第百五十二話
アタルたちが森に到着すると、あちらこちらで冒険者や薬草採集をするエルフの姿が見られた。
「しばらく立ち入りできなかっただけあって、人が多いですねっ」
この森には色々な薬草や魔物がいるため、立ち入れない間に値段があがっていたものの採集がいま盛んにおこなわれているようだった。
「確かに……。俺たちが隠した素材が無事だといいんだけどな」
心配そうに口ではそういうが、もし誰かが見つけていったとしてもそれはそれで構わないとアタルは思っていた。
「なかなか見つからないとは思いますが、中には探査能力に優れた方もいますからねっ」
キャロも万が一の可能性は考えているようだった。
『うーん、僕の鼻でも見つけられないと思うけど……魔力の流れを感じ取る人はいるのかも?』
すんすんと匂いを嗅ぐように鼻を揺らすバルキアス。バルキアスの嗅覚であっても多少の変化は感じるだろうが、そこにアイテムがあるとは思えない程度のものだった。
「バルがそういうなら、魔力探知系の能力が高いやつがいないことを祈るばかりだな」
奥に向かうにつれて、徐々に人の姿は減っていく。冒険者ギルドの発表で森の安全性の改善は保証されてはいるものの、いまだ奥から漂う魔力の残渣を感じて近寄ろうとする者は少なかった。
玄武と戦った場所にはさすがに誰もおらず、アタルたちは隠しておいた素材のもとへと誰にも見つからずに辿りつくことができた。
「さて、ここだな」
隠したのは数日前だったが、アタルは自分の魔力を辿ることで迷わずに到着する。
「それじゃあ早速取り出しましょうかっ」
「俺が取り出すから、キャロとバルは誰かが近寄ってこないように見張っていてくれ」
そう言うとアタルは埋めた場所に近寄って結界の解除を行う。キャロとバルキアスは見張りに最適な陣取りをして周囲を警戒していた。
「これで、あとは掘り起こすだけか」
さっと結界を解除したアタルは地面に手をあてると、魔力を流して土を掘り起こしていく。一瞬淡い光を放った手の位置から一定の範囲で徐々に土が取り除かれていき、アタルが作った石の箱があらわになっていく。
「よし、中身は……大丈夫そうだな」
蓋をどかして中を確認すると、入れた時のまま全て収められており、無事回収に成功する。
「キャロ、素材は無事だったぞ……キャロ?」
アタルは蓋を開けるために、穴の中に入ったため、すぐにキャロの姿を確認できずにいる。そのため呼びかけたのだが、近くにいるはずのキャロから返事が返ってこないことを疑問に思い、上にあがることにした。
「キャロ、どうかしたか?」
ひょっこりとアタルが顔を出すと、地上ではキャロとバルキアスが数人の冒険者と対峙していた。
「アタル様……」
アタルの気配を感じ取って振り返ったキャロはどうしたものかと、不安に揺れる瞳と困惑の表情でアタルのことを見ていた。バルキアスは冒険者たちに向かって低く唸っている。
「お前がパーティリーダーか。こんなところで一体何をやっているんだ?」
どうやら彼らは奥から出て来たアタルのことを不審に思い、訝しげな表情で見ているようだった。
「何をしていたか話す理由はないが……まあいいか、俺はこの奥に埋めておいた魔物の素材を取りに来ただけだ」
穴から出たアタルは手に着いた土埃を払いつつ素直に本当のことを話したが、冒険者の表情はより厳しいものになっていた。
「なぜそんな場所に埋めていた? なんの素材なんだ?」
場所が場所だけに一層アタルたちは怪しまれてしまうこととなる。
「はぁ……そこまで説明しないとなのか……面倒だな」
元々深く詮索されることを嫌うアタルは、自分たちの行動に口出しされることを煩わしく感じていた。
「なんだと?」
アタルのその態度は冒険者の怒りの導火線に火を点けるのに十分だった。冒険者の一人が苛立ったように睨み付けてくる。
「……この森に強い魔物がいた話は当然知っているよな?」
より強い面倒ごとになるのを避けるため、視線を受け流しつつもアタルは順番に説明していく。
「あぁ、だがその魔物は討伐されて森の安全性はもとに戻ったとギルドから発表があった。だからお前さんたちもここに来ているんだろ?」
今度は冒険者の男が質問を返す。当たり前のことをアタルに聞かれて男は首を傾げていた。
「まあ、そうなるんだろうが……少し違う」
安全だと発表されたから来たわけではない。その細かいニュアンスの違いがわからないため、冒険者は続けて質問をしようとした。
しかし、その前にアタルが先に口を開く。
「その魔物を倒したのは俺たちだ」
それは予想外の言葉であったため、冒険者たちは何を言っているんだと揃って驚いていた。中には信じられないと疑いの眼差しを向けてくる者もいる。
「あんたたちの顔を見る限り信じていないみたいだが、それが事実だ。ギルドで確認してもらって構わないぞ。話はそれだけだ。キャロ、素材の運び出しを手伝ってくれ」
アタルの言葉に笑顔を取り戻したキャロは頷くと穴へ向かおうとする。
「お、おい!」
「……まだ、何かあるのか?」
去ろうとする二人を呼び止める冒険者の言葉に振り返ったアタルは鋭い視線を向けた。
「うっ、いや、その……」
「今は見逃してやる! ギルドに戻って違うということがわかったら、その素材は俺たちによこせ!」
その覇気で一人が言葉に詰まると、我慢できないといった様子の別の冒険者の男が吐き捨てるように大きな声で言った。
「……わかった。俺たちは素材の回収が終わったら街に戻る予定だ」
「それじゃ、街で……」
大きな声の男が街で待っているぞと言おうとしたが、そこにアタルが言葉をかぶせる。
「ただし! ただし、俺たちが倒したのだとギルドが公式に認めたら、あんたたちはしっかりと謝罪をしてもらうからな」
しっかりと言い聞かせるように鋭い視線を緩ませることなく冒険者に言い放ちながらアタルは先ほどのキャロの表情を思い出していた。恐らくアタルがいない間、彼らに強い言葉で詰問されていたのだろうことは予想がつく。
そんな仕打ちを仲間が受けたのであれば、それを安易に見逃すわけにはいかなかった。
「な、なんで俺たちが……」
アタルの言葉に気勢をそがれる男たち。どうしてそんなことを言われなければならないのだろうと思っているようだ。
「俺たちが倒してなければあんたたちが儲かるだけだ、だったら俺たちが倒していた場合は謝罪くらいしてもらわないとな……俺が嘘をついていた場合は全ての素材をギルドに提出でも構わないんだぞ?」
「……わかった」
それでは男たちが素材を手に入れることができないため、しぶりながらもアタルの案に頷くしかなかった。
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