第二十一話
部屋を出た二人が受付にいたブーラに事情を話すと、すぐにキャロの冒険者登録の手続きを行ってくれた。
「キャロよかったな。冒険者になってみたかったんだろ?」
「はい! なんか、夢みたいです……」
うるうると感動に目を潤ませながらキャロはカードの裏表を何度も確認して喜んでいた。ひとしきり眺めたあと、カードを宝物のように大事にぎゅっと胸に抱き寄せている。
「マスターの気まぐれにつきあわせてしまい、申し訳ありませんでした。これでキャロさんも単独で依頼を受けられますし、報酬をもらうことも可能です」
手続きをあっという間に済ませてくれたブーラは自分が報告した結果であるゆえ、どこか申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「まあ気にしなくていいさ。こっちは思ってもみなかった待遇が受けられて、むしろラッキーってところだよ」
「ですです、すっごく嬉しいです!」
ギルドマスターに会うことは予想外の展開だったが、結果的にいい方向に話が進んだことでアタルは穏やかな表情だった。その隣でにこにこと満面の笑顔でいるキャロは登録できたことで嬉しさが溢れている様子だった。
「ふふっ、喜んで頂けたようで幸いです」
心からキャロが喜んでいるのを見て、アタルもブーラも頬を緩ませていた。
そんな和んだ空気を打ち破る者がギルドに来訪する。足をもつれさせながら慌てた様子で一人の男が大きな声を上げた。
「大変だ!!」
何が大変なのか、まだそれを口にしていなかったが、その形相から何かがおこったのだとギルドにいる全員が感じ取っていた。一気に周囲に緊張感が走る。
「一体何がおきたというんです?」
責任者としていち早くブーラがカウンターから出て、飛び込んで来た男に尋ねる。
「ブ、ブーラさん! やばい、魔物が、街に向かって!」
ブーラの肩を掴まんとばかりに大きな声で男は息を切らせながらもなんとか伝えようとする。
「まずは落ち着いて、深呼吸をして下さい」
何を言っているのか要領を得ないため、ブーラは一度呼吸を落ち着かせる。
「すーはー、すーはー……すいません、落ち着きました。北の森はみなさんわかりますよね?」
彼の質問はホールにいる職員、冒険者全員に向けたものだった。そして、ほとんどがその質問に対して頷いた。
「その森に魔物が集まっています!」
森にはこれまでも何度か魔物が集まることはあったため、なんだそんなことかという空気になっていく。
「聞いて下さい! 十や二十じゃないんです! 数えてないですけど、百は軽くこえているんです!」
その言葉に一瞬でホール内はざわついた。百以上の魔物の大群が一か所に集まるのは明らかにおかしいことであると皆が危機感を抱いた。
「そ、それは本当ですか? 一体どうやってその事実を」
「俺の能力は魔物の気配察知です。北の森に採集に行ったら、ありえないほどの気配を感じ取ったんで馬を全速力で走らせてここに戻って来たんです」
必死に訴える男の様子に、この場にいる一同も真剣な表情になっていた。
「それ、やばいのか?」
アタルがブーラのもとへと移動して質問する。魔物がたくさんいるというのは危険な状況だというのはわかるが、アタルにしてみれば大人数で少しずつ倒していけばなんとかなるのでは? と考えていた。
「大変まずい事態です……以前も同じようなことがあったのですが、その時は森にいる魔物が徒党を組んで近隣の村や街を急襲したんです。魔物大暴走というやつですね」
落ち着いた口調ではあったが、その時のことを思い出したようで焦りと恐怖からか頬を一筋の汗がつたっていた。
「どうするんだ?」
まずい事態というのならすぐにでも動かなければならないのではないのか、といったアタルの質問にブーラは考え込んでいる。
「ブーラ、あとは私が引き継ぎます」
凛とした声が周囲の喧騒をかき分けて通り抜けた。その声の主はフランフィリアであり、ギルドマスターの登場に職員も冒険者もどよめいていた。
「おそらく魔物たちはこの街を目指してくるでしょう。よって、冒険者ギルドをあげて魔物の討伐に出たいと思います。参加者を募集します。条件はギルドに冒険者登録してあること、ランクは問いません。参加報酬として銀貨五枚。あとは戦果によって追加報酬を出します」
参加するだけで銀貨五枚という破格の報酬だったが、それでも全員がもろ手をあげて参加というわけでもないようだった。魔物の大群を相手にするのは普通の討伐や戦闘とは訳が違うのだ。
実際のところ、フランフィリアの予想は当たっており、今まさに魔物たちがこの街に向かっているところであった。
「なお、この依頼を魔物討滅戦と名付け、以降はこの依頼が完遂されるまで他の依頼に関して受注は禁止とします。おそらくそれどころではなくなりますからね」
厳しい表情の彼女の宣言を聞いて、ホール内にいる冒険者たちがにわかにどよめきたつ。ギルドマスターが宣言するほどの緊急事態だという事を改めて思い知らされる。
「ど、どうする?」
「参加するだけで銀貨五枚だろ? 俺はやるぞ!」
「私は……やめておきます。そんな大群相手なんて混戦になって生き残れる自信がない」
ざわめくギルド内の冒険者たちの考え方はそれぞれだった。
「アタル様、私たちはどうしましょうか?」
「……おそらくだが、俺たちがここにいるのを承知のうえだろうから、これは受けざるを得ないだろうな」
そう呟いてからアタルがちらりとフランフィリアに視線を送ると、彼女もアタルたちのことを見ており、有無を言わせぬ笑顔で頷いた。緊張からかキャロはごくりと唾を飲み込んでいた。
「やっぱりな。ブーラ、戦果によってって話だが、そのあたりはどう判断するんだ?」
腹を決めたアタルは近くにいたブーラに質問する。
「今回の依頼の受注を冒険者ギルドカードを使って行います。その際に、特殊な効果をつけて倒した魔物の記録が成されるようにしますので、そちらの数に応じて報酬が追加されます」
淡々と眼鏡をあげながら告げたブーラの言葉通り、それを知っている他の冒険者たちは既に受付に並んでいた。
「私も受付の対応にまわりますのでこれで失礼します」
汗を一拭きして立ち上がったブーラも同僚たちが対応に追われているのを見て、早足でカウンターへと戻っていった。
「キャロ、俺たちも依頼を受けるぞ。ギルドマスターの件は置いとくとしても、領主のグレインには予想以上の報酬をもらっているからな、防衛に手を貸さないわけにはいかないだろ」
大きく頷いたキャロと一緒にアタルもその行列に並んでいく。
しかし、並んでいる冒険者のほとんどがCランク以上。低くてもDランクがちらほらと言った様子で、最低ランクのFの二人が参加の意思を表明していることに冒険者の多くが怪訝な顔をする。なんて無謀なことをするんだということがありありと伝わってくる。
「おぉ、お二人も参加されるのですね。それは助かります、冒険者カードをお預かりしますね」
ブーラは二人のカードを受け取ると、手早く依頼受注の手続きをしていく。
その様子を快く思わない者たちもおり、手続きを終えた二人に声をかけてくる。
「おい、お前たち。今からでも遅くないから、この依頼は辞退しておけ」
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