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第百八十九話


「さてさて、何を用意してもらうのがいいか」

 自分で言ってみたもののアタルは特にこれといって欲しいものは思い当たらない。しかし、悩んでいる彼の態度がデンズには自身が試されていると考えてさせてしまう。


「むむむ、納得させられるだけのものを用意しろということか……うちのメイドはどうだ? 可愛いやつも美人も色々揃っているぞ?」

 この提案にアタルは微塵も興味を示さなかったが、隣のキャロが明らかに不満そうな顔をしている。むすっとしたキャロを慰めるようにバルキアスがそっと寄り添った。


「却下だ。俺は仲間と旅をしているから、これ以上人を増やしたくない」

 と返答しつつも、はっきり希望を口にしないとこの間のドラネスと同じ流れになってしまうことを考えたアタルから提案する。

「……そうだな、このままだと俺の望むものは出てこないだろうから――いい馬車を用意してくれ。王族や貴族が使うようなものじゃなく、長距離の旅をするのに適しているものだ。疲れがたまらないような、そういうやつを頼む。それと、巨人族が生活しているエリアに行きたいからそっちのほうも自由になるようにしてくれ」


 思っていたよりも難しくないアタルの要求を聞いて、これならばとデンズは即答する。

「わかった、それは私が責任もって用意する!! 早く加工の方法を教えてくれ!」

 息子の装備を用意するというテルムの情報は本当らしく、その期間が限られているデンズは焦っていた。


「そのあたりは俺にしかできない秘密だし、あんたに教えてもどうせできないだろうから、俺がそのお抱えの職人に直接指導する。それで構わないな?」

 話を聞く限り職人しか理解できないであろう内容なのだろうとデンズは予想する。


「ならば、指導して加工ができることを確認してから報酬の準備に入る。そちらもそれで構わないな?」

 デンズとしては意趣返しをしたつもりだったが、アタルは笑顔で頷く。


「さあ、そうと決まったら早速行こう。急いでいるんだろ?」

「あ、あぁ……」

 アタルの切り替えの早さに驚くデンズだったが、話が進んだことに水をさすわけにもいかず、なんとか気持ちを落ち着かせて屋敷へと戻っていく。






 デンズの屋敷は城に近い場所にあり、馬車で工房まで来ていたため、アタルとキャロとバルキアスもその馬車に同乗して移動する。

「……本当にできるのだろうな?」

 屋敷への道を進む中、デンズは確認のため、目の前に座るアタルに質問する。


「もちろんだ。できなかったら報酬はいらないと言っただろ? 報酬をもらうためにも、ちゃんと加工できるようにするさ」

 あっさりとうなづいてみせたアタルを訝しげに見つめるしかできないデンズ。数いる職人に太刀打ちできないものを目の前の、一介の冒険者ができるというのはデンズにとってはにわかには信じがたいことだった。


「……ふむ」

 そう言ったのち、デンズは黙り込んでしまう。すぐに結果が出ることであるため、これ以上聞くのは無粋だろうとデンズは考えていた。





 屋敷に到着すると、すぐに工房へと案内される。

 中ではアタルから買い取った素材をどうにかして加工しようと職人たちが奮闘していた。

「ここがうちの工房だ。彼らが職人たちだ。腕利きだが今回の素材にはお手上げだった」

 それを見ながらデンズは苦々しい表情で言い、デンズが入ってきたことに気づいた職人たちは自分たちの不甲斐なさに俯いていた。


「そうか、俺は冒険者のアタルだ。あんたたちが加工できなかった素材を加工できるようにできる者だ」

 この名乗りを聞いた職人たちはいっせいに顔を上げるとどよめいた。

 自分たちが必死に試行錯誤した末に加工できなかった素材――それを加工できるようにするとあっさりと言ってのけた。そのことに驚く者、懐疑的になる者、憤る者など様々だった。


「静かに!」

 こうなることはわかっていたアタルはパンと手を強く叩いて、注目を集める。

「俺のことを疑う気持ちはわかる。お前みたいな若造に何ができるんだ? そう思っている者もいるだろう。別にどう思ってもらっても構わない。俺はただあの素材を加工できるようにしに来ただけだからな」

 アタルが請け負ったのは加工についてだけで、職人たちのメンタルのケアまでは仕事ではないと考えている。


「信じていなくてもいいから、加工用に使っている工具を預けてもいいという者は提出してくれ。俺のほうで素材加工できるようにする」

 この状況でそう言われて提出できる職人が果たしているかどうか、アタルは全体に視線を送りながら確認していた。


「お前たちどうした! 私が連れて来た冒険者だぞ? 早く工具を出すんだ!」

 だがデンズに言われても誰一人として職人たちが動くことはなかった。


「ふぅ……わかった。それじゃあ、俺がブラウンにもらった工具を使うか。これを使っても加工できない、まあ当然だよな」

 話を聞くより行動して見せた方が早いと判断したアタルは甲羅を工具で切ろうとして、傷一つつかないことを職人たちに見せる。


 何を当たり前のことを言っているのかと、職人たちのアタルへの不信感が強くなっているようだった。


「デンズさんだったか? 使い捨てにしていい鍋と火が使える場所を用意してくれ。少し手を加えるのに時間がかかるからあとは自由にしててくれ、また戻ってくるから」

 アタルの言葉にデンズは戸惑いながらも頷く。アタルにさん付けされたのもそうだが、鍋と火だけで何をするのか全く想像できなかったからだ。


「あ、あぁ、わかった。――おい、彼を厨房に案内してくれ。鍋の用意も忘れないでくれ」

 傍に控えていた使用人はアタルたちを厨房へと案内していく。


 アタルはこうなったことを何も気にしておらず、キャロも笑顔で職人たちに一礼してからバルキアスと一緒にアタルのあとを追った。





 それから数時間が経過したところでアタルたちが工房へと戻って来た。職人たちは相変わらず懐疑的な目でアタルたちを見ている。

「さて、準備はできたぞ」

 視線を無視するように前に出たアタルは先ほどのブラウンにもらった工具を手に持っていた。


 先ほどまでと違って刃の部分に何かついているのは誰もが気づいていたが、それがなんであるのかは誰にもわからなかった。だが同時にそれだけの違いで素材加工に変化があるとは誰一人として思えなかった。


「それじゃ、見ていてくれよ。……よっと」

 アタルは用意した工具で試して見せるために目立たなさそうな部分を選び、甲羅の一部を切り取っていく。難なく工具が甲羅を加工できる様を目の当たりにした職人たちは、揃って目を丸くして驚いていた。


 使用人たちの連絡を受け、遅れて来たデンズも加工された瞬間には間に合い、先ほどまでの苦労が何だったのかと思わされるほど口を呆然と開けて驚いていた。


「さて、それじゃあこの工具はあんたらにやるから使って加工してくれ。元々の耐久度の問題もあるから、いつ壊れるかはわからないのが難点だが……まあなんとかなるだろ。一応予備を一本だけ用意しておいた。それじゃ、馬車と巨人族の件、頼んだぞ」

 これだけやればもういいだろうとアタルは工具を一番近くにいる職人に押し付けるように渡すと、それだけ言ってキャロたちと共に工房をあとにした。


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