第百七十八話
「は、速い!」
驚愕と焦りの表情でドラネスはキャロの猛攻を必死に受け止め続ける。一方のキャロは淡々とした表情で一本の剣をもち、ドラネスに斬りかかっている。
アタルからすればキャロが手を抜いているのはあきらかだったが、それでもドラネスは防戦一方だった。
「……その程度でよくアタル様のことを悪く言えたものですね。私のことは構いませんが、アタル様のことをあんな風に言われるのは良い気分ではありませんよ」
冷たい視線を向けてそう話しながらキャロは徐々に攻撃の速度を上げていく。
外から見た限りではその些細な差はわかりづらいものだったが、ドラネスは自分の防御が徐々に間に合わなくなっていることに気づいており、額には、いや額だけでなく顔中に汗が浮かんでいた。
「ちょ、ちょっと」
「――待ってくれ、敵対した相手にそれを言うのですか? それも戦闘中に」
問い詰めるようなキャロの言葉は尤もであり、グサグサとドラネスの心をつき刺していた。剣による攻撃よりもこちらの攻撃の方が明らかに彼にダメージを与えている。
「くそっ! お前たち早く来い!」
防戦一方の状況を打開すべく悔しげに叫んだドラネスの加勢を求める声、それに反応する者はいなかった。
「……おい! くそっ、返事はどうしたんだ!」
他の騎士の顔を見て怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいのドラネスだったが、目前の敵であるキャロがそれをさせてはくれなかった。
「あぁ、お仲間なら呼んでも無駄ですよ。最初に足を止めた三人はアタル様が行動不能にしましたからっ。それと、あなたと一緒に走っていた騎士五人は既にバル君によって気絶させられていますよ?」
普段のかわいらしい表情とは違う妖艶な笑みを浮かべながら親切にも状況を教えるキャロだったが、それはドラネスを絶望させるのに十分な言葉だった。
「そ、そんな! あ、あいつらがまさか! ……くそっ、おいヤコブ! 出てこい!」
憎らしげな表情でドラネスがキャロから視線を逸らさずに叫んだのは舞台上にいる騎士に向かってではなく、別の場所で待機している男への言葉だった。
この時を待っていたかのようにドスドスと大きな足音を立ててヤコブと呼ばれた大柄の騎士が参戦すべく走ってくる。
「……私を侮辱したこと、後悔させてやる!」
ギリッと歯を食いしばったドラネスは渾身の力を込めて思い切り剣を振り、キャロとの間に空間を作る。
それはわずかな時間だったが、その一瞬の間がヤコブを間に合わせる。彼は巨人族であろうその巨体に騎士団の鎧を身に纏っており、ドラネスの指示に従っているところを見るとドラネスの部下だということがわかる。
「ふはははっ! ヤコブ、やってしまえ!」
「……了解した」
これまでのやりとりを見て、恐らくドラネスが何か言いがかりをつけたであろうことはヤコブにもわかっていた。しかしドラネスは彼の上司であるため、その命令は絶対であった。何かをこらえるように目を閉じて命令を受け止めたヤコブ。
「お嬢さん、恨みはないが倒させてもらおう」
ヤコブは武器を持っておらず、素手だった。そして目をかっと見開くと大きな拳をキャロに向かって勢いよく振り下ろす。
「そんなもの!」
「避けろ!」
そんなもの通用しないとキャロは剣で受け止めようとしたが、アタルの言葉が耳に届くとすぐさまその場所から飛びのいて拳を避けた。
この舞台は複数の鉱石を使って作られたものであり、魔術的な強化も施され、強力な魔法や攻撃でも傷はつかないといわれている。
「ほう、なかなか素早いな」
ヤコブから繰り出された拳は、その巨体に似合わず鋭いものだった。アタルの声が一瞬でも遅れていたら、キャロはぺちゃんこになっていたかもしれない。
それほどまでにキャロが先ほどまで立っていた場所は拳の形に大きくへこんでしまっていた。
「キャロ、そいつは強いぞ。巨人族だからじゃない、そいつが強い」
いま青く輝くアタルの魔眼はヤコブの持つ魔力をはっきりと捉えていた。内包する魔力量がそこらの騎士とは比較にならないほど多かった。そして、彼はそれを魔法として発動せずに攻撃に費やしているのだ。
「君がパーティリーダーか、なら頭を先に潰させてもらおう」
言うや否や、ヤコブはアタルに向かってその巨体からは意外なほど軽快に走り出した。そして、自身の拳の射程範囲内に入ると先ほどと同じように素早く拳を振り下ろした。
「はっ、面白いな!」
ようやく自分が奮い立つほどの相手が出てきたことにアタルの口元には笑みが浮かんでいた。降りかかる拳を最小限の動きで避けるとアタルは丸太のように隆々としたヤコブの腕を駆け上がっていく。
「小癪な!」
ヤコブは反対の手でアタルを捕まえようとするが、既にそこにアタルの姿はなかった。
「どこだ!」
「ヤコブ、上だ!」
アタルを見失ってきょろきょろとしているヤコブ。だが離れたところから見ていたドラネスにはアタルの動きが見えており、すぐに指をさしながらヤコブへと居場所を伝える。
ドラネスの声に反応してヤコブが視線を上に向けた時には、アタルはヤコブに向かって銃を構えていた。
「……くらえ!」
上を向いた瞬間、銃弾がヤコブを襲う。体勢が崩れていた彼は、降りかかる銃弾の雨を避けることは叶わずそれを全て身体に受けることになる。
放たれたのは通常弾が二発、そして同じ場所に貫通弾が一発。狙ったようにヤコブの肩のあたりに命中する。
「ぐっ、確かに痛いな。だが、これくらいでは俺は膝はつかないぞ!」
アタルの放った全弾は命中したが、それは鎧をも貫通した方法であっても鍛えられた強靭なヤコブの皮膚を貫くことはできなかった。
「そこでは移動できまい! くらえ!」
落下しながらも空中にいるアタルに向かって力を込めたヤコブの拳が向かう。
「悪いが、俺は一人じゃないんでな」
不敵な笑みを浮かべながらもアタルは避ける素振りを見せない。だがまたもや拳はアタルを捉えることができなかった。
「バル、助かったありがとうな」
それは空中にいるアタルをバルが飛んで襟元を咥えて、回避させていたからだった。
『どういたしましてー、それにしてもあのデカイ人強いね』
「あぁ」
互いに気を許した会話を交わす二人のやりとりを見てヤコブは満足そうに笑う。
「……お前たちは良い主従関係のようだな」
「なにやっているんだ! ヤコブ、さっさとそいつらを倒せ!!」
眩しい物を見るように目を細めたヤコブがぼそりと呟いたのは自分の上司であるドラネスに対する皮肉だったが、下の方でぎゃんぎゃん騒いでいる当の本人は気付いていないようだった。
「これは、なかなか厄介な相手だな……本気で行くぞ」
バルキアスの補助で地上へ戻ってきたアタルはヤコブという存在が加わったことで戦略を変えるべきだと思いを新たにした。これまで被害が少なく済むようになるべくアタルは弱い弾を使用し、キャロも武器は威力の弱いものを選択していた。
バルキアスにいたっては武器を使わず体当たりだけで騎士を気絶させている。
「強がりを言うな! ヤコブいけ!」
既に自身は戦う気がないのか、後方に下がったドラネスは乱暴にヤコブへ指示を出すだけだった。
「強がりだったらよかったんだが、彼らは強いな……」
陣形を組み直したアタルたちを一目見て、これまでと明らかに彼らの気配が変わったことにヤコブは気づいていた。
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