第百八十四話
ドラネスから手に入れたものはアタルたちにとってさほど価値のあるものではなかったが、懐が潤ったことで今後の旅においてゆとりができるのは悪くないことだった。
「さて、どうするか。さすがに宿は引き払うとして……街を見て回るか、それとも旅に出るか」
王城をあとにしたアタルは、この国へ戻ってくる時、話したようにこの街を見て回るか、これ以上の面倒ごとに巻き込まれる前にこのまま巨人族の国を出るか悩んでいた。
「そうですね……あの宿屋さんもすごかったですけど、この街の思い出が武器とお城と高級な宿だけっていうのもちょっともったいないような気がしますっ」
これはキャロの本心だった。城でのひと悶着もなんだかんだでいい思い出となっており、武器防具作りも自分にあったものを考えて話し合ったうえで作ったりと楽しかった。
しかし、巨人族の国がどういうものだったのかと聞かれるといまいちピンとこない。それではもったいない、それがキャロの考えだった。
「バルはどうだ? 早く次の国に行きたいか?」
『うーん……』
アタルに問いかけられたバルキアスはきょとんとしたのち、しばし考え込む。ゆっくりと揺れる尻尾をみてキャロが柔らかく微笑んだ。
『どっちでもいい!』
これが考えた末のバルキアスの答えだった。アタルたちと美味しい物を食べられることくらいにしか興味のないバルキアスにとって、どちらが優先されるか、といわれると悩ましく、結局考えるのが面倒になったのかもしれない。
「ははっ、そうかそうか。まあどっちでもいいって意見もわかる。まあ、だったらせっかくだから街を見ていくか。武器や防具は作ってもらったからいらないが、食材なんかはいいのがあるかもしれない」
この街ならではの食材なんてものもあるんじゃないか? そこにアタルは期待を寄せていた。
「はいっ、お買い物楽しみです!」
ちらりと視線を流すとキャロはとびっきりの笑顔だったため、アタルはこの選択にしてよかったと考えていた。
「というか、巨人族で話したのってあの王様とヤコブとかいう騎士だけだろ? せっかく巨人族の国に来たのにそれっていうのもちょっとなあ、せっかくだからもっと他の巨人族にも会ってみたい」
この国では人族サイズの人々と巨人族が生活するスペースは大きく分けられており、そのせいもあって接する機会が極端に少なかった。ブラウンはハーフだったためにちょっと巨人族というイメージが薄い。
「そうですねっ、もし行けるならぜび巨人族さんが住むスペースに行ってみたいですっ」
巨人族の生活スペースに目を向けるとのしのしと大股で歩いている巨人族の人たちが行き交うのが見える。自然と興味がそちらに向いてしまうのか、キャロは期待に胸を膨らませている。
「城もでかかったよなあ」
街中で振り返っても存在感のある城は巨人族である王たちのサイズに合わせて作られているため、非常に大きかったことをアタルは思い出す。
「とりあえず工房に行ってみましょうかっ。みなさんなら、この街のこと詳しいでしょうから」
ふわりとした笑顔のキャロはブラウン、テルム、ナタリアの三人のことを思い浮かべていた。
「そうだな、なんだかんだこの国で俺たちがよく知ってるのはあいつらくらいだからな……さすがに城のやつらを頼るわけにもいかないだろうし」
アタルも同様に三人のことを思い浮かべ、彼らなら助言してくれるだろうと考えていた。
『ご飯の美味しいお店も聞こうよ!』
ぶんぶんと尻尾を揺らしているバルキアスは徹頭徹尾ぶれずに食事にだけ興味があるようだった。
そのまま三人が街中を歩いていくと、ほどなくしてテルムの工房へとたどり着く。いつもはブラウンズ工房に先に行くため、今日はこちらに先に来てみた。
「ナタリア、テルム、いるか?」
扉が開いていたため、正面から入って声をかける。いつもなら、入ったところのカウンターでナタリアが客の相手をしているはずだったがその姿は見当たらない。
「いませんね……」
伺うようにキャロもあたりをきょろきょろと見回すが、ナタリアの姿は見当たらなかった。
「奥……からも気配はないようだな」
アタルだけでなく、キャロとバルキアスも集中して工房の中の気配を感じ取るが、誰もいないようだった。
「……あっちに行ってみるか」
「ですね」
あっち、彼らに心当たりは一つしかなかった。
テルムの工房をあとにした三人は、すぐにブラウンズ工房に到着することになる。
「……これは、どういうことだ?」
「何かあったのでしょうか……」
困惑するアタルとキャロの視線の先にある工房の前には、なぜか人だかりができていた。
「なぁ、何があったんだ?」
アタルは人だかりの手前にいる男性の肩を軽く叩いて振り向かせてから質問する。
「あぁ、なんか貴族がブラウンさんの持ってる素材を渡すようにいってきたらしいんだが、ブラウンさんはそれを断ったんだと」
状況は人だかりの全員に伝わっているらしく、振り返った彼は親切にそれを教えてくれた。
「それだけじゃ人は集まらないよな。――ってことは、それでもと強引に貴族が渡せと命令したといったところか」
「よくわかったね」
アタルの言葉に彼は一瞬驚く。自分に聞くまでこの状況すら知らなかったであろうアタルがそこまでわかるとは思ってもみなかったようだ。
ため息交じりにアタルは肩を竦める。
「貴族の要望を断った、それで揉めている。となったらそれくらいしかないだろ。……キャロ、バルいくぞ。悪い、ちょっと、ちょっと通してくれ」
ここにいてもだめだと判断したアタルを先頭に人ごみをかき分けて三人は中へと入って行く。力の強いアタルたちに聴衆は抵抗できずに、三人のとおる道が開かれていく。
「ふー、やっと入れたか。悪いな、俺たちはブラウンの知り合いなんだ、あいつらが困っているなら顔を出さないとな」
人混みを抜けたアタルは振り返って野次馬たちに軽く頭を下げると、再び工房の奥へと入って行く。
「すいませんっ、本当にすいませんっ」
ぺこぺこと頭を下げてキャロは謝りながら、バルキアスは悠然とした態度でアタルのあとをついていった。
「だから、これはあんたたちには渡せないって言っているだろ!!」
中に入ると、奥からブラウンの怒鳴り声が聞こえてくる。おそらく何度もやり取りを繰り返しているうちに決着がつかない苛立ちが募っているのだろうという雰囲気が伝わってくる。
「聞き分けがないな。金は払うと言っているだろ? そろそろ折れてもいいのではないかね? あまり、ことを荒立てたくはないんだが」
ちょうどアタルたちが奥の部屋に辿りついた時聞こえた、ブラウンの言葉に対する貴族の男の返答は呆れを含んだ声音で脅しともとれるものだった。
「おい、ブラウン。困ってるか?」
割り込むようにアタルが声をかけると、顔を上げたブラウンは見知った顔ににやりと笑う。テルムとナタリアもブラウンの傍におり、アタルたちの登場にほっとしたような表情を見せた。
「あぁ、ちょっと面倒なことになってる」
通じ合うようにアタルとブラウンが笑いあったため、事情の分からない貴族とお供の騎士たちは怪訝な顔をしていた。
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