第十九話
事前に聞いていた森に向かい、しばらく周囲を散策していると目的の薬草が見つかった。まるでそこだけ別の空間のように穏やかに草の生い茂る場所が小さくある。
「アタル様! これ、本にあった薬草ですよね?」
嬉しそうにそこへ駆け寄ったキャロはその葉を優しく手にとるとアタルに確認する。
「あぁ、そうみたいだな」
小さなキャロの手にのせられた薬草をアタルは本を見ずに依頼のそれだと確信していた。それは彼の能力によるものだった。
「ここらへん一帯に薬草が群生しているみたいだ」
ぐるりと周囲一帯を見渡したアタルの目には、どれが薬草なのかはっきりと見分けがつくように映っていた。
「これも魔眼の能力の一つか」
どれが対象の薬草になるのか、アタルの右目にはマーカーが表示されていた。アタルはそのマーカーに従って採集することで次々に薬草を手にしていく。
「アタル様すごいです! 私なんてまだこれだけしか集められてないのに」
次々に迷いなく薬草を手にしていくアタルの姿を見てキャロは驚いていた。しょんぼりとうつむく彼女の手にはまだ数枚しか薬草がなかった。
「あー、これも俺の目の力によるものだ。だからキャロは気にしないで自分のペースでやってくれ」
なだめるようにそう言いながらもアタルは次々と薬草を採集していく。
「は、はい」
なぜ早くやれているのか種明かしをされて納得したキャロも少しでも主人の役にたてるようにと、必死に草とにらめっこしながら薬草採集を続ける。
その後二人が黙々と採集を続けると、どちらともなく腹の虫がないた。空を見上げれば日が高く昇っており、だいぶ時間が経ったことがわかる。
「もう、そんな時間か。キャロ、そろそろ十分採集できた。街に戻って報告したら昼食にしよう」
「わかりました……って、な、なんですかその量は!」
声のする方に振り返った時、アタルの横にできた薬草の山にキャロは思わず大きな声を出してしまう。
「夢中でやってたら面白くなってな、これだけ採ってもまだまだあるんだからすごい場所を見つけたもんだよ」
薬草がこのあたりに生えているのは他の冒険者たちも知ってはいたが、その中でもたまたまアタルたちが到着したのは薬草の群生地だった。
「それじゃ、半分くらいは亜空間にしまって、残りを持っていこう」
「わかりました!」
適当に亜空間にしまったがその残りでも依頼の十束をはるかに超える量であり、キャロもアタルも両手で抱えるほどだった。
そのまま街に戻ると、大量の薬草を抱える二人を見た衛兵たちに驚かれ、それを聞いた住人たちに遠巻きにひそひそと何かつぶやかれるという事態に陥っていた。
「なあ、キャロ」
「な、なんでしょうか」
自分には関係ないと思っていたが次第にアタルは自分たちに向けられている周囲からの視線に気づき、何事かとキャロに確認する。
「もしかして、この量の薬草を持ち運ぶのっておかしいのか?」
「え?……えぇ、おそらくは。通常はある程度の量で抑えるでしょうし、拡張カバンを持っている方も多いようです」
「拡張カバン?」
聞き覚えのない名前のアイテムにアタルが聞き返す。
「は、はい、以前お話した少し値段は高いのですが、見た目以上の量が入るカバンのことです。見たことはありませんがこれも魔法バックのひとつですよ! ……よいしょっと」
キャロは質問に答えると、抱えていた薬草を持ち直す。
「そういえばそう言う話もしたな。こんな状況を何度も繰り返すわけにはいかないし、そろそろ購入も検討したほうがいいかもしれない。持ち歩くにはこの量はさすがにきついからな」
ウルフの素材類は解体作業時に村でもらった籠から亜空間にいれてあるため問題はなかったが、今回のように重い物や大きな物を納品する場合を考えると、現状は厳しかった。キャロもそれなりに戦えることがわかったことで、お金目当ての輩に絡まれても一方的に危ない目にあう危険性は低いと判断したのだ。
「さて、カバンに関してはこれを納品してからにしよう」
「そうですね」
しばらく街中を歩いた二人は気付けば冒険者ギルドに辿りついていた。相変わらず人の出入りが多い。
ギルドの中に入ると、最初の時と同様でホールにいる面々の注意が二人に集まった。しかし以前と異なり、その視線は薬草をいっぱいに抱える二人に固定されることとなった。ぎょっとした目で見る人やひそひそと話している人が見て取れたが、ここまでくる中で晒された視線で慣れたのか二人は気にする様子はなかった。
「空いてる受付は……おっ、ブーラがいるな。あそこにしよう」
ギルド登録の際に対応してくれたブーラの受付へとアタルは向かうことにする。キャロもその後ろを薬草を落とさないように気をつけながらついて行く。
「い、いらっしゃいませ。……もしかしてそれ全てあの薬草でしょうか?」
「よいしょっと。あぁ、これ全部薬草なんだが十束は依頼の分で、残りは買い取ってくれると助かる。あぁ、あとこれも頼む。それで、こっちのが村長の依頼完了の書類だ」
抱えていた薬草をカウンターに置くと、次にカバンから亜空間に繋いでウルフの魔石を取り出して乗せる。そして、村長が署名した書類も一緒に並べた。
「しょ、少々お待ち下さい! あ、すみませんが、ちょっと手伝って下さい」
ブーラは大量の薬草を数えるために、近くにいた手が空いている職員に声をかける。彼の呼びかけに事態を把握した職員が焦ったように駆け寄ってくる。
「それじゃあ、俺たちは依頼を見てくるから終わったら呼んでくれ。キャロ、いくぞ」
大きく頷いたキャロも持っていた薬草をカウンターに置いて、アタルと共に依頼掲示板へと移動した。カウンターにはアタルたちが乗せたものが溢れんばかりでブーラは頬をひくつかせたあと一息ついて眼鏡を直し、作業を始めた。
「金額次第では明日は休みにしておこう。カバンも買いに行かなきゃいけないしな」
「そうですねっ」
依頼掲示板をなんとなく見上げながら話し始めたアタルの言葉にキャロは自分が初めて達成した依頼がどれだけの成果となるか楽しみになった。
「今回キャロはよく頑張ったからな、自分の身も守れるようだし小遣いをやろう」
「え!? あの話は本当だったんですね……えへへっ」
以前宿屋で話していたことが現実になることにキャロは戸惑いながらも嬉しそうにしていた。彼が自分に対して凄く優しい人であると思っていたが、ここまでされると奴隷であることを忘れそうになるほどだった。
「……なあ、キャロは何かやりたいことはあるか? 今は俺の奴隷という形だけど、やりたいことは遠慮なく言ってくれて構わないぞ」
嬉しそうにはにかむキャロをじっと見つめて話すアタルの言葉にきょとんとしたあと、キャロはしばらく考え込む。
「……あの、いくつかあるのですがよろしいですか?」
なにか思いついたのか耳をぴょこんと立てた後、アタルなら自分の考えを口にしても咎められないだろうと思いつつも、念のためおずおずと身を縮こませながら確認をとる。
「もちろんだ、いくつでも言ってくれ」
ポンとキャロの頭を撫でながら笑顔でそう返すアタルに彼女はほっと体の力を抜いた。
「あの、一つ目は私、これからも今回のように冒険者としてのアタル様のお手伝いがしたいです! 私は小さい頃冒険者の方に助けられたことがあって、それで、その冒険者になってみたいと思っていたんです。私は奴隷ですからなれませんが、アタル様が活躍するのをおそばでお助けできたら、それがすごく……すごく嬉しいですっ!」
目を輝かせながら言うキャロに対して、アタルは少し照れてしまう。キラキラとした一つの曇りのない眼差しをアタルに向けるキャロは今回のウルフ戦の経験で自信をつけたのだろう。
「もちろんだ! これからもキャロには俺の旅にずっとついてきてもらって、冒険者の仕事も一緒にやってもらうからな」
「はい!」
照れを隠すためにわざと命令口調でぐしゃぐしゃと乱暴にキャロの頭を撫でまわしながら言うアタルだったが、彼女はそれが嬉しいようだった。
「そ、それで他のやりたいことっていうのは?」
一つ目、そう言っていたことを思い出したアタルは話を変えようと、続きを促す。
「それは……」
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