第百四十五話
アタルたちがギルドをあとにすると、クライブによってすぐに新しい依頼が発行される。
依頼の内容は『森の安全性の確認、および危険生物の有無の確認』。
この依頼が貼りだされた時にギルド内はどよめいた。森の調査の依頼が出たということは、今まで何人もの冒険者が帰らぬ人となり、長い間解決することがなかった依頼が達成されたことを示す。
「な、なあ、あの依頼を達成したやつがいるのか?」
ざわざわと騒がしいギルド内で、冒険者の一人がギルド職員の一人を少し乱暴に捕まえて質問する。
「それを確認をするための依頼になります。冒険者の皆さまにはこちらの依頼を受諾していただき、森の調査をし、その結果を報告してもらうためのものです」
それだけ答えると、職員はカウンターの中へと戻っていった。
「な、なあ、おい、どうする?」
職員の返事を聞いた冒険者たちはどうするか話し合っていた。その内に一つのパーティが動き始めると、今度はどこのパーティが受けるかの争いに移っていった。
そんなことが起こっているとはつゆ知らず、馬車を回収したアタルたちは宿へと戻っていた。
「こ、これは……」
宿を目の前に立ち尽くしたアタルは目の前の光景を信じられないものを見たかのように驚いていた。
「ど、どういうことなんでしょうか?」
隣りにいたキャロも同様で、一緒に宿を見て驚いていた。
『たくさん人が並んでるね!』
バルキアスが口にした事実が全てを物語っていた。アタルたちが最初に泊まった際には宿の看板は植物で覆われ、中は閑古鳥が鳴いており、人がほとんどいなかった。だが今はいろんな人が宿屋の事を無視することなく、吸い寄せられるように宿へと足を向けている。
「ちょっと中に行こう」
馬車を停留所に止めると、一行は足早に宿の中に入って行く。
「あぁ、お帰りなさい!」
二人に気付いた店主と女将が二人を待ちわびていたように大きく手を振っていた。
「これはどういうことなんだ?」
「お二人の助言を聞いて改めてうちの宿の問題点を話し合ったんです。それで改善案を出し合って、それを実践してみたらなんとビックリ、満員です!」
満面の笑顔を浮かべた店主は嬉しそうにアタルへ報告した。店主の隣では女将がニコニコとほほ笑んでいる。
「それにしても、俺たちがでかけてからそんなに経ってないだろ? 一体この短期間で何が……」
「アタル様、もしかしたらこの国は宿が少ないのではないでしょうか?」
困惑気味のアタルの疑問に思いついたようにキャロが答える。
事実、この国には宿が少なく、冒険者のほとんどはパーティにいるエルフの家に泊まることがほとんどだった。
冒険者ギルドでの依頼の種類、そしてこの宿が少ないという二つの問題があるため、エルフが仲間にいないパーティはこの国には立ち寄るだけですぐに離れていってしまう。
「なるほど、看板の新調とかエルフ以外にもわかりやすいようになったみたいだからな。これなら、宿泊客も増えるはずだ」
納得したように大きく頷いたアタルの言葉に店主たちはどこか誇らしげだ。
今回、宿の最も変化したのは外装だった。
以前は看板が生い茂る植物によって隠れていた。そして、宿自体もぱっと見では宿だとはわかりづい店構えだった。それらを改善して、少しでも他から見てわかりやすくすることで、これだけの効果があったということだった。
「それでも、これほどとは驚きだな……ちなみに俺たちの部屋は大丈夫なのか?」
ちゃんと確保されているのか? 繁盛しているのは良いのだが、念のためにその確認をした。
「もちろんです! お二人は私たちの救いの主ですから、もう半永久的に部屋を用意しておくくらいの気持ちはありますよ!」
「い、いや、そこまでしてもらわなくても……」
食い気味に迫る主人の熱意に押されて、アタルは頬をひくつかせてつい少し引き気味になってしまう。
「主人の言うとおりです、お二人がいなければ、そう遠くないうちに宿をたたんでいたでしょうから」
しかし、女将も主人を後押しするように二人のことを称えるため、更にアタルは及び腰になる。
「そ、そこまで言われるほどのことはしてないんだけどな……まあいいか。俺たちの部屋は変わってないんだよな?」
このままでは、二人にひたすらお礼を言われるだけだと思ったアタルはこの場から逃げるためにも部屋のことを確認した。
「はい、同じ部屋をお使い下さい。期限は設けていませんので、お好きなだけ使って頂いて大丈夫です!」
好意的な主人の言葉を聞いてありがたいと思いつつも、そう遠くないうちにチェックアウトしたほうがいいかもしれないとも考えていた。
「ありがとう、それじゃ部屋で休ませてもらうよ」
アタルとキャロは笑顔の宿屋夫婦に見送られて階段を登り、自分たちの部屋へと向かった。途中、他の冒険者とすれ違うことがあったが、どの冒険者たちもいい表情であり、宿の繁盛具合を表していた。
アタルたちは無言のまま部屋へと戻る。ぱたんと閉じた扉の音と共にアタルは疲れ切ったように大きく息を吐いた。
「……はぁ……思った以上に色々変化してて驚いたな」
「はいっ、あのお二人のやる気に漲った表情もすごかったですね……でも、よかったですっ。女将さんが言っていたようにあのままでは確実に宿をやめることになっていたでしょうから」
宿の変化にアタルは驚いていたが、キャロはその驚き以上に宿の経営が良い方向に向かっていることを喜んでいた。
「問題があるとすれば、急激に客が増えたことだな。今は客が増えたことに喜んでいるから、問題が表に出てきていない。これまでたまーに客が来る程度だったものが、これだけの客を満足させられるだけのサービスを続けられるとは思えない」
いつかあの夫婦のほうが参ってしまうのではないか? それをアタルは危惧していた。宿屋夫婦がいい人たちだからこそ、体調を崩す、ということになって欲しくないのだ。
「何か手伝えることがあるといいんですが……そうだ! 今度ギルドに行くのは三日後でしたよね?」
「あ、あぁ、その予定だが……まさか」
その問いに先を予想したアタルが彼女を見ると、キャロは笑顔で大きく頷く。
「はいっ、それまでお手伝いしようと思います!」
ぐっと拳を作って意気込んでいるキャロの決意は固いようなので、アタルはやれやれと首を横にふるものの自由にさせようと考えていた。
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