第百七十二話
「そういうことか……」
アタルたちが宿から出ると、既に包囲は完了していた。ぼろい宿を囲うように、思い思いの武装をした者たちがぞろぞろと構えている。
「やけに人の気配がすると思ったら、ここまで囲まれているなんて」
予想していたことであったため、アタルたちに大きな驚きはなかった。キャロとバルキアスはアタルの背を守るように警戒はしているがただじっと事態を見守っているだけだ。
しかし、なぜこんなことになっているのか? それだけは疑問だった。
「誰が仕組んだのかは知らないが、どうしてこんなことになっているのか説明くらいはしてくれるんだろ?」
周囲にいる武装した村人たちを見渡すが、にやにや笑っているだけで誰も話そうとしない。
「話す気はない、か」
アタルは残念な表情でやれやれといったように両手を広げた。
「まあまあ、少しくらいなら話してやってもいいじゃないか」
ニタリと笑みを浮かべてそう言ったのは、アタルたちが出て来たばかりの宿から出て来た宿の主人だった。
「あんたが黒幕、というよりこいつらを率いているのか」
アタルたちの横を通り過ぎた宿の主人はそのまま集団の前に立つ。村人たちの雰囲気から彼を慕っているようなものを感じた。
「まあ、そういうことだ。あんたたちが間抜けにもうちの宿に泊まってくれたから俺たちもゆっくり準備ができた。ふっ、まさか一晩中誰かが起きてるとは思わなかったがな。……だが、その疲れが残っている中でこれだけの人数に囲まれればあんたらも諦めるしかないだろ?」
宿の主人の言葉を聞いた中には面白おかしいというように笑い声をあげる者もいた。
「あー、俺が聞いた話だとこの村は冒険者の旅の中継点になっているってことだったんだが……これはどうしてこんなことに?」
淡々と確認するようなアタルの質問に宿の主人は肩を竦める。
「そりゃ、冒険者が来なくなったからだろ。もっと楽で安全なルートがあって、色々揃っている街があるとなったらそっちを通るようになる。だから――俺たちがこの村をもらった」
どうやらこの男は宿の主人ではなく、盗賊の頭目だったようだ。
「なるほどね、まあそんなことだろうとは思っていたけどな。宿の料金の説明はしない、料理の説明もない、その他宿泊に関する情報が少なすぎる。それと、昨日俺たちの部屋を探りに来たやつはそこの男だろ? 気配が同じだ」
呆れたように首を緩く振ったあと、アタルがすっと指差したのは頭目の隣にいる男だった。
「なっ! なんでわかった!?」
指の先にいた男はぎくりと身体を揺らして動揺していたが、アタルはそれに答えるつもりはなかった。
「それで、俺たちをどうするつもりなんだ?」
「どう、だって? この状況みたらわかるだろ? あんたは身ぐるみはいでそこらに捨てる。嬢ちゃんは慰みものになってもらおう。そっちのわんころは殺せばいいだろ」
いやらしくにやりと笑いながらの頭目の言葉はアタルとバルキアスの怒りの琴線に触れていた。自分がどうなろうと何とかなると思うが、大事なキャロが傷つけられると言われて二人が冷静でいられるわけがなかった。
「ほうほう、そういう考えか。だったら、ちょっと死を覚悟してもらわないとな?」
『ガウ!!』
沸々とこみ上げる怒りを静かに抑えながらアタルとバルキアスが一歩前に出るが、それはキャロによって止められる。
「アタル様、バル君、二人は下がっていて下さいっ」
「いや、ここは…………わかった」
自分が懲らしめる、と言おうとしたアタルだったが、キャロの表情を見て引き下がることにした。
「バル、お前も下がるぞ」
アタルの言葉に異論はないようで、バルキアスもアタルと同じくキャロの後ろに下がることにした。
『あーあ……』
怒らせてはいけない人を怒らせてしまったねぇ、とバルキアスは首を横に振っていた。
「宿のご主人、いえ盗賊の親玉さんでしょうか?」
一人、前に出たキャロはあくまで笑顔のまま質問する。妖艶さすら滲ませるその笑顔に底冷えするようなものを感じたアタルたちは、ごくりと唾を飲んだ。
「あ、あぁ、そうだ! それがなんだ!」
「いえ、ただの確認です。それではみなさん……さようなら」
すっと笑みが消え去ったのちに静かに呟かれた言葉。男たちはキャロが何を言っているのかわからなかったが、首を傾げてもう一度尋ねようとした次の瞬間、ぷつりと意識を失ってしまった。彼らは結局どんな意味の『さようなら』なのかわからないまま地に沈んで行った。
「な、なんだと!」
あまりに一瞬のできごとに頭目は驚いてあたりを見回すが、何もできずにただただ部下たちが次々に倒れていく様を見守るだけとなる。
「……ぐあっ!」
その中でも声を出せた者はまだいい方だった。倒れた男のほとんどは、なぜ自分が倒れるのかもわからないまま倒れていくばかりだからだ。
「あー、あれは痛いな」
『うん……』
呆気にとられたようにアタルとバルキアスはキャロの無双ぶりをぼんやりと見ていた。
「お、おい! あいつはなんなんだ! と、止めてくれ!!」
焦ったように頭目はアタルたちにそうすがるが、彼らは肩を竦めて静かに首を横に振るだけだった。
「お、あんたの番みたいだぞ」
その時、アタルは他の男たちが全員倒れたことに気づいて、頭目の背中をとんっと押してキャロの前に立たせる。押されるままよろよろとキャロの目前に突き出された男はすぐに顔を歪ませる。
「ひ、ひいっ!」
部下のさんさんたる状況見た頭目は恐怖に駆られてその場に尻もちをついてしまう。見上げた先にいた少女に、本能が愛らしい幼女獣人としての見た目に騙されてはいけないと強く叫んでいる。
「あなただけ無事というのは部下の方に面目がたちませんよね? それじゃ、おやすみなさい」
ふわりとほほ笑んだキャロは手際よく頭目の顎をカツンと殴って意識を失わせる。
「全く、アタル様とバル君を殺すなんてとんでもないことを言わないで下さいっ」
この場でいま立っているのはアタルたちだけ。盗賊全員を倒し、ぷくりと頬を膨らませて言い放ったことで、キャロの怒りはとりあえず収まったようだった。
「お疲れ様……それで、こいつらどうする? さすがにこのままにはしておけないよな」
このまま放置しておけば、意識を失わせただけの盗賊たちは目が覚めたのちに再び盗賊行為を繰り返すかもしれない。そう考えるとそれは悪手とも言えた。
「仕方ありませんね……私が前の街に戻って衛兵さんを連れてきますので、アタル様とバル君はこの方たちの見張りをお願いできますか?」
誰かが行くしかないため、足の速いキャロの提案にアタルはその案を飲むことにした。
「わかった、気を付けて行けよ?」
「はいっ、二人も気を付けて下さいっ」
こうして、長い寄り道はもう少しだけ続くようだった。
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