第百四十四話
アタルたちが街に戻ると、入り口にいる衛兵たちは目を見開いて驚いていた。
「やっぱり俺たちが無事に戻って来たのは驚くことみたいだな」
その様子を見たアタルが呟くと、馬車の中からそれを見たキャロが柔らかく微笑んで頷く。
これまで何人もの冒険者が依頼を受けて森に向かったが、そのほとんどが帰ってくることなく行方知れずとなっていた。戻って来た者もいるにはいたが、報告を終えると息絶えてしまっている。
しかし、アタルたちは馬車に乗って向かった時と同じ状態でゆっくりと街に戻ってきている。それだけでも十分に衛兵たちの驚きに値した。
「戻った、入場の手続きをしてくれるか?」
どこを見ても怪我一つ負っていない様子のアタルたちに衛兵は目を白黒させながらも入場の手続きをしていく。どうしてもまじまじと見てしまうのを我慢できない様子だった。
「あ、あの、どうやって……」
衛兵の一人がどうやって無事に戻ってこられたのかを質問しようとするが、うまく口が回らない。
「とりあえず、報告に行かせてくれ。依頼の報告はギルドに、だろ?」
「も、申し訳ありませんでした!」
アタルの言葉は最もであり、衛兵は自分の間違いに気づいて申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「いや、気にしなくていいさ。まあ、気持ちはわかるからな」
ひらりと手を振ったアタルは手続きを終えると、衛兵たちに会釈をして真っすぐギルドへと向かっていった。
馬車停めに馬を繋ぎ、バルキアスを見張りに残してアタルとキャロは冒険者ギルドの中へと入って行く。
すると、ギルド内が一気にざわついた。
「お、おい、お前たち無事だったのか!」
焦ったように急いで駆け寄ってきていち早く声をかけてきたのは、出発前にもアタルたちを気にかけていた冒険者の男だった。
「あぁ、あんたか。まあ、多少の怪我はしたが無事帰って来たよ」
ケロっとした様子のアタルの言葉を聞いた男は、落ち着きなくキョロキョロとアタルとキャロの周囲を見ていた。その様子はなにか足りないものを探しているように見える。
「どうした? あぁ、バルキアスなら馬車の見張りを頼んでるだけだ」
それを聞いた男はほっと胸を撫でおろす。
「なら、本当に全員無事なんだな。よかったよ、森の奥まではいかなかったんだな」
男の言葉にアタルとキャロは不思議そうに首を傾げる。
「えっと、どういうことなんでしょうか……?」
戸惑うキャロがそっとアタルに問いかけるが、アタルも良く分かっていないようで首を横に振る。そんな二人の様子を見た男もどういうことかと首を傾げる。
「いや、奥まで行かなかったから無事に帰ってこられたんだろ?」
どうやらアタルとキャロ、そしてバルキアスの三人が森から無事に帰って来たのは、魔物と戦わなかったためだと男は判断したようだった。
「いや、俺たちは森の奥まで行って来た……そのへんはギルドに報告するから、またあとでな」
アタルの言葉に男は口をポカンと開いたまま二人のことを見ている。すっかり固まってしまった男を置いて、報告を優先するアタルとキャロは軽く会釈をすると受付に向かった。
そこには依頼受諾の際と同様の受付職員、クライブが待っていた。
「お二人ともご無事なようで、なによりです。お帰りなさい」
アタルたちが近づくと普段の厳しい表情ではなく、少し柔和そうに見える表情でクライブは二人を迎える。それを見た職員たちが一気にざわめきそうになるが、先日の教育的指導が効いているのか黙々と自身の仕事をこなしていた。
バルキアスに関しての話は聞こえていたようで、クライブからの追及はなかった。
「あぁ、ただいま」
「ただいま戻りましたっ」
アタルとキャロも柔らかい表情で返事をする。
「それで、早速報告をしたいんだがいいか?」
アタルが尋ねると、クライブは少し思案する。
「そうですね……ここでは少し人目につきますので、移動しましょうか。こちらへどうぞ」
すっと立ち上がったクライブはカウンターの内側に入るよう促す。
「わかった」
アタルにとっても、そっちのほうが都合がいいため、反対することなくキャロと共にカウンターの中へと入って行く。
奥に進んで行くと、一つの部屋に案内された。
「どうぞおはいり下さい」
クライブが開けた部屋の扉にはギルドマスタールームと書かれていたため、アタルとキャロは一度顔を見合わせてから戸惑いつつ入って行く。中は応接室にありそうな簡素ながら質の良い物が並べられていた。
案内されるままソファに座ると、対面にクライブが腰かける。
「それでは、お話を聞かせて下さい」
「そ、その前にちょっといいか? あんた、ギルドマスターだったのか?」
クライブは一瞬驚いた表情になるが、すぐに元の無表情に戻すとすっと頷いた。眼鏡を押し上げるのも忘れない。
「その質問はこの部屋を使用したからですね。私はここのギルドマスターの弟なのです。今、ギルドマスターである兄は遠方に出ていまして、その間、この部屋を使う許可はもらっています」
ギルドマスターの弟が一般の職員と混ざってただの受付をしていることに二人は違和感を持つが、そういうものなのだろうと割り切ることにした。
「なるほどな。それじゃ、疑問が解消されたところで報告と行くか。結論から言うと、今回の依頼にあったキマイラのような魔物の討伐は完了だ」
アタルの言葉はクライブの予想どおりであったが、それでもギルド職員として確認する前に諸手をあげるわけにはいかない。
「その証拠となる物は何かありますでしょうか?」
クライブの質問は想定していたものであったため、アタルはマジックバックから一つアイテムを取り出す。それは玄武の核だった。
「こ、これは……こんな巨大な核を見るのは初めてです」
長年ギルドに勤めているクライブだったが、その経験の中でもこれほどの核を見たことはなかった。思わず感動に表情が緩む。
「あとは、これだな」
もう一つ取り出したのは、小さくカットした玄武の甲羅だった。
「これは?」
これまた見たこともない素材であるため、クライブは許可を取って手に取るとしげしげといろんな方向から眺め始める。
「それが今回討伐した魔物の外殻を覆っていたものだ。普通の攻撃を通すにはかなり難儀するものだったな」
アタルが提示した二つの素材は、何を倒した結果なのかはわからないが、クライブですら見たこともないような魔物を討伐した証となる。
「それで、どうなんだ?」
依頼がどうなるのか、それをアタルは質問する。
「そうですね、これだけの証拠があれば依頼達成……といきたいのですが、一応森の調査に人を出すことになります。依頼に関してはその後の判断となります。あなた方が倒したものの他にも何体もいました……では、さすがに困ってしまいますので」
それは他の依頼でも同じルールを適用しているため、クライブはどうしても曲げることはできなかった。アタルたちの言葉を信頼した上で、ギルド職員としての誠実な対応に二人は納得する。
「なるほどな……それじゃ、核は持っていく。甲羅は欠片だからあんたに預けておくよ。三日後にまたここに来るから、その時までには結果を決めておいてくれ。それじゃあな」
今の状況で話すことは何もないと判断したアタルはそれだけ言い残すと、キャロを伴って部屋を出て行く。
色々と質問したいことがあったクライブは二人を引き留めるべきかと考えたが、立場の定まらない内は話す気のない様子のアタルにひとまず引き下がることにした。
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