第百八十二話
アタルたちは約束があるため、いまだ落ち込むナタリアをブラウンとテルムに託して城へと向かうことにする。
城門で衛兵に話すと、昨日の話のとおり二人は顔パスで入城することができる。
「聞いてはいたが、ここまですんなりと入れるとは驚きだな」
なんのチェックも受けずに待機室へと案内されたことにアタルは驚いていた。
「ですですっ。荷物の確認もされませんでしたっ」
耳を動かしつつ頷くキャロも驚いているようだったが、前にも案内された部屋であるため、慣れた様子でソファに座って用意されたフルーツをバルキアスと共に食べていた。
『美味しい! このフルーツ美味しいよ! アタル様も食べようよ!』
無邪気なバルキアスに誘われたアタルは苦笑すると、ソファに腰を下ろしフルーツを手に取る。
「……確かに美味いな。さすが王城だけあって用意されるものの質がいい」
宿で出されたデザートも一級品だったが、こちらも負けず劣らず良いものだった。
しばらく三人がフルーツを味わっていると、部屋の扉がノックされる。
「アタル様、キャロ様、バルキアス様、謁見の準備が整いましたのでご案内します」
扉を開けると案内役の騎士が待機していた。無表情で淡々と仕事をしているような雰囲気を持つ男だ。
「あぁ、よろしく頼むよ」
謁見の間までの道のりも案内の騎士は一切口を開かず、静かなものだった。
「どうぞ、おはいり下さい」
扉が大きく開かれた謁見の間の中に入ると、王とドラネス、そして数人の騎士がいたが、昨日よりは少なかった。
「うむ、アタルたちよ。よく来たな」
アタルたちの顔を確認した王は立ち上がることはなかったが、大きく手を広げて笑顔で彼らを迎え入れる。アタルたちの実力を知っている騎士たちも同様に歓迎している様子だった。
――ただ一人を除いて。
「早速だ、ドラネスが用意したものを確認してもらえるか?」
王の言葉を受けて不機嫌そうな顔をしたドラネスが一歩前に出て、渋々と言った様子でアタルたちと向かい合う。
彼がその手に持っているのは一つの箱だった。
「……開けてくれ」
早くしろと言わんばかりのドラネスに促されて、アタルが箱のふたを開く。この謁見の場で悪あがきをするほどドラネスは馬鹿な人物ではないと判断したからだ。
「これは……?」
箱の中に入っていたもの、それを手に取るとなんの変哲もないコップが三つ入っていた。なんなのかわからないアタルが一つ取り出して少し首を傾げつつ質問すると、ふんっと鼻を鳴らしたドラネスは仏頂面で答える。
「これは魔道具だ。これを手にして魔力を込めれば今まで飲んだものであれば、好きなものが沸いて出てくる」
それを聞いたアタルは箱にコップを戻して腕を組んで考え込む。
「ふーむ、キャロはどうだ?」
「便利、ではありますね」
確かに便利なものだった。旅をしていて、飲料の確保は大事だ。
だが以前フラリアにゴーレム討伐の大規模依頼の報酬として少量の魔力を込めるだけで、清浄な水を生み出す魔道具をもらっているアタルたちにそれほどの魅力はなかった。
「だが、水なら前にもらった魔道具もあるし、なによりいまなら魔法で出せるしな」
「はいっ、飲み物もいつもたくさん持ってますしっ」
明確なことは口にはしていなかったが、意見は合致していた。
「チェンジで」
「別のものでっ」
『ガウッ』
アタルとキャロは言葉は違うが、にっこりと笑顔で同じ内容の返事をした。バルキアスも不満そうに一声吠えた。
「な、なんだと! これはわざわざ魔道具屋に行って仕入れたものなんだぞ! 一体いくらすると思っているんだ!」
ドラネスは二人の反応に対して頭に血が上ったのか怒りで彼らを怒鳴りつける。
「と、言われても俺たちが満足するようなものじゃないからなあ……なんていうか、ちょっと便利だねなんていうものじゃなく、すごく便利なものを用意してくれるとありがたい」
あっけらかんとした態度でアタルはドラネスにコップの入った箱を返すように押し付けた。既にコップに興味はなく、次への要望を伝える。
「……ぐっ、だ、大体武器や防具が駄目とはなんだ! お前が持つ武器より優れたものなどいくらでも用意できるんだぞ!」
昨日の条件で色々と条件を絞られてしまったことにドラネスは腹をたてていた。ただでさえプライドがずたずたに傷つけられた上に、その相手が満足するような物を贈らなければならないのが我慢ならないのだろう。
「――今更それを言うのか? 文句があるなら昨日のうちに言えばいいのに……。まあ、そこまで言うなら別に構わない。俺たちが持つ剣よりも強い武器を、俺たちが身に着けている防具よりも強力なものを用意できるなら、それでもいいさ」
呆れたように肩を竦めたアタルが条件を緩和したことで、ドラネスの顔に笑顔が浮かぶ。
「はっはっは、私の家は多くの武器を所蔵しているんだ。お前たちの持つものより強い武器をいくつも用意して驚かせてやろう!」
昨日の敗北による罰だということを忘れているのか、ドラネスの態度は上からだった。胸を張って威張り散らしているのを呆れたように他の騎士たちが冷たい目で見ていた。
「あー……でもどうやってそれを判別する? 装備の良し悪しなんてぱっと見じゃわからないだろ?」
アタルの質問にドラネスはしばし考える。彼はどうやら何も考えていなかったようだ。
「ふむ、ならばこちらで盾や鉱石を用意させよう。それをうちの騎士に斬らせて切れ味で試すというのはどうだ?」
王の助言にアタルもドラネスも頷いた。
「もちろんドラネスに有利にならないように、剣を振るうものはわしが決める。――異存はないな?」
今度の質問にも二人は頷いた。
「ただ、一つ。俺たちの武器よりも強いものが用意できたらそれをもらい受ける。用意できなかったら……そうだな、毎日来て難癖つけられるのも面倒だ。明日ダメだったら、さっきの魔道具と、明日用意する武器と、それから金貨千枚でいい」
アタルのこの提案に馬鹿にされたような感覚を覚えたドラネスは顔を真っ赤にする。
「法外な条件だなんて言うなよ? 強い武器を用意できる自信があるから言った言葉なんだよな? だったら、その自信に、プライドにかけて用意してくれ。以上だ」
大きく口を開いたドラネスが文句を言おうとするまえに、ぴしゃりと冷たい口調でアタルはその発言を潰した。
「はっはっは、やはりお前は面白いな。――ドラネス、自分から言い出したことだ。明日を楽しみにしているぞ」
「っは、はい!」
謁見の間に大きく響くように大笑いしたのちの王の言葉に、ドラネスはすぐにひざまづいて返事を返した。
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