第百六十二話
視線を向けられたアタルは気まずそうに頬を掻いていた。
「あー、俺の方法は特殊でな。どう言ったものか……強力な魔法を一点に集中させて、連続でぶつけて穴をあけて、そこからダメージを与えたんけど……加工には使えないだろ?」
一縷の望みを託して彼らはアタルの言葉を待っていたが、それはテルムとブラウンに肩を落とさせることになる。
「はぁ……さすがにそれで加工はできないね」
「うむ、こいつは困ったな……」
難しい顔をした二人は向かい合ったまま腕を組んで考えこんでしまった。
「これはダメかもしれないわね……前にも二人が角を突き合わせて相談して結局、いい案が浮かばなかったことがあるんだけど、その時も今みたいになっていたわ」
困ったような表情を浮かべたナタリアは二人の様子を見てそう呟いていた。
黙って話を見守っていたキャロはどんどん重たくなる空気に不安そうにしている。
「加工の方法か……何か、何か……なあ、この甲羅より硬い鉱石みたいなのってあるか?」
「ん? あぁ、あるぞ。恐らくにはなるが、金剛石というものがこの世界で最も硬いと言われている。テルムのところにもあったよな?」
アタルに言われるまま、困惑交じりの表情でテルムは作業場の片隅にある金剛石を持ってくる。
「うん、これがそうだけど……これが何かの役に?」
初めて見る鉱石を受け取るとアタルは指の間に挟むようにして持って、確かめるようにいろんな角度からそれを見る。
「何を……?」
戸惑うナタリアがそっと質問をするが、アタルは返事をせず、指に魔力を込めていく。指先の淡い光と共に金剛石の周りも輝く。
「俺の魔法じゃこれを断ち切ることも加工することもできない、できないが削ることくらいはできる」
何をするのか察したキャロはアタルが魔法で出した削りカスを、バックから取り出して広げた大きな布で受け止める。
「削る……いやいや、それじゃ加工に時間がかかりすぎるし、そもそも俺はもちろん、テルムも魔法はそこまで使えんだろ」
「そうだね……簡単にやってるみたいだけど、あれはかなりの精度で魔法を操れないとできないよ。僕どころか、大半の人は無理なんじゃないかな」
おいおいと呆れたような視線を向けるブラウンに苦笑交じりでテルムが答える。今もアタルは削り続けているが、これは風魔法で風の玉を指先に生み出してそれを高速で回転させてその風圧で鉱石を削っていた。
「確かにこの技術はすごいですけど、これがどう加工に繋がっていくんでしょう……?」
感動したように口元に手をやったナタリアは疑問を口にするが、集中しているアタルから返事は返ってこなかった。
しばらくの間、黙々とアタルは鉱石を削り続ける。そして、拳大よりも小さくなったところで魔法を止めた。
「ふー……こんなもんか」
余程集中していたアタルは一息つくと、玉のような汗が浮かんでいる額を拭いながらキャロが受け止めた削りカスを見た。
「これだけあれば十分だろ。テルムは加工に必要な工具をここに揃えてくれ。さすがに全部は無理だから必要最小限のものだけな。ブラウンも工房に戻って同じように加工用の工具を持ってきてくれ」
なぜ? その疑問が指示を受けた二人の顔には浮かんでいた。何をするのか全く想像できなかったのだ。
「まあ、騙されたと思って持ってきてくれ。俺のほうで加工に関してはなんとかしてみよう」
この甲羅の持ち主である魔物を倒したアタル。彼ならもしかしたらなんとかしてくれるのかもしれない。そう思った二人は重い腰を上げて指示に従っていく。
「二人が準備を終えるまでに俺のほうも残りの準備をしておこう。ナタリア、すまないが鍋と木べらを用意してくれ。それから火を使える場所に案内してくれるか?」
「は、はい」
アタルに言われてはっとしたように我に返ったナタリアはまず厨房へと案内をする。
「えっと、鍋と木べらはこれを使って下さい」
「ありがとう、それじゃ俺は作業に入るから戻ってくれるか? 一応秘密のアイテム作成ってことで」
しぃっと人差し指を口元に寄せたアタルは、ナタリアの肩をそっと押して反対を向かせると厨房から押し出した。困惑しながらもナタリアは、職人の人でも作業を見られることを嫌う人がいることを知っているため、空気を読んで出て行く。
「キャロとバルは誰もここに入ってこないように見張っていてくれ。俺はアレを作らないと……」
大きく頷いた二人はアタルの指示に従って厨房の入り口に待機する。きっとアタルならばこの問題を解決できるだろうと信じていた。
その間にテルムは自分の加工工具を布の上に並べてどれを持っていくか見極めていた。すぐに自身の工房から戻ってきたブラウンも同じように工具を並べてアタルが戻るのを待っていた。
「ねえ、ナタリア。彼は一体何をやっているんだい?」
それとなくテルムが質問するが、ナタリアは首を横に振ることしかできなかった。
「わからないわ。作業を始める前に押し出されてしまったもの……」
「うーむ、何をやっているのかわからんが、あいつなら大丈夫だろう。きっといい案を持ってくるはずだ」
唸りながらも真剣な表情で工具たちを見ているブラウンに根拠はなかったが、アタルならなんとかしてくれるだろうという謎の確信があった。
そして時間にして二時間が経過したところで、アタルが鍋を持って戻ってきた。その後ろにはキャロとバルキアスもついてきている。
「な、なんだそのすごい色したものは!」
気になって覗き込んだ鍋の中身がおどろおどろしい色をしたものであることに、ブラウンはうげっとした表情で驚きつつ声をあげる。
「まあ、見てろって。これをこうして、そこにサラサラっと」
予想通りの反応を見たことに少し笑いながらアタルは鍋の中身を工具に塗ると、そこに先程の鉱石の削りカスをふりかけていく。
「なっ! ぼ、僕の工具が!」
「しっ! 邪魔をしないで下さい!」
大切に扱っている商売道具が汚されていくような状況に普段穏やかなテルムも大声を出してアタルの暴挙を止めようとするが、それは厳しい顔をしたキャロの言葉とバルキアスによって止められることとなる。
「まあまあ見てなって、これも、これも、これもっと」
アタルは次々に二人の工具におどろおどろしい色をした何かを塗りたくり、削りカスをふりかけていった。
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