第百七十五話
「それで、俺たちはどうなるんですか?」
諦めたアタルは本題を王に尋ねる。何か言いつけられる前にさっさと話をつけたいと思ってしまったのだ。
「そう邪険にするな。別にとって食おうというわけではないぞ?」
アタルの態度に王は爽快に笑いながらそれとなくなだめようとする。
彼のとって食うという言葉が、互いのサイズ差からリアルに感じられたアタルだったが、それが表にでないように気を付けた。
「まあ、それならいいんですが……なぜ俺たちは呼ばれたんでしょうか?」
気を取り直したアタルは何か裏があるのではないか? その思いを打ち消せず、伺うように質問する。
「ふむ、バリムから聞いた話では相当な使い手とのことだったのでな、一度会っておきたいと思ったのだ。今回の件は表ざたになっていなかっただけで、何人もの旅人が被害にあっていただろうからな」
それだけ重要な案件であると王は暗に語る。
「そう言ってもらえると光栄です。まあ俺たちは自分たちの身を守っただけですが……主にキャロが」
「アタル様っ!」
先ほどと同じネタを引っ張ってきたアタルに対してキャロが止めて下さいという思いを込めて名前を呼ぶ。バルキアスは黙っていたが、キャロが褒められているのだとわかって自慢げに鼻を鳴らして機嫌良く尻尾を揺らしている。
「先ほども言っていたが、本当にあれだけの数の盗賊をそちらのお嬢さんが一人で倒したのか? 失礼な言い方になるが、にわかには信じがたい」
疑問の眼差しを向けながら発せられたそれは王の隣にいた大臣の言葉だった。
「はぁ、別に信じてもらえないならそれで構わないです」
王が重要な案件と言っており、それを果たしたキャロに対して疑いの言葉を投げられてはアタルも表情を曇らせるしかなかった。その時のことを証明しろと言われても実際に見せられるわけではないからだ。
「む、大臣、口を慎め。村を支配するだけの盗賊団を傷つけずに捕まえた彼らに失礼であろう!」
すぐさま飛んできた言葉にも王の表情にも深い怒りが込められていたため、慌てた大臣は急いで頭を下げるとすっと一歩後ろに下がる。
「……部下が失礼をした。わしはお主らの実力を疑っていない。黙っていてもひしひしと感じるものがあるのでな。お主ら二人だけでなく、そちらの狼か? 確かバルキアスといったな。お主もまだまだ発展途上だが、かなりの伸びしろがありそうだ」
フェンリルであることはわかっていないが、それでもバルキアスの秘める力を不敵に微笑む王はちゃんと感じ取っていた。バルキアスは自分が褒められたことでより美味しいものが食べられるチャンスが増えたと喜んでいる。
「……失礼します、発言よろしいでしょうか?」
その時、並ぶ騎士の一人が手をあげた。彼は人族であり、騎士団の隊長の一人だった。
「うむ、ドラネスか。良い、言ってみよ」
王の許可を得たドラネスは王に一礼すると、アタルたちに向き直ってきつい眼差しを向けて口を開く。
「大臣と同じく私も彼らの実力には疑問を持ちます。もちろん王の発言を疑うわけではありませんが、私は自分の目で見たものしか信じられませんので」
彼は疑うわけではないと口ではそう言っているものの、結局疑ってるじゃないかと彼以外の全員が内心で思っていた。
「……ならばどうする? 実力を偽っていると処断するのか? 盗賊団を捕まえた者たちを、それもこちらの要望で来てもらったというのにか?」
ピリッと焼けつくような緊張感をにじませる王の言葉にドラネスは首を横に振る。彼以外の騎士たちはこの会話の流れは良くないと思い始める。
「まさか、そのようなことはできません。……彼らが本当に盗賊団を捕まえたのであれば、ですが」
わざとらしく首を振ったドラネスは顔を上げるとにやりと笑い、言葉を続ける。
「本当にこの者たちはただの旅人で、盗賊団をたまたま捕まえたのでしょうか? ともすれば、こやつらは盗賊団の一員で仲間割れの末に薬を盛るなどして、他の団員を捕まえたのではないでしょうか?」
大きく声を上げて全員に問いかけるようなその質問で、一気に広間がざわつく。
「……ドラネス、お主何を言っているのかわかって、そのようなことを申しているのか?」
先ほどの大臣同様、ドラネスに対しても王は怒りを秘めた口調で問いかける。
「もちろんです。あの盗賊団は我々騎士団も追っていた者たちですから。……それを一介の冒険者ふぜいが、それもそちらの獣人のこんな小さい女が一人で行ったなど虚言もたいがいにしてほしい!」
みんなそう思うだろう? と問いかけるように一歩前に出て大きく手を広げた彼の言葉に呆れたアタルはため息をつく。大勢の前で糾弾されてキャロは少し表情を暗くするが、それはアタルやバルキアス以外はわからないほどのものだ。
「はぁ……自分たちがやろうとしたことを、それ以上の形でやられたからプライドを傷つけられた。それもやったのが獣人の、しかも自分より小さい、女のキャロがやったことが納得がいかない。そういうことか……はっ、ただの難癖じゃないか」
「貴様ぁっ!!」
ため息交じりに吐き捨てたアタルの言葉は全て図星であるため、苛立ちに瞬間顔を真っ赤にしたドラネスが腰の剣に手をかける。
「やめんか!!!」
謁見の間に王の怒号が大きく響き渡る。誰もがその声音で正気を取り戻す。
「ドラネス! 貴様、わしが見込んで呼んだ客人を愚弄するつもりか!?」
これまでのように秘めた怒りではなく、王は表に出した怒りをドラネスにぶつけた。キャロの見た目とちっぽけなドラネスのプライドだけで正義を尽くした者を称えるのではなく、最初から疑ってかかるとはなにごとかと思ったのだ。
「め、めっそうもない。しかし……」
「しかしではない! 貴様、不敬もいいとこぞ!」
なんとか自分がやらかしてしまったことを言いつくろおうとするドラネスだったが、かぶせる様に続いた王の叱責によってそれを口にすることができずにいた。謁見の間に緊張が走る。
「……なあ、あんた。ドラネスって言ったか? どうすれば満足できるんだ?」
このままでは話が進まないと判断したアタルは助け舟のつもりはなかったが、ドラネスの怒りはどうすればおさまりがつくのか確認する。
「そ、それは……」
しかし、王を気にしたドラネスは先ほどの流暢な主張が何だったのかと思うほど視線を泳がして言葉が出ない。
「ふぅ……良い、アタルの質問に答えよ」
アタルに何か考えがあるのだろうと読み取った王はすっと目を細めてドラネスに発言を許可する。
「そ、それならば、我々騎士団との決闘を希望する! 盗賊団は総勢で三十人程度、我々騎士団の中から私を含めた十名と戦ってその力を示してもらいたい!」
食いつくように大きな声で主張したドラネスの言葉はとんでもない要望だと、列席した者たちはほとほと呆れていたが、アタルはにやりと笑っていた。アタルの考えが予想できたキャロとバルキアスはドラネスの言葉に動揺することなく、逆に頭が冷静になっているほどだった。
「構わない」
「なっ! よ、良いのか? ドラネスは確かに短慮だが騎士団の隊長に名を連ねるだけあって、腕のほうは確かだぞ?」
即答したアタルに王は驚いていた。盗賊を相手にするのとはわけが違うのだぞ、とアタルを助けようとしているのが伝わってくる。
「……ただし、こちらの条件を飲めるならだがな」
さきほどアタルが笑った理由は、最初からこの条件が出てくるだろうとおもっていたためだった。
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