第百八十一話
その後戻ってきた店員の案内で通された部屋は一番高い部屋という触れ込みに相違なく、調度品も一流のものが備え付けられており、壁に飾ってある絵画も買うとなるとそうそう手が出るものではなかった。
「すごいですね……」
「あぁ、俺もさすがに驚いた……」
『アタル様! キャロ様! このお菓子美味しいよ!』
呆然としたアタルとキャロをよそにバルキアスはテーブルの上の皿に食らいついていた。どうやらウェルカムスイーツとして、お菓子がテーブルの上に置かれていたが、それも有名な菓子職人が作っているものだった。
「まさか、ワンフロア全てが部屋とはな……」
アタルたちが借りた部屋は最上階全てが部屋になっており、いわゆるロイヤルスイートのランクに位置づけられる部屋だった。
「王の許可はもらってあるが、申請した時に高すぎて払えないとか言われたら笑えないな」
自分たちの支払いであれば、さすがにこのランクの部屋に泊まろうとは思わないため、自腹になった場合を考えると頭が痛くなるアタル。
「だ、大丈夫だと思いますっ。それに、もし自腹になったとしてもお金はありますから!」
キャロは慌てたように大きな手ぶりでアタルをフォローしようとしている。彼らにここの宿代を払う程度の所持金はあったが、それでも支払ってしまうとゆとりが無くなってしまうため、それは避けたいところだった。
「まあ、心配しても仕方ない。せっかくだ、俺たちもバルのように部屋を満喫しよう」
せっかく泊まるのであれば、自腹にせよ王の払いにせよ楽しまなければ損だとアタルは気持ちを切り替えて部屋の中に足を進める。
「はいっ」
笑顔でアタルの後ろをついて行くキャロは実のところ、この豪華な部屋の中を探索したくてうずうずしていた。
「えへへ、ひろーいっ」
無言で部屋を見て回るアタルは自分のようなものが泊まるには場違いであるという感覚が強かった。
だがキャロはすごい部屋に泊まれることを純粋に感動しているようだった。頬を緩ませてあちこち目を輝かせながら見て回っている。
「……ふー……少し疲れたな」
街に戻るなり城に案内され、謁見が開始したかと思ったらドラネスとの戦いになったため休む暇がなかったため、倒れこむようにアタルはそのままベッドにダイブする。
「うお! すげーふかふかだ!」
そして、そのベッドの感触に驚き、興奮していた。ふわふわと柔らかくもしっかり包み込まれるようなベッドにアタルはすっかり癒やされていた。
アタルの声に吸い寄せられるように駆け寄ってきたバルキアスとキャロも開放感一杯にベッドにへ飛び込み、その感触を皆で味わった。
その後、良い時間帯になってきたところで食事をとる。食事はルームサービスとなっており、備え付けの魔道具を使って注文し、誰の目も気にすることなく部屋で食事を楽しむことができた。
もちろん料理も一流の料理人が担当しているため、三人の舌を満足させていた。
こうやって、高級宿のロイヤルスイート生活一日目が終わる。
翌朝も同じように部屋で食事をとってから、ぶらぶらと街に繰り出すことにする。三人が最初に足を運んだのはブラウンズ工房だった。
「おぉ! キャロが相談に来たからどうなったかと思っていたが、三人とも無事だったか! まあ、俺たちが作った装備を持っていれば余程のことがなければ大丈夫だと思っていたが」
無事を喜んだあとに、瞬間少し恥ずかしくなったブラウンは最後に自分の装備のことを持ち出した。ふんと鼻で笑うようにそっぽを向いていたが、アタルたちを心配していた気持ちはちゃんと伝わっていた。
「あぁ、盗賊に関しては問題なかったんだがな……城に連れて行かれて王様と謁見する騒ぎになったんだよ」
何気なく言うアタルの言葉は予想外だったらしく、ブラウンはあんぐりと口を開けて驚いていた。
「ん? どうかしたか?」
「い、いやいや、おいおい、王と謁見だと? ……ちょっと待て、テルムの工房に寄らずにこっちに先に来たのか?」
訝しげなブラウンの表情に戸惑いつつも、とりあえずアタルたちはこっちに先に来たことに対して頷く。
「だったら、向こうに行くぞ。まだ落ち着いてないみたいだが、キャロの無事も知らせてやらないとだし、詳しく話を聞きたい」
相変わらずアタルたちの返事を待たずにブラウンは工房を出て行ってしまった。
アタルたちも慌ててブラウンのあとをついていく。彼の性格を知っているため、そうしないとおいていかれてしまうことはわかりきっていた。
慌ただしくテルムの工房に到着すると、作業中であったテルムとナタリアを強引に応接室に連れて行き、そこでアタルたちは話をすることとなる。
「――で、どういうことなんだ?」
ブラウンが雑に説明を求めてくる。テルムとナタリアも興味があるらしく、仕事よりも早く話をして欲しいという風だった。
これは一から全部話さないと解放されない流れだとため息をついたアタルは腹を括ることにする。
「はぁ……それじゃあ説明するぞ。俺たちは街を出てから、教えられた村に向かったんだ……」
途中途中質問をはさみながらも順序だててアタルが説明をしていく。
ブラウンとテルムは色々と興味がつきないようで質問を重ねていたが、ただ一人ナタリアは黙ったままだった。
「……といった感じで、このあと昼食を終えたら城に向かうことになっているんだ」
アタルの説明が終わった頃にはすっかりナタリアはうつむいており、顔を上げることはなかった。
「あ、あのナタリアさん? 大丈夫ですか?」
彼女と仲良くなったキャロが心配してそっと声をかけるが、ナタリアは顔をあげることなく次第にぷるぷると肩を震わせていた。
「お、おいナタリア?」
困惑したテルムが声をかけると、ナタリアはがばっと顔をあげる。
「ごべんなざいっ……」
だがその表情は号泣、という言葉がぴったりなほど涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「な、なにがですかっ?」
彼女が泣く必要なんてあっただろうかとキャロは慌てて聞き返す。その時そっとハンカチを渡すことを忘れない。
「わっ、わだじがじゃんどじらべだいでっ、……むらのばなじをじだがら!」
涙をボロボロと流しながらナタリアは自分がちゃんと調べずに、村の話をしたからと言っていたようだ。どうやら彼女は今回の一件でアタルたちが盗賊に襲われたことを自分のせいだと思い、感情の制御ができなくなっていた。
「あー、別に被害もなかったし、結果面白そうになっているからいいんだが……」
彼女の気持ちがわからないでもないアタルは頭を掻きながらなんてことないようにそう言ったが、ナタリアはそれでも自分が許せないらしく、昼食の時間になるまで気持ちの整理がつかなかった。
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