第百二十七話
アタルが放った弾丸はこれまでに一度も使ったことのない、初めての弾だった。
「ぐっ、こ、これは、なんだ……」
最初はなんでもなかったというのに、ラーギルは徐々に身体の力が抜けていくのを感じる。それを見たキャロたちはラーギルから距離を取ってアタルの邪魔にならないようにしていた。
「どうやら効いているみたいだな。それじゃ残りの弾も」
アタルの弾の効果に寄って動きが鈍くなってきたラーギルはアタルが放った弾丸を避けることができずに全てくらってしまうことになる。
「ぐぐっ、これは、立っていられ、ない……」
残っている力を振り絞って耐えていたラーギルはついに膝から崩れ落ちる。上手く動かせない身体にやきもきしているのが見ていて伝わってくる。
「やっとか、十発使ってもまだ動くことができるんだな」
「い、いったい、なにを……した?」
膝をつきながらもラーギルの意識はしっかりとしており、近づいて来たアタルに向かって疑問を投げかける。
「本来なら敵であるあんたに説明する義理はないんだが、何をされたかわからないまま倒れるのは気持ち悪いだろ。少しだけ話してやるよ」
淡々と話していくアタルのことをラーギルは歯を食いしばって睨んでいる。
「力があんまり入らないだろ? あんたは魔族だけあって魔力量がかなり高いみたいだ。さっきも魔力を解放してからは力も速度も段違いだった。だから、その魔力を吸収させてもらったんだ」
アタルが話しながら先ほど放った弾の一つを指で見せる。それはラーギルの持つ魔力を弾が吸収し、吸収しきれない分はそのまま外に流し出していた。
「そ、そんなことができるのか……くそっ、身体が、動かない」
話している最中もどんどん失われていく魔力を感じたラーギルは状況を把握し、こうなっては自分が抵抗できないことを理解する。
「さて、それじゃ色々話してもらおうか……」
アタルはそう言いながら抵抗できないラーギルをするすると縛り上げていく。その間にキャロたちは側にきていた。
ラーギルが抵抗できなくなったところで、アタルたちが彼を囲む形で尋問を始めていく。
「さて、一つ目の質問だ。あの谷にいた魔物は一体なんだ? あきらかにそこらへんにいる魔物とは違ったが」
アタルの問いかけにしばしの沈黙ののち、悔しそうに顔を歪めたラーギルが口を開く。
「……あれは俺が作った魔物だ。俺はこう見えて魔物の研究をしていて、あの魔物は研究の魔物だった。お前たちに捕まったみたいだがな」
吐き捨てるようにラーギルは質問に答えていくが、最後の言葉を言うとまだあきらめていないとアタルを睨む。
「なるほど、ということはあんたが全ての元凶ってことらしいな……それで、次の質問だが俺たちを冒険者くずれに襲わせたり、今こうやって襲って来たのはその魔物を捕らえられた恨みか?」
その視線を軽く受け流したアタルの次の質問に、ラーギルは首を傾げながら何を言っていると言わんばかりの表情になる。
「恨み? そんなことくらいで魔族が動くわけがないだろ? 俺がお前たちに襲いかかった理由は、お前たちが俺の魔物を捕獲するだけの実力を持っているからだ」
アタルはてっきり例の魔物の奪還、もしくは自分の研究の邪魔をしたアタルたちを殺すことが目的なのだと思っていた。だが目の前で縛られているラーギルからは全くその意図を感じない。
「考えてみれば、お前は最初手を抜いていたな……それに、さっきは俺が魔力を抜いたからあっさりと倒すことができたが、まだ強さを秘めているんだろ」
アタルの指摘にラーギルはほうっと感心したあと、にやりと笑った。
「なかなかわかっているようだな。まあ、こんな状態でそう言ったところでただの強がりになるだろうが……それで、お前が知りたいことはそれで終わりか?」
どうやらラーギルは頭の回るアタルのことを気にいった様子で、質問に答える気になっているようだった。
「なぜ俺たちが力を持っていると襲うという結論になるのかがわからん。そのへんを説明してくれ」
「はっはっ、そんなことか、そうかお前たちはそこをわかっていなかったんだな? お前たちより先に谷に行った冒険者が姿を消したと言っていたな。それは全て俺の仲間が連れ去った! お前たちも同じでそいつらと一緒に連れ去るはずだったんだよ!」
笑ったあとあっさりとネタ晴らしをしながら、急に口調の強くなったラーギルにアタルは眉をひそめた。なぜこんな態度をとるのかとキャロも疑問に思っている。
『アタル様! 何か来るよ!』
気配をいち早く感じ取ったのはバルキアスだった。
アタルたちが顔をあげて、バルキアスが見ている方向へ視線を向けると、ふわりと一陣の風が吹いたのを感じる。
だがその風は徐々に強くなり、巻き起こるその風を手で防ぎながらなんとか視線だけはそらさずにいた。視線の先には太陽の反射でうまく見えないものの、なにか鳥のようなものが見えた。
「くはははは! なんで俺がベラベラ説明したかわかっていなかったようだな。まあ、お前たちの頭がその程度で助かったと言っておこう!」
強風のなか現れた巨大な怪鳥、その背中に美しい妖艶な雰囲気を纏った女性と、いつの間にかラーギルも一緒に乗っていた。
「ラーギル様、お怪我はありませんか?」
「あぁ、いいタイミングだったぞ。ミーア」
話の雰囲気からどうやら彼女はラーギルの部下であるらしく、彼を助けるために来ていたようだ。淡々とした口調と冷たさを感じさせる顔立ちの女性はアタルたちを一切見ず、ラーギルの拘束を手を使わずにほどいた。ラーギルは嬉しそうに女性へ笑いかけている。
「そいつがいるから俺たちに喋ったのか……だが、空中に逃げたところで俺の射程からは逃れられないぞ?」
顔をしかめながらアタルは銃を構えようとするが、ミーアと呼ばれた女性がゆるりと右手をあげると、再び強烈なまでの風が吹き荒れ、銃を構えることができなくなる。
「くっ! あの化け物鳥の仕業か!」
ラーギルたちから目を離さないとアタルは再び風を手で遮る動作をとる。その隣ではキャロもバルキアスもイフリアも風に押されて身動きがとれていないようだ。
「アタルと言ったな、今回は見逃してやろう!! 次に会った時は本気で戦ってやる。それまで、お前たちが生きていればだがな! あっはっは!」
吹きすさぶ強風のなか、ラーギルの楽しそうなその声は遠くに聞こえた。先ほどミーアが手をあげた時、風を巻き起こしたと同時に怪鳥は飛び去っていったのだ。近づいてくる時もアタルに気付かせないほどの速度であったが、飛び去る速度もまた同様だった。
「あれは追えないな……。魔族って勝手に個人行動のイメージを持っていたけど、仲間と行動するんだな」
ようやく風が収まったのを感じながら乱れた髪を撫でつけ、アタルは部下を伴っていたラーギルを見てそんなことを思った。
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