第百八十三話
翌日
結果としてアタルたちはドラネスが用意したもの全て、そして金貨千枚を手に入れることとなった。
ドラネスが用意した武器はいくつかあったが、城の騎士が精査した結果、どれひとつとして王が用意した盾や鉱石をアタルたちが所持している武器以上に傷つけることができなかったのだ。
「ぐっ……くそっ! こんなことになるなんて!」
苛立ちに拳を強く握って悪態をつくドラネスは自らの行いで結果が出た今となっても、ひたすら文句を口にしている。憎らしげにアタルたちを睨み付けるその態度からは納得いかないという気持ちが伝わってきた。
「ドラネス、潔くないぞ。結果としてお前が用意した武器よりもアタルが用意した武器のほうが数段上のものだった。それは、ここにいる誰もが認めるものだ。……お前もわかっているのだろう?」
窘めるように王に言われてしまっては、さすがのドラネスもただ頷くしかなかった。
「それじゃ、もらっていくぞ……そうだ、一つ聞きたかったんだが、今回の一件で俺たちに決闘を申し込んで来た理由ってなんなんだ?」
ふとした疑問というように問いかけるアタルの言葉に、ドラネスは目を大きく開いて驚く。
「だ、だから、それは……っ」
「――俺たちが疑わしいから、盗賊団の仲間かもしれないから、だったか? それこそあの場で言うのはおかしいだろ。あの時も言ったが、俺たちは王様に呼ばれて来たんだ。つまりは王の客人といってもいいくらいだ」
確かにその通りだとこの場にいるみんなが頷く。王は何が始まるのか楽しげですらある。
「王の客に対して難癖をつけ、あまつさえ犯罪者として扱おうとしたんだ。それこそ、そんな理由程度で言うことじゃないだろ。もし本当に怪しいと思っているのであれば、確実な証拠をもって俺たちを取り締まればいい」
淡々としたアタルの説明が続き、いつしかそれを聞いている者たちの視線はドラネスのもとへと集まっていく。
「いや、それはだな、その……」
周囲から集まる居心地の悪い視線を感じて、もごもごと口ごもるドラネス。そこへ追撃というようにアタルが口を開く。
「これは俺の予想になるが、自分があの盗賊団を捕えたかったんじゃないか?」
「ギクッ」
わかりやすいほど身体をびくっと震わせたドラネスの反応に、アタルは目を丸くして驚く。
「本当にギクッて反応をするやつがいるんだな……」
王たちはそこかよ! と心の中で突っ込みをいれていた。キャロとバルキアスはアタルの話に静かに耳を傾けている。
「まあ、俺としては結果がこうなったから文句はないんだが……色々思うところがあるならいっそぶちまけるのもありかもしれないな」
他人事であるためアタルはさらりと軽く言うが、次第にドラネスは厳しい表情になっている。
「ドラネス、どうなんだ?」
低く響く声で王が静かに問いかけるが、それでもドラネスの表情は変わらなかった。
「……自分が捕えたかったものを、先を越されてしまったことに対する嫉妬という自分の幼稚さが原因です。処分をなさるというのであれば、甘んじて受けます」
どうやら本当の理由を言うつもりはないらしく、一拍置いてから口を開いたドラネスは顔を上げると殊勝な態度になっていた。
「ということだそうだ、俺たちはこれでとりあえず満足としておくよ。そもそも、呼ばれたから来たわけで元々はこんな予定じゃなかったからな」
意味ありげにアタルはドラネスのことをちらっとみたが、彼は最初の勢いを失っているため、それ以上責めることはしなかった。
「さて、もらうものももらったから俺たちは行ってもいいかな?
「う、うむ。ずいぶんとあっさりしておる気がするが、まあ仕方ない……宿代に関しては、大臣に言ってくれ。わしのポケットマネーから支払おう」
王がそう言って締めくくると、王のそばに控えていた大臣がアタルたちのもとへとやってくる。
「えっと、これが金額なんですが……」
昨日、城から帰る際に宿泊料金を明確にしておくよう言われていたため、キャロは申し訳なさそうに金額が書かれた用紙を大臣に手渡す。あの宿にも支払いは後払いにしてもらえるように手配済みだった。
「がっ! こ、これは、その、本当にですか?」
提示されたその金額の高さに、思わず大臣は変な声を出してしまう。
「あぁ、宿に確認してもらえばわかると思うが一番上の部屋がその料金だった。王様が一番高い宿でいいって言ったもんだからお言葉に甘えさせてもらったよ」
金額は普段使っていた宿の何倍もするものだったが、その金額に見合うだけの充足感を与えてくれた宿にアタルはとても満足していた。今でも思い出すだけで幸せな気持ちになるほどだった。
「一番上ですか……それはそれは。王様、しばらくポケットマネーはないものと思って下さい」
納得のいったように頷いた大臣に冷たく言われた王は驚いて思わず立ち上がる。
「ど、どういうことだ?」
「王様の不用意な発言のせいです。この街で一番高い宿といえばどこかわかりますね?」
大臣の問いかけに、貴族なども宿泊する高級宿といえば一つしかなく、この場に列席している者は全員わかっていた。
「あ、あぁ、あの宿なら貴族が来る際に紹介することも……あー」
どもりながらもそこまで言って、王は全てを察した。ばちんと大きな音を立てて額に手をやり、しまったと肩を落とした。
「ご察しのとおりかと思います。みなさんは王の言葉に従ってそちらの部屋を選んだので、問題はないかと思われます。問題があるとすれば、王の不用意な発言ですね」
すっと目を細めた大臣は眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせて、王のことを見ていた。
「ぐ、ぐぐぐ、仕方あるまい。わしが言ったことだ、引き下げるつもりはない。いつものところから払っておいてくれ。悪いがわしは部屋に戻らせてもらうぞ」
知っていることとはいえ、金額を改めて聞くのが嫌だった王はゆったりと大きな体をひるがえすとそのまま謁見の間を退室して自室へと戻って行った。周囲の騎士たちが慌てたように姿勢を正して王が去っていくのを見送る。
「申し訳ありませんでした。料金は問題なくお支払いしますので、お待ちいただけますか。……それと、もし次に同じような機会がありましたら、言葉のとおりに受け取らず少しグレードを下げるのが良いかと」
去っていく王に一礼したのち、平坦な声でそう提言した大臣は支払う金をとりに金庫へと向かって行った。
「そ、その差し支えなければ料金表を見せて頂けますか?」
国の上層部の人間がいなくなったことで少し空気が緩む。その時を待っていたかのようにアタルに聞いて来たのは、近くにいた騎士だった。なし崩し的に謁見は終了という形になったため、比較的自由に行動している。
「あぁ、これだ」
先ほど大臣が確認した用紙をキャロから手渡されたアタルは質問してきた騎士に見せた。数字を見た騎士は大きく目を見開くと、その大きさにめまいを起こしてくらりと座り込んでしまった。自分には到底支払えない金額がそこに書かれていたせいだ。
「おいおい、大丈夫か? どれどれ、うわあ!」
めまいを起こすほどの数字とはどんなものかと興味本位で他の騎士が寄ってきて用紙を確認すると、その騎士も驚いて声をあげてしまった。宿の外見や噂から高いとはわかっていたが、これほどまでの金額とは思いもよらなかったようだ。
「……これはもう見せないほうがいいらしいな。お前たちも黙っていてくれよ?」
困ったように肩を竦めたアタルが釘を刺すと、騎士二人は唾をごくりと飲み込んで何度も頷いた。
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