うためにアタルたちは護衛隊の所有する建物の一室にいた。
「まず作戦について説明しよう。俺たちがこれから向かう屋敷は、かなりの権力を持っているといわれている貴族の屋敷だ。つまり潜入任務になる」
真剣な表情で語るアタルの言葉にキャロはしっかりと頷く。
『せんにゅーにんむー』
ちょこんとおすわりをして聞いているバルキアスはなんのことかわかっていなかったが、キャロは神妙な面持ちになる。
「……バルは良くわかっていないみたいだな。今回の目的はその子供を救出すること。つまり戦いは最小限に抑えていく。なるべく見つからないようにする。――もし、自信がないならここで待機してくれ」
アタルはいつになく厳しい表情で試すようにバルキアスを見ていた。じっと見つめられてバルキアスなりに考え込みはじめる。
『うーん、とにかく見つからないようにするんだよね。僕、気配を消すのと相手の気配を感じるのは得意だから大丈夫だと思う!』
顔を上げたバルキアスは気配を消すことで見つかりづらくし、気配を把握することで人がいる場所を把握して見つからないように隠れることができると自信をもって告げる。実際、キャロたちと合流するまでそうしてバルキアスは隠れていた。
「なるほど、それだったらいけそうだな。キャロはわかっているだろうから問題はないだろうし……あとはおおよその見取り図でもあればいいんだが、まあいいか」
バルキアスの成長を感じながら頭を優しく撫でて頷くアタル。
潜入するにあたり、見取り図が欲しいと思いつつもこの世界でそんなものが手に入るかわからない。しかも貴族の家のソレとあっては入手することが困難であることは彼自身わかりきっていた。
「見取り図などという大層なものを用意するのは難しいが、わしが前に立ち寄った時の様子なら覚えている範囲で教えることはできよう」
アタルたちがどんな作戦で動くか気にしていたドウェインもこの場に同行していた。
「それは助かる。何かの紙におこしてくれるといいんだけど……」
「わかった、少し待っていてくれ」
行動を決めたドウェインの動きは早く、別室に用紙を取りに向かった。
「それじゃ、屋敷の情報ができあがるまで潜入に向けての動き方について話していこう」
アタルは進行に関して基本的なものを話していく。バルキアスもキャロも真剣な表情で聞き入った。
「まず、屋敷について外から確認する。これは俺が適任だろう。ライフルのスコープで外の警備の人数、各窓から確認できる戦力。それを把握していく」
それに誰も異存はなかった。黙って頷いて返事とする。
「ついでに、大丈夫そうなら何人かは気絶弾で狙撃して戦力を削いでおく」
サイレンサーをつけて攻撃をすることで、自分の居場所を悟られずに倒していくとアタルは語る。
「キャロはドウェインと一緒に正面から入ってくれ。中の様子を確認して、怪しいものや俺が把握できない戦力が見つかればそれを報告してほしい。これに関してはドウェインの協力次第だがな……そして、俺が削るのが限界になって中の状況を把握できたところで――バルの出番だ」
アタルの言葉を聞いてバルキアスは目を大きく見開いた。やっと自分の話になるかと。待ちわびていた気持ちが溢れるようにぶんぶんと尻尾が揺れている。
「これはちょっとバルには申し訳ないことになるんだが、その場合中で人を殺さない程度に痛めつけて無力化してもらうことになる。ただし、キャロとバルは知らない同士ということにしておいてくれ。この国での俺たちの立場を危うくするのは構わないんだが、協力したとなればドウェインまでまずいことになるからな」
警備隊の責任者であり、彼の部下がやらかしたことが原因であるとはいえ、この先のことを考えればアタルは彼を巻き込みたくないと思っていた。
「そもそも、今回の作戦に参加するのもあまり良くないんだがなあ」
「――わしは行くぞ。もし、尻尾を掴めればわしの権力で捕らえることも考えているからな」
見取り図を描き終えて戻ってきたドウェインは力強く話すが、有力な貴族相手と聞いているため、アタルの表情には疑問の色が濃く浮かんでいる。
「……もちろん何もないのに強硬な捜査をすれば問題になるが、よほどの何かを掴むことが――例えば大臣の息子が囚われている現場を発見することができれば、わしの一存で逮捕することは可能だ」
どうやら思っていた以上にドウェインが持つ権力は大きいらしく、アタルはそこに今回の作戦の成功の可否があるかもしれないと思っていた。
「だったら、なるべく穏便に動いていって、俺とバルで中の様子を探りながら進もう。そして、あの子の無事が確認できれば救出といこう」
バルキアス同様、ここまで多数の魔物相手に戦ってきたアタルの隠密能力も高く、二人であれば極力見つかることなく動くことができる。中に入って視界が悪くなった時でもバルキアスの気配察知能力があれば十分カバーできる範囲だと判断した。
「屋敷の近くには私の部下を待機させておく。合図を出せば踏み込めるように指示は出しておこう」
「部下……わかった。信頼のおけるもので、かつあまり屋敷に近寄り過ぎないことと――俺たちのことはしっかり伝えておいてくれ」
うまく動かすことができれば、大捕り物になった際に役に立つが、人が多くかかわるほど足を引っ張る可能性もあるため、アタルは念には念を入れて注意をする。
「わかった。それでさっき話した中の状況だが、おおよその部屋の間取りに関しては前に屋敷の完成パーティに招待された時に確認している。だが秘密部屋や入ったことのない部屋に関してはわからない、各部屋に関しても説明にあったものを書いてあるだけだ」
そう言ってドウェインは屋敷の簡易地図を中央にあるテーブルの上に広げていく。大まかとはいえ、わかる範囲でかなり描きこまれていることがわかるものだ。
「こことここと、それからここは中に入ったから確実にわかっている。パーティだったから、普段との警備の差がわからないのが難点だな。相手の人員については貴族ゆえに隠していることもあってよくわからない。……ただ、一人だけ強力なボディガードがいる。名前をアラクラン――サソリの獣人だ」
難しい表情でドウェインが話しているのを聞いていたアタルはある一点で驚きがありありと顔に浮かぶ。
「――サソリだって!?」
「あ、あぁ……何かまずかったか? あぁ、そうか確か毒性を持っているとかなんとか……」
なにが原因でそんなにおどろいているかわからないドウェインはサソリについてあまり詳しくないが、知っている情報をわずかでもと思い出そうとしていた。
「あぁ、それはそうなんだろうが……――虫でも獣人っていうんだな……」
兎、犬、猫などのいわゆる動物が獣人に属すると思っていたアタルは思わぬところで驚かされることになった。頭の中で虫の獣人を思い浮かべて考え込んでいる。
「そ、そんなところを驚いていたのか……。ま、まあ、それはいい。それよりもアラクランは強力な攻撃を繰り出してきて、無手だがかなり強い。前にパーティの時にその実力を余興で見せる機会があったが、正直いって警備隊であいつに勝てるものはいないだろう……」
警備隊はこの街を守るための組織であり、ドウェイン以下武闘派のものも多く、その実力は一目置かれている。
しかし、それ以上となるとアラクランの実力が相当なものであることがわかる。
「そうか……そいつは俺かキャロが相手をしたほうがよさそうだな。もし、戦闘になったら油断せずに行くぞ」
「はいっ!」
アタルの力強い言葉にキャロも気迫のこもった返事を返した。
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