第百三十五話
食事を終えた一行は女将に一声かけてから宿を出て、散策に出かける。
念のため外から宿の外装を見てみたが、まだ構想段階らしく特に着手はしていなかった。
「さて、とりあえず冒険者ギルドに寄ってから買い物に行くか」
「はいっ」
何か面白い依頼がないか、もしくは何か情報が聞けないか。二人は冒険者ギルドへ向かうことを選択する。
ギルドは宿からさほど離れていない場所にあり、すぐにたどり着くことができた。
しかし、入った二人はギルドに入って驚くこととなる。
「これは……ギルドの職員が全員エルフなのは予想していたが、まさか冒険者もほとんどがエルフだとは」
アタルの言葉のとおり、ギルドのフロアにいる冒険者のほとんどがエルフだった。
「あんた、この国のギルドに来るのは初めてか?」
驚いて立ち止まっているアタルたちに話しかけて来たのは人族の冒険者だった。
「あぁ、昨日この国に来て、ギルドに来たのは今が初めてだ」
慣れた様子の人族の冒険者から話を聞きたかったアタルはその質問に正直に答えることにする。
「だったら、驚くのも無理はないな。ここのギルドは基本的にエルフを優遇しているんだ。具体的に言うと、エルフがいるパーティは報酬を全額もらえるが、いない場合は減額される。受けられる依頼もエルフがいるパーティはもちろんランク分けはされるものの全て受けられるが、いない場合は……」
「限定される?」
眉を寄せたアタルの言葉に、困ったような表情をみせつつ男は頷いた。
「だから、エルフがパーティにいない冒険者はこの国のギルドには寄り付かない。まあその分いるパーティはおいしい思いができるんだがな……っと次は俺のパーティの受付みたいだ。じゃあな!」
視線を周りに向けていた男はアタルたちに軽く手を振ったあと、急ぎ足で受付に移動していった。
「なるほどな、そいつは厳しいな……」
「どうします? 限定されてはあまりいい依頼がないのでは……」
男の話を聞いてキャロも消極的になっている。確かによく見てみれば人族だけのパーティは見当たらない。きっと先ほどの男が言っていたことは正しいようだ。
「まあ、どんな依頼があるか見てからでも遅くはないだろ。もしかしたら俺たちにおいしい依頼があるかもしれないぞ?」
アタルとキャロとバルキアス、この三人の戦力と同等のパーティはそうそう見つからず、自分たちならこなせる依頼があるかもしれない。前向きにアタルは考えていた。
「確かにそうですねっ。特にアタル様がいればどんな依頼でも大丈夫です!」
ぱっと明るい表情を取り戻したキャロは自分のことは棚にあげて頷くと、アタルと共に掲示板へと向かった。
そんな風にやり取りをするアタルたちはホールにいるエルフたちから奇異の目で見られていた。人族と獣人と狼の三人という組み合わせが原因と思われる。中にはエルフ至上主義の者もいるらしく、アタルたちを睨み付ける者までいた。
「さて、俺たちが受けられる依頼はっと……ここらへんはエルフだけか……」
「アタル様、こっちみたいですよっ」
依頼掲示板の前について一通り見ていた二人。キャロが指し示したのは左端に申し訳程度にある依頼書だった。
「ははっ、本当に少ないな。どれどれ、この二つは雑用系の依頼か。一番上にあるやつは……これは面白いかもな」
にやりと笑ったアタルの言う依頼書には魔物討伐の依頼が記されていた。
「これは、キマイラの討伐依頼ですかね? 報酬もかなり高いようですけど……」
なぜこんな依頼が、エルフ以外でも受けられる掲示板に貼ってあるのか。それをキャロは疑問に思っていた。
「おいおい、それを受けるつもりか? やめておけよ」
その声は先ほど受付に向かった人族の男だった。依頼の受諾が完了した彼らの出発は昼過ぎであるため、自由行動になったようで、親切心からかアタルたちに再び声をかけてきた。
「なんでだ? キマイラは確かに危険だが、別に俺たちが受けてもいい依頼なんだろ?」
アタルはなぜ止めるのかを疑問に思い、怪訝な表情で男に聞き返す。
「あぁ、そこに貼ってあるやつは種族に関係なく受けられる。それはそうなんだが、そんな報酬の高い依頼が貼ってあること自体がまずおかしいと思え。これは多くのパーティが依頼を受けて、ことごとく失敗したやつだ」
男は鋭い目つきで説明する。ここにきて間もない彼らが無謀なことをしているのなら止めなければといった様子だ。
「そうしたら、誰も依頼を受けなくなっちまったんだ。それで、他種族でも誰でもいいから討伐してくれるようそっちにも依頼を出したってことさ」
これだけ言えばもう受ける気はなくなるだろうと男は最後に肩を竦めた。
「なるほど……キャロ」
アタルがキャロに視線を送ると、思わず見惚れてしまうほどの笑顔を浮かべながら彼女は頷く。
「バル」
次にアタルがバルキアスの名前を呼ぶと、無言でバルキアスは頷いた。
「よし、それじゃ俺たちはこの依頼を受けることにしよう」
あっさり過ぎるほど即決したアタルに、あんぐりと口を開けて男は酷く驚いた。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待てよ! ……俺の言ったこと聞いていたのか? 何組ものパーティがその依頼を受けて失敗したんだぞ? 中には冒険者を引退したやつや、それこそ死んだやつだっているくらいだ」
そして、慌ててアタルたちを引き留めるように追加の説明をしていく。同じ種族だからこそむやみやたらに命を散らしてほしくない気持ちがあるのだろう。
「あぁ、色々と教えてくれてありがとうな。だが、この依頼をこのまま放置しておくわけにもいかないだろ。それに、これくらいの相手じゃないと面白みがないし、俺たちの強化につながらないからな」
ふっと微笑んだアタルは男に礼を言いながら、依頼の用紙を掲示板から剥がしていく。
「助言ありがとうございましたっ」
『ガウッ!』
キャロとバルキアスも男に礼を言って、アタルのあとに続く。その場に残された男は呆然と見送るしかできなかった。
「すまない、この依頼を受けたいんだが」
一番端の受付が空いていたため、アタルは依頼書をそこに持っていく。その受付にいたのは眼鏡をかけて鋭い目つきのエルフの受付の青年だった。神経質そうな性格が顔立ちに現れている。
「はぁ? この依頼を、あなたたちが?」
人族であるアタルが来たことに不快そうにしかめっ面をしながらどこか棘のある口調で彼はアタルに問いかける。
「あぁ、これは人族と獣人族でも受けられるんだろ? だったら、手続きを頼む」
アタルの目を見た彼はしばらく沈黙するが、ため息を一つつくとすぐに仕事の顔になる。
「わかりました。どうやら冗談ではないようですね、手続きをしましょう。カードをお出しください」
そのやりとりを見ていた他の職員たちは普段の彼を知っているだけに、目を見開いて驚いていた。
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