第百六十一話
宿での生活は快適そのものだった。ベッドも品質の良いふかふかのものが用意されており、提供される食事もそこらへんのレストランと比較しても遜色のないものだった。
また、カナの失敗に関しては謝罪ということで、夕食はアタルとキャロは一品多く提供されていた。
その二人は今は街中を歩いている。
「いやあ、この国は全体的にレベルが高いな。街にも活気があって、暗い雰囲気が感じられない」
これまでに寄った街も決して悪い街ではなかったが、街全体の空気が澄んでいるように感じられる街はここが初めてだった。自然と肩の力がほどよく抜けてアタルの表情も心なしか穏やかだ。
「そうですねっ。職人さんも腕がいいみたいです、工房に並んでいる装備はどれも良いできでしたっ」
長い耳を機嫌よく揺らすキャロはブラウンとテルムの工房に行った際に、並べられていた武器防具を確認していた。これまでにも色々な武器を使ってきたキャロの目はこえており、良い悪いの判断ができるほどになっていた。
「良く見てたな。俺は通されるままに移動してた記憶しかないぞ。……しかし、職人も宿もこれだけの水準のものということは国としてそのあたりのサポートがうまくできてるのかもしれないな」
キャロの成長を喜ぶように彼女の頭を優しく一度撫でたアタルは国としての在り方にヒントがあるのではないかとふと考えていた。
『僕もこの街好き!』
「しっかりと街が整備されているから、新しく人が流入した時にも過ごしやすいのかもしれないですねっ。環境が整っているから腕の良い方も集まってくるのかもしれません」
ご機嫌に尻尾を揺らすバルキアスに柔らかく目を細めたアタルは地球であった市や県などのサポートのようなものをイメージしていたが、キャロの意見を聞いて考えを改める。
「そういうものなのかもな。やはり過ごしやすい場所に人は集まるものだよな……」
活気のある街並みを眺めながら呟くと、ある店の前でピタッと足を止める。
「ここですねっ」
ブラウンズ工房、昨日も来たこの工房。中から作業している音が漏れ聞こえてくる。
「もう作業に入っているのか? ブラウン、アタルだ。入るぞ!」
中へ向かって大きく声をかけて工房の中に足を踏み入れるが、返事は返ってこなかった。
「どう、しましょうか……?」
そっと中をうかがうキャロもこのまま入っていいのか戸惑っていた。
「……まあいいだろ。音がするほうに行ってみるぞ」
アタルは気にせず入って行くことを選択する。テルムの工房と違って、恐らく一人でやっているブラウンの工房は待っていても誰も出てこないだろうと考えられたため、無断で入ることを選択する。
ブラウンの姿を探しながら奥に入っていくと、音がだんだん大きくなってくるのがわかる。
「ここか? おーい、ブラウン。来たぞ……って、なんかすごいことになってるな」
作業場らしき場所に辿りつくとブラウンが作業をしていた。しかし、甲羅の加工に手間取っているらしく、汗だくで次々に工具を変えているようだった。
「おう、来たか。はぁ……このざまだ」
滴る汗を適当に拭ったブラウンは上半身裸で手を開いて何も進んでないことを不機嫌そうに伝える。
「これは、全く加工できないってことか?」
マジックバッグから汗を拭う用の布をブラウンに渡しながらアタルは甲羅を見て質問した。
「そのとおりだ。こりゃとりあえずはお手上げだな。加工する手段を考えないといかん……テルムの工房に行ってみるか。あいつも恐らくは同じ問題にぶつかっているはずだ」
ブラウンは一人で話を進めると受け取った布でごしごしと汗を拭い、投げ捨ててあった上着を拾って着直す。
「ほれ、行くぞ。鍵を閉めなきゃならんからぼーっとしていないでさっさと出てくれ」
アタルとキャロとバルキアスは強引に背中を押されるようにして工房を出ることとなった。
「それで、何か打開策はあるのか?」
甲羅の加工に苦戦していたブラウンを見て、あの様子では何日かかるのかわからないため、テルムの工房へ向かう途中でアタルが確認するが、ブラウンは無言のまま歩を進めていた。
「……もしかして」
一つの可能性に思い当たったキャロは追い打ちをかけるようにそっと言うが、それでもブラウンは無言のままだった。だがその頬にはにじみ出た汗がつたっている。
「まあ、テルムが何かいい方法を見つけていることに期待するか」
そんなことだろうと思っていたアタルは気にすることなく足を進める。
早足の一行はテルムの工房に到着するのに時間はかからなかった。
「あら、いらっしゃい……って、みなさん難しい表情をしてますね」
いきなりドカドカと奥に入って行ったブラウンたちのことを止めず、ナタリアはアタルたちと並走して作業場へと向かって行く。
「あぁ、加工のほうで問題が出たらしくてな」
「それは大変ですね……ということはもしかしたらうちも同じかも……?」
ナタリアは作業を確認していなかったが、いつもであればそろそろ槌を打つ音が聞こえて来ても良さそうなものだったが、今日はまだ小気味いい音は聞こえてこなかった事を思い出す。
「入るぞ!」
ブラウンが遠慮なくドカドカと扉が開かれたままのテルムの作業場へと入っていく。
「……あぁ、君たちか」
作業場はブラウンの作業場と同じように様々な種類の加工用の工具が散乱している。その工具たちの中心でテルムは疲れ切った表情をしていた。
「その表情を見ると、俺と同じか。お前も加工に困っているみたいだな……お前ならと思ったんだが」
「あぁ、ブラウンもか。……そうなんだ、牙や骨はなんとかなりそうなんだけど……甲羅のほうはお手上げだね。一体どうやってこの魔物を倒したのやら」
ため息交じりに脱力したテルムがそう言うと、ブラウンと二人揃ってアタルの顔に視線を向ける。
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