第百三十八話
アタルたちが馬車で森に向かうが、その道中で誰かとすれ違うことはなかった。
更に言えば、森に近づくにつれて魔物の姿すら見かけることがなくなっていく。安全な道中であることは喜ばしいことだったが、アタルの表情はすぐれない。
「……これはまずいかもな。森の周囲に魔物も動物も寄り付かなくなっているのかもしれない」
その安全な道はこれから待ち受けている危険度と反比例している。
そして森を視認できる距離になると、明確に他の生物の気配を感じなくなってきている。
「バル君」
キャロの呼びかけにバルキアスは首を横に振った。キャロとバルキアスの二人の気配察知にも引っかかるものはなく、アタルの言葉の正しさを証明していた。どうやらこの場に居るのはアタルたちのみのようだ。
「馬車は念のため少し手前に置いておこう」
森までまだ幾分か距離があったが、アタルは馬車を停めて降りていく。
「だいぶ離れた場所に置くんですね」
今までの依頼でも馬車を離れた場所に置くことはあった。しかし、今回はそれらと比較してもかなり距離をとっている。アタルの手によって馬は大人しく近くの木に繋がれた。
「何組もの冒険者が失敗しているってこと、それにこの森の周囲の気配の無さから考えてかなりの大物がいると考えられるからな。獅子にグリフォンに竜の頭とか言っていただろ? それだけ聞いてもかなりやばそうだ」
そんな魔物はアタル自身、地球のゲームや漫画でも見たことがなかった。それだけにイメージできない相手に対する警戒心は強かった。
「わかりましたっ。……それにしても、森からは動物や魔物はもちろん、その魔物の気配も感じられませんね」
悲しげな表情を浮かべたキャロは森に視線を向けて呟いた。
『でも、なんか嫌な感じがする……』
じっと森の奥を見ているバルキアスも気配は感じていなかったが、何やらそれとは別に感じるものがあるようだった。
「バルがそう言うなら、より慎重に行こう。いつでも戦いに入れるように戦闘態勢を崩さずに行くぞ」
察知能力の高いバルキアスを先頭にアタルは銃を、キャロは剣を手にして森の中へと進んで行く。
森の中に足を踏み入れると途端に空気が変わったことを感じる。痛いほどに張り詰めた空気がアタルたちに襲いかかる。
「これは、なんだ?」
訝しげな表情のアタルは形容しがたい何かをはっきりと感じた。
「こ、これは、恐らく例の魔物の気配だと思いますっ。ですが、これほどとは……」
先ほどまで全く感じなかった気配がこれほどまでに強く主張していることに、キャロも強い違和感を感じていた。
『ガルルルル、こいつ嫌だ!』
牙をむき出しにして唸るバルキアスは本能的にその気配の主が敵だと察知している。
一行が森の中に入ってから気配を感じた理由は一つ、その魔物が森の中に入って来た異物を敵として認識しているからだった。
「キャロ、バル、どうする? 今ならまだ引き返せるぞ」
アタルもこの気配の主の危険性を感じたため、二人に意見を聞く。仮にギルドからペナルティを受けることがあったとしても、命の危険を考えれば中止するというのも選択肢の一つだった。
「……危険だとは思いますが、それでも受けたからには達成したいです。それに、今は森の中にいるからいいですが、森から出て来た場合が怖いです。だから私はこのまま向かいたいと思っていますっ」
真剣な表情のキャロは魔物討伐に賛成だった。
『僕もキャロ様にさんせー! こいつはそのままにしちゃだめだよ!』
がうがうと吠えながらバルキアスも魔物討伐の強い意志を持っていた。
「なら決定だ。俺もこいつは倒さなければまずいと思う。ただ、二人が、いや俺も含めて三人が無事に帰ることが最低限守らなければならない条件だということは頭においてくれよ」
アタルも同意見だったが、二人が大きな怪我をすることは避けたいとも思っていた。
「わかりましたっ、アタル様も無茶はしないで下さいね!」
『がんばるぞおお!』
二人とも気合を入れなおすと、気配のもとへと視線を向ける。
そこからの三人は表情厳しく、一歩一歩踏みしめるように森の奥へと向かって行く。言葉を発しなくとも魔物が近づいていることをそれぞれが感じており、自然と武器を握りしめる手に力が入っていた。
「この先だな……あいつか」
やがて辿りついた森の最深部、そこは本来であれば木が生えていたであろうが、全てその魔物によって見るも無残になぎ倒されていた。
「っ! 直接見ると圧がすごいですね」
『ガルルル』
同じところを見つめる三人の目にはその魔物が映っていた。
「確かに話に聞いていたとおりだ……が」
目の前の魔物は聞いていた特徴通り、獅子の頭、グリフォンの頭、そして竜の頭を持っている。しかし、全ての頭が胴体から生えていた。
「これは……亀、か?」
甲羅を身に纏った身体、そこから三本の首が生えていた。この世界にくる以前に見た生物にどことなく似ているように見える。
「亀、ですか?」
聞きなれない名前を聞いたキャロが不思議そうな表情で首を傾げる。
この状況で魔物の特徴について言及するアタルもアタルだったが、それを聞き返すキャロも落ち着きがみられていた。
「まあ、俺の故郷ではあんな感じで甲羅……というか、固い殻を身に纏った生き物がいたんだよ。さすがにサイズはあそこまででかくないがな」
どう説明しようか迷いながらアタルもその質問に素直に答える。
『アタル様! キャロ様! あいつから目を離さないで!』
敵を目の前にのんびりと会話している二人にしびれを切らしたのか、普段最も落ち着きがないバルキアスに二人が注意されるという珍しい光景だ。
「といってもなあ……あれ、三つ首がある意味があるのか? なんか動きづらそうだし」
もちろん森の入り口から感じていた強い気配がなくなったわけではないのだが、正体を見たアタルから緊張感が消えかけていた。
「うーん、そうですねえ……なんだか鈍そうですっ」
予想していた姿と形が違うことにキャロもアタル同様に緊張感が消えてきていた。
『あんな見た目だけど……あいつ強いよ!』
だがバルキアスは敵から目を離すことなく、今にも飛びかからんと姿勢を低くとっている。
見た目は強そうではなかったが、多くの冒険者を倒してきた魔物……となれば弱いわけがなかった。
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