第二百八話
「むぐむぐ!」
大人しく捕まったキャロは騒がれては困ると口にさるぐつわをされているため、声を出せなくされていた。適当なやり方でされたせいで息苦しさに表情が歪む。
キャロが連れてこられたのは薄汚れた小屋のような場所。人族の男たちが数人、彼女の周りに立っていた。
「へへっ、なかなか気丈なお嬢様だったがこうなっちまえば俺たちのもんだな」
彼女は椅子に座らされているが、手も足も縛られているため一切の身動きがとれない状態だった。満足げに下品な笑みを浮かべた男は舐めるように縛られたキャロを見ている。男から向けられる気味の悪い視線にキャロは気分が悪くなった。
「さて、あとはボスが戻って来るのを待つだけか。お前たち、それまで休んでいていいぞ」
どうやらボスと呼ばれる人間がいるようだが、彼らの中でも序列があるらしく、一番偉そうな男が他の男たちに指示を出していた。
「――それはもう少しあとにしてもらいましょうか」
周囲の男たちが自由にしようとしたその時、男たちの隠れ家に入って来たのはタロサだった。
それを見たキャロはやっと来てくれたとタロサを待望の目で見つめ、入り口近くにいた男はうさん臭そうな物を見るような目つきでタロサを睨み付けていた。
「なんだてめえ!」
苛立ちを込めた声で怒鳴りつけた男の一人がタロサに歩み寄って胸倉をつかもうとする。
しかし、それはタロサが素早い動きで男の腕を強くつかむことで阻止される。
「ぐ、ぐああああ、や、はなせ!」
タロサは細身の見た目だが意外にも力が強いらしく、すぐに男は音をあげてしまう。じたばたと逃れようと暴れるが、それさえもタロサには全く響いていなかった。
「おい、止めろ!」
咎めるように一番偉そうな男が声をあげる。周囲にいた他の男たちもその声で一歩下がった。
「そうですよ、私に手を出さないほうがいいですよ」
すっと目を細めたタロサは薄く笑って、男たちを見る。その視線には上に立つものの雰囲気があった。
「……すいません、ボス。こいつは最近入ったばかりでして……どうか許してやって下さい」
「えぇ、構いませんよ。ただし……」
掴んでいた男をぽいとそこらへんに投げ捨てると、つかつかと歩み寄ってくるなりタロサは一番偉そうな男の頬をバシンとひっぱたいた。
その瞬間、キャロの目が大きく見開かれる。どうしてタロサがボスと言われているのか、自分を誘拐してきた男たちを殴りつけ、彼らに畏怖されているのかわからなかったからだ。
「指導役のあなたは少し反省が必要ですね」
話している最中も、男の顔を何度も容赦なくバシンバシンとひっぱたいていく。どんどん彼の頬は赤く腫れあがっていくが、殴られている男は歯を食いしばりながら黙ってそれを受け入れているだけだ。
「あ、あの、す、すいません! そのっ、俺があんなことをしたばっかりに!! アニキは悪くないので、その、そのへんで……」
止むことのない暴行に耐えかねた、ミスをした男がすがるような視線でタロサに謝罪をして許しを請う。頭を地面にこすりつけて土下座の姿勢で懇願した。
「……ふむ、上司思いの部下ですね。いいでしょう、あなたに免じて許しましょう。――それよりも優先すべきことがありますからね」
土下座する男を一瞥したタロサはひっぱたく手を止め、殴っていた男を解放すると、座っているキャロの前へと移動していく。
「どうしてあなたが? といった目をしていますね。でも、聡明なあなたなら状況を見ていればお判りでしょう?」
穏やかなタロサの言葉のとおり、冷静さを取り戻したキャロは状況を把握していた。
タロサは誘拐団の男たちの仲間――いやボスである。つまり、ここ最近獣人国で起きている誘拐の指示を出しているのは彼ということだった。
「ふふっ、やっぱりあなたは頭がいい。……それならば、これからあなたがどうなるかもお判りでしょう?」
キャロの強い視線で全てを理解したことを察したタロサはにんまりとほほ笑む。
冷たく忍び寄るような彼の言葉にキャロは背筋が冷たくなる。彼らは誘拐団、誘拐して身代金を奪う? いやそれは足がついてしまう危険性が高い。
そうなると、導き出される結論は一つ。
「そうですよ、話が早くて助かりますね。あなたは奴隷として奴隷商に売り出します。最近は獣人のイキのいい奴隷が少ないということで、あなたみたいなのはいいお金になりますからね。あぁ、ちなみに言っておくとあなたが連れていた子どもは既に、私の部下によって別の場所に連行されていますよ。部下といっても、護衛隊ではなく、誘拐のほうのね」
ニヤリと笑うタロサの目には弱い者をいたぶる喜びにみちているようだった。
助けたはずの子どもが奴隷落ちしてしまったことにキャロは悔しさに顔をくしゃりとしかめる。
「私を追っていた護衛隊の兵士には少し眠ってもらいましたし、誰にもこの場所はばれていないから助けを望んでも無駄ですよ?」
タロサのあとを護衛隊の隊士がついていたのをわかっていたキャロは、そこを潰されたことに呆然としてしまう。アタルを助けることに必死で彼の怪しさに気づかなかったのは甘かった。
「くっくっ……はははっ! そう、そうですよ。その顔が見たくてわざわざ回りくどいことをしたんですよ! ただ捕まえるだけではつまらないですからねえ……。……さて、笑わせてもらいました。あなたはなかなかいい見た目ですし、どれだけの値段がつくのかとてもたのしみですよ。これで、あとは奴隷商との交渉待ちですかね。それまで休んでいましょうか……」
さるぐつわをされたキャロの顔をついっと指で上に向かせながらそう言ったタロサが満足げに手を離して奥の部屋に行こうとした瞬間。
何かが爆発したようなドカンと大きな音が響く。衝撃と共に薄汚れていた部屋はぱらぱらと塵が落ちてきて部屋の中は埃が立った。
音の正体は扉が吹き飛ばされたもの。入り口についていた扉は反対側の壁にまで吹き飛ばされて、ちょうど扉と壁の間にいた男はサンドイッチされて意識を失っていた。
「……あなたは誰ですか?」
自分の楽しみを邪魔されて気分を害しながらタロサは見慣れない男に質問をする。予想はついていたが、それを認めたくないという気持ちが強い。
「あぁ? それを答える必要があるのか?」
いつもよりも低い声でタロサに質問を返したのは強い苛立ちを隠しもしないアタルだった。先ほど吹き飛んだ扉はアタルが蹴破っていたのだ。
ぎろりとタロサを睨み付けると、あまりの覇気にタロサは動けなくなった。すぐに室内を一瞥したアタルはすたすたとキャロのもとへと近寄る。
「……無事、みたいだな。よかった」
ぱっと見たキャロの身体に傷がないことに安堵したように息をついたアタルは優しい眼差しで彼女を見ながら足と手をしばっているロープを取り出したナイフで手際よく切っていく。さるぐつわに関しては、手を後ろに回して結び目をほどいていた。
「ア、アタル様っ! アタルさまああああああっ!」
うるうると大きな瞳いっぱいに涙を浮かべたキャロは自由になった瞬間、ぶわりとこみ上げた安堵感そのままにアタルへと勢いよく抱き着いた。よく我慢したというようにアタルもしっかりと彼女を受け止めた。
これまで多くの魔物と戦ってきた彼女だったが、それでもこのような状況はやはり辛いものであり、来てくれると思っていなかったアタルが来てくれたことで涙腺が決壊していた。再び奴隷になって、アタル以外に仕えなければならなくなったらどうしようと絶望していたのだ。
あまりに唐突なことであったため、誰もアタルを止めることなくキャロの解放を呆然とみていた。
「怖かったよな、もう大丈夫だ……キャロ、少し待ってろ。こいつらには少し痛い目を見てもらわないとだからな」
アタルはえぐえぐと泣きじゃくるキャロの頭をぽんぽんと撫でてなだめたのち、後ろに下がらせる。
そして再び目に怒りを宿らせると指をポキポキと鳴らして一番近くにいる男へと近寄っていく。男はタロサの胸倉をつかもうとして失態をおかした男だった。
「……く、くそっ!」
黙ってアタルにやられるつもりのない男は意気込んで殴りかかろうとしたが、気づけば後方へ吹き飛ばされていた。
「次」
静かに告げるアタル。キャロをこんな目に合わせた者たちに対して一切の怒りを隠そうともしない、なんだったら死ぬことよりも酷い目にあわせてやるという強い意志を感じさせる姿にタロサは頬を引くつかせていた。
まさか、自分が目の前の男に恐怖を感じているのか? と。彼はこれまでずっと強者であり、誘拐団でも最も強い男だった。
だがその彼の足がアタルを前にガクガクと震えていた。
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