第百二十六話
「なんの目的だって? 決まっているだろ、お前たちが俺の邪魔をしたからだ! 俺が調査用に置いた魔物を持っていきやがって!」
あの魔物をあの場所に設置した犯人はラーギルだったようだ。彼は苛立ちを隠そうともせずに声を荒げる。
「あぁ、それでか。あんなものを置かれてちゃ困るんだよ。なんの調査かは知らないが、あんな魔物を放置しておけるわけがないだろ。それに、思ったより強くなかったからな」
鼻で笑いながらアタルはあえてラーギルを挑発するためにそう言った。
「くはははは! そう強がるなよ、あの魔物を捕まえたとはいえ苦戦したんだろ? 強かっただろ?」
ラーギルは自分が用意した魔物に余程自信があるらしく、嘘つけというように笑っていた。
「正直なところ最初は驚いたが、正体というか仕組みがわかればどうということはなかった」
アタルは肩をすくめながらなんてことないことだったと話す。
「ぐむむ……それだけ言うならお前たちの力見せてもらうぞ!」
「はぁ、まだ色々聞きたかったんだがな……」
まだなんのためにやったのか詳しく聞いていない、他の冒険者がどうなったのかも聞いていない。と考えたアタルだったが、ラーギルが戦闘態勢に入ったため、一旦質問することを諦める。魔族と戦うのは初めてだったため、そこらへんにいる魔物と戦う時と同じようにはいかないだろうと判断したからだ。
「ウラアアアアアア!」
力を込めるように声を上げたラーギルはどこからか黒い剣を二本取り出して手に持っていた。
まず迎え撃つのはキャロ。ラーギルの攻撃は強力なものだったが、これまでの戦いでキャロも成長しており同等の力で防ぐ。
「なかなか強いですね。でも、私だって!」
拮抗してかち合う中、キャロは剣に魔力を込めていき、そのままラーギルを弾き飛ばした。手にした剣はギガイアより譲り受けた剣であり、彼女の魔力との融和は抜群でキャロにとって出会うべくして出会ったといえる剣だった。
「く、くそっ! なんなんだお前は!」
競り合いに負けたラーギルはアタルが一人強いだけで、残りのキャロとバルキアスとイフリアはおまけだと思っていた。ここまでほとんど口を開かなかったことから三人を下に見ていた。
「私は、一介の冒険者ですっ!」
長いウサギの耳をもち、愛らしい少女といった見た目のキャロは一人の戦士としての顔つきで宣言する。他の冒険者と比べて圧倒的な力を持っているキャロに対してラーギルは焦りをみせていた。
「この、俺が、負けてなるものか!」
すっかり彼女たちを舐めていたため力を抑えていたラーギルだったが、女獣人ごときに負けるわけにはいかないとラーギルは魔力を解放する。すると、それに合わせて頭に生えている角の大きさがめきめきと成長していく。
「喰らえええええええ!」
再度振りかぶったラーギルの攻撃は先ほどよりも重く、鋭く、今度はキャロが押し込まれていく。
「ぐうううう、つ、強いですっ……」
なんとか踏ん張っているものの耐えきれなくなりそうになるキャロだったが、助け船がくる。
『キャロ様!』
それはバルキアスだった。バルキアスはキャロのピンチを感じ取って、全力で駆けつけその勢いのまま横からラーギルに突進していた。
「ぐおおおお! な、なんっ!?」
完全に吹き飛ばされはしなかったが、不意打ちを喰らったラーギルは体勢を崩し、キャロはピンチを脱することになる。
「あ、ありがとうバル君!」
『それよりあいつ結構強いよ!』
魔物と比べたらラーギルの方が強い。当たり前のことだったが、魔力を解放してからのラーギルは放つ圧力が最初とはけた違いだった。バルキアスは唸りながら歯をむき出しにし、ラーギルに飛びかかる瞬間を待つように身構える。
「イフリア、どう見る?」
『魔族というだけあってかなりの強さだ。我が見た限りでも中位魔族くらいには相当するであろうな』
魔族は戦闘に特化した種族であり、低位の魔族であってもBランク冒険者が何人もいないと厳しい程度の能力は持っている。
「中位となるとかなり強いな……そんな実力者がなんだってこんなところにいるんだ?」
魔族は自国から出てくることは少なく、中位以上魔族ともなれば見かけただけで災害に出会ったくらいの扱いをされている。この世界の常識に疎いアタルでもさすがにそれはおかしいと思えた。
『わからんが、研究用と言っていたところを見ると、あやつは研究者……それも魔物の研究をしているのかもしれん』
前回の魔物はキャロもイフリアも見たことのないものであり、研究という言葉からラーギルが生み出した魔物である可能性が高かった。
「なるほど、そのテストのためにあの魔物をおいていったということか。それを倒すだけならまだしも、捕獲してしまった俺たちが目障りであり、できるならばあの魔物の回収もしたいってところか」
「きゃああっ!」
後方でアタルとイフリアがラーギルの目的について話をしていると、キャロがアタルたちの傍まで吹き飛ばされて来た。
「キャロ! 大丈夫か?」
砂煙にうずくまるキャロにアタルは慌てて駆け寄る。
「は、はいっ、大丈夫です! 少し吹き飛ばされただけなので、直撃は受けていませんっ」
少し土などで汚れてはいるものの、ぱっと見でもキャロに目立った傷はなかった。
バルキアスが一対一で戦いを維持するのは難しいため、アタルの指示を待たずにサイズを大きくしたイフリアが戦いに加わっていた。
「次から次にうっとおしい!」
ラーギルはキャロを離脱させたと思った矢先にイフリアが戦闘に参加したことに苛立っていた。
「キャロ、まだ戦えるな? 俺たちもいくぞ」
「はいっ!」
キャロはアタルの指示を受けてぱっと表情を明るくするとすぐさま立ち上がり、ラーギルに向かって行く。
「お前はもういなくなれよ! くっそ!!」
「それは申し訳ありませんができませんっ!」
キャロが戻って来たことでどんどん自分の行動が制限されているように感じられ、ラーギルの苛立ちは募っていく。
アタルはというと、とりあえずの戦いを三人に任せて気配を消していく。
しばらくの間、アタルは息をひそめて戦いを見守る。ラーギルの意識から完全にアタルが消えるまで……。
「…………いまだ」
誰にも聞こえないほどの小さい声でつぶやくと愛銃を構えたアタルは弾丸を放つ。その弾丸はキャロたちの攻撃が止んだ一瞬を狙ったもので、一直線にラーギルへと向かって行き、その左胸に着弾する。
「なにっ!?」
だがそれは多少の衝撃を与えるだけで、大きなダメージにはなっていない。
「あいつか……おい! こそこそ遠くから何をやっていやがる! お前の攻撃なんぞきかねーぞ!」
実際にラーギルはダメージを負っておらず、ただ弾が当たったという感触がある程度だった。それでも自分の身に何かが当たるのは不愉快らしく、キャロたちの攻撃をかわしながらアタルに対して叫ぶ。
「その弾の効果はすぐわかるさ」
ふっと笑ったアタルの呟きが開始の合図だった。
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