第百七十四話
自分たちの馬車に乗って、バリムたちのあとをついて行くアタルたちは今後のことについて話し合っていた。
「どうなると思う?」
これから向かう先で何があるか、どういう扱いを受けるか。心配というよりは確認というようにアタルはキャロに質問する。
「うーん、悪いようには扱われないとは思いますが……ちょっと面倒ごとの予感はしますねっ」
「やっぱりか。……そうだよなぁ、これだけの数を捕らえて、何も用事を当てずに解放ってほうがありえないからな」
アタルは自分が統治者だとしたら、使える駒は使っておきたい。もしくは、面白そうだから力試しをしたい。そのどちらかを考えるだろうと予想する。
「もし、何か依頼されたらどうしますか?」
「うーん、報酬次第ってところだな」
これまでにも上の者、と言われる人物に会うと何か頼まれる経験があったため、キャロはアタルに問いかけた。
しかし、新しい装備を手に入れたばかりのアタルたちを納得させるだけの報酬となると、自分たちでも思いつかなかった。
『僕、美味しいものがいい!』
キャロの側でちょこんと座っているバルキアスはシンプルに自分の欲望を口にした。
「あー、美味いものってのはいいかもな。思い返してみると、この国では特に食事に関しての思い出はないしな」
巨人の国では装備を作ることだけに重きをおいていたため、それ以外がおろそかになっていた。せっかく新しい国に来たというのにそれだけというのはもったいなかったかとアタルは思った。
「エルフの国は色々見て回りましたが、確かに巨人の国はほとんど印象にありませんね」
そういえばといったような表情のキャロも同様の考えだったようで、二人は顔を見合わせると通じ合うように頷いた。次の国に行くことにばかり意識が向いていたが、戻る羽目になったのだから改めてこの国を巡ってみよう、と。
帰り道はゆっくりだったため、数日がかりでの道程となった。
街に戻ると、アタルたちは真っすぐ城へと案内されることとなる。捕まえた盗賊団は衛兵隊が連れて行き、バリムたち騎士がアタルたちを担当するようだ。
案内されるまま城に到着すると、別の騎士が馬車を厩舎へと運び、アタルたちは待合室で待たされることとなる。
「ここまで来ると騎士団の偉い人ってわけじゃなさそうだよな……」
「そうですね……」
アタルとキャロはこの先の事を考えてため息交じりになりつつ顔を見合わせる。このあと準備が整い次第、謁見の間へと案内され、王に会うことになるだろうと予想するのは簡単なことだったからだ。
『美味しいものもらえるかな?』
ため息をつく二人をよそに、バルキアスはただ一人尻尾を振って美味しいものが食べられるかと楽しみにしているようだった。そんなバルキアスを見ているとアタルたちは少し嫌な気持ちが安らいだ気がした。
部屋に案内されて十分少々経過したところでドアがノックされた。
「失礼します。準備が整いましたのでお迎えにあがりました」
外からバリムの声が聞こえたため、立ち上がったアタルが扉を開く。騎士として背筋をピンとさせ真面目な表情をしたバリムが立っている。
「あぁ、こっちも大丈夫だ。早速行こう」
すぐに扉の外へ出たアタルは、嫌なことはさっさと片づけてしまおうと、ややバリムを急かす。キャロたちもその後ろを追いかける。
「はい、参りましょう! こちらです」
アタルの態度はバリムに乗り気であるととらえられたようで、彼は笑顔でアタルたちの案内をつとめた。
城内には既に話がいきわたっており、謁見の間の扉はアタルたちを待ちわびていたように大きく開かれていた。その前でバリムは立ち止まるとひと際姿勢を正した。アタルたちはその後ろに立つ。
「騎士バリム、冒険者アタル、キャロ、その仲間バルキアスを連れてまいりました!」
バリムが謁見の間の前でそう宣言した時、アタルは内心驚いていた。敬称と使われなかったことにではなく、わざわざバルキアスのことまで宣言の中にいれていたためだった。
「入れ」
中から返って来たその声は力強く、そして部屋の中に響き渡る重みのある声だった。
ここまで案内された間に既にわかっていたことだったが、城は人間サイズではなく巨人サイズで作られており、もちろんこの謁見の間もそれ相応の広さを誇っている。
中へ進んだバリムに続いてアタルたちも歩を進めていく。質の良い真ん中の赤い絨毯の左右には人間、獣人、エルフ、巨人など様々な種族の騎士が揃って姿勢を正し、規律正しく並んでいる。
「これはすごいな……」
目の前に広がる荘厳な光景に呆然としたよう様子で、アタルは他の誰にも聞こえない程度の声の大きさで呟いた。
唯一それが耳に届いていたキャロは、これまたわからないように首を軽く縦に振った。彼女の横顔がどことなく緊張しているのは奴隷身分の名残だろう。
そして、王へと続く階段の手前でバリムが止まった。それに合わせてアタルたちも彼の数歩後ろで立ち止まる。バルキアスはお座りの姿勢でキャロの足元に待機している。
「皆様をお連れしました!」
「うむ、大儀であった。下がって良いぞ」
近くに来るとますます重く響くような声音の王の言葉を受けて、再度頭を下げたバリムは騎士の列に並ぶ。
「ふむ、お主たちが今回の盗賊団を全員ほぼ無傷のまま捕らえたという冒険者か……なかなか良い面構えをしておるな」
悠然と立つ王はアタルたちを見てにやりと笑う。目の前の王は巨人族であるようで、遥か見上げた位置にその顔があるため、アタルたちは彼に対して王としての貫禄や威厳のようなもの以上に言いようのない圧迫感を感じていた。
「はい、そうです」
しかし、それを心のうちに押し込めて返事を返す。いつもは上の者に対しても物おじしないアタルだが、この相手は敬意を払うべき存在だと判断した。
「わしに、というよりも巨人族と話すのは初めてか? どことなく緊張感を感じるが、それでもひるまないその胆力はさすがあれだけのことをやってのけた冒険者というところか」
王はわし、という一人称からは想像できないほどに活力にあふれ、力に満ちた目でアタルのことを見ている。
「あー、いえ、あいつらを倒したのはこちらのキャロです。俺はただ見ていただけなので」
アタルの言葉を聞いて王は目を見開き、並んでいる騎士は声をあげ、当のキャロも目をまんまるにしてアタルのことを見ていた。みな揃ってアタルがやったと思っており、まさかその隣にいる獣人の少女がやったとは思ってもみなかったようだ。
「そ、そんなアタル様っ!」
自分がやったことだとは言え、矢面に立たせたアタルに困惑するキャロだったが、悪びれる様子もないアタルは口元に笑みを浮かべるだけで視線は前を向いていた。アタルへ向く興味を逸らすことも意図していたが、それ以上に彼女の実力は正当に評価されるべきだと思ったからだ。
「ふっふっふ、まさかのそちらのお嬢さんがな。だが安心するがいい、アタルが実力者というのはわしにはわかっておるからな」
誤魔化せんぞ、と愉快そうに笑う王の言葉に、興味を逸らすことはできなかったかとアタルは肩を落とし、キャロはほっと胸を撫でおろす。
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