第百六十話
アタルたちはブラウンズ工房前に戻って馬車に乗ると、宿探しのために街中を散策していく。
改めて周囲を見回しつつ街中を移動してみると、住み分けられた地区で巨人族とその他の種族が共存している様子が見て取れた。互いに協力したり支えあったりしているようで、穏やかな雰囲気に包まれている。
「これはすごいな。全然違う大きさの人間が生きているのにそれぞれが困ることなく生活できている。これは途中からこういう作りになったんじゃないな……国の成り立ちからして巨人と人が手を取り合ってできているのかもしれないな」
顎に手をやりつつ話すアタルの予想はあっていた。
この国は巨人族の王と複数の種族の代表が協力して作られたというのが創世記として語られている。
「……という話があるそうです」
その話を調べていたキャロが膝でくつろぐバルキアスの背を撫でながらアタルの予想を補足するように語っていく。
長き時を超えて語られている話なだけあり、色々な部分で脚色されているようだったが、複数の種族が手をとりあって作られたという部分はなんの誇張もない真実だった。
「すごいな。複数の種族や人種が集まると争いがおこることが多いのにそれを取りまとめたってことは、当時のトップがよほど人格者だったのかもしれないな」
感心したようなアタルに対し、キャロはその言葉を否定するようにふるふると首を横に振る。
「人格者、とは言えないようですね。むしろ強引なところが魅力だったようです」
創世記を調べるうちにいくつか見つけた特徴を思い出したキャロは苦笑する。
「……なるほどな。強さ、勢い、人がやらないことを精力的にやる。そういう部分が魅力だったのかもしれないな」
物語に出てくる過去の英傑たちの中にも同様に、強気な行動がカリスマ性となって人を惹きつけることはあった。
この国についての話をしていると、一軒の宿屋に辿りつく。
「お、ここでいいな」
割と大きなところのようで店構えも良く、人の出入りもあるようで、しばらくの間宿泊するのに十分な店だった。
「あ、宿泊のお客さんですかー?」
馬車を停めたアタルたちに声をかけてきたのは、女性というには年若い少女だった。種族としての目立った特徴はなく、やや小柄なのは小人族だからなのかそれとも年若いからなのか、そもそもの彼女の特徴なのかはつかめなかった。
「あぁ、俺と彼女とあとこいつの二人と一匹で宿泊したい」
アタルが振り返ってそう告げると、彼女はぱあっと明るい笑顔で答える。
「はい、眺めの良い部屋が空いていますよー! 馬車は裏手にお願いします! そうしたらまた正面から来て下さい手続きを行いますのでー」
彼女の元気いっぱいの言葉にアタルは頷くと、馬車を裏手に向かわせる。
「いい感じの方でしたねっ」
宿に入ろうかと悩んでいる客の背中を押す声掛け、押しつけがましくないその気遣いとこちらもつられてしまうほどの笑顔である彼女にキャロは良い印象を持っていた。
「あぁ、この街はどこも良い雰囲気みたいだな。スラム街もないみたいだ」
治安も良く、住んでいる者の雰囲気も良い。今まで立ち寄った街の中でも最も住みやすそうな街だという印象をアタルは持っていた。
馬車をおいて宿の前に戻ると、先ほどの彼女がアタルたちのことを待っていた。
「あ、わかったみたいですねー、よかったです! それでは中に入りましょー!」
元気よく笑う彼女の先導でアタルたちは宿の中に入って行く。
中に入ると、ふわりと良い香りが鼻をくすぐる。しつこくない爽やかな香りはアタルたちに安心感を与えた。
「気付かれました? これはレンジの木の皮をあぶった香りなんですよー。気持ちが落ち着く気がするので、私が父に提案したんです!」
「すごいな……」
知識がない中でアロマテラピーを個人が行っている。その発想力にアタルは驚いていた。
「いい匂いですね! 爽やかな気分になりますっ」
心地よい香りを堪能するようにキャロは深呼吸をして、いっぱいに空気を吸い込んでいる。
『これくらいなら僕にもいい匂いに感じるよ!』
嗅覚が普通の人間の何倍にも敏感なバルキアスもこの香りは良い香りと感じていた。
「それじゃ、早速宿泊の手続きを頼む。とりあえず一週間という形で頼めるか? もしかしたら長引く可能性もある」
アタルに言われた彼女は大きめの宿泊帳を開いて、空き部屋と予約のスケジュールを急いで確認する。
「一週間から更に延長の可能性ありですねー……大丈夫ですー、先ほど言った眺めのいい部屋に案内できますよ!」
ずっと笑顔を絶やさない彼女だったが、長期の客をゲットできるとあってひときわ眩しい笑顔だった。
「それではこちらの鍵をどうぞ! 階段を上がってもらって、三階の一番奥の部屋になりますー。ツインの部屋になっていますがー……その、大丈夫ですか……?」
最初は明るい口調だったが、話しているうちにバルキアス用のベッドがないことを危惧したようで、最後のほうはいいづらそうだった。笑顔がすこし曇る。
「あぁ、それで構わない。料金は先払いか?」
「あ、そうだった! ごめんなさい、料金の説明してませんでした……こちらが料金表になりますー!」
すらすらと手続きをする彼女だったが、見た目のとおり若いため、まだ慣れていない部分があるようだった。焦ったように料金表を差し出してくるその表情からは笑顔が消えていた。
「カナ、どうした?」
その様子を見つけたのか、心配したように店主と思わしき男性がやってきた。彼も小柄な身長をしており、その特徴から見てカナと呼ばれた彼女も恐らく元々小柄なのだろうと予想できる。
「あ、お父さん。実は料金の説明をする前に鍵を渡しちゃって……」
不安げに揺れる表情のカナはしょんぼりと肩を落としながら店主である父に報告をする。
「なるほど……お客様、娘が申し訳ありませんでした。こちらが料金表になりますが、よろしいでしょうか?」
硬い表情で話を聞いた店主はアタルたちに向き直ると深々と頭を下げて謝罪をしてから、再度料金表を見せてくる。
「あぁ、これで構わない。最低一週間、もしかしたらそれ以上になるかもしれないんだが、料金は……」
「はい、それではまず一週間分頂ければ大丈夫です。延長に関しましては一週間後の当日朝よりも前に言って頂けると助かります」
「わかった、それじゃ部屋に行くよ。……あぁ、彼女のことは怒らないでやってくれよ?」
一週間分の金をテーブルにすっと置いたアタルは店主にそう言い残して階段をあがって行った。
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