第百二十二話
いま、アタルとキャロはギルドマスタールームにいる。目の前ではソファに腰かけたブレンダがアタルから渡されたギガイアからの手紙を手にしていた。
「これがギガイアからの手紙ですか……確かに彼が使う紋章で封がされていますね」
蝋でされた封はギガイアの家紋だった。それを確認したブレンダはペーパーナイフを使って封を開けている。
「あぁ、これで俺たちの依頼は完了だろ? ……まあ、そもそもの依頼は封印球をギガイアのもとに届けることだったがな」
不満げなアタルの言葉に一切反応していないブレンダに目を向けると、彼女は手紙の内容を確認するのに夢中になっている。
「あの、すいません。来て頂いたのに放置になってしまって……」
申し訳なさそうに二人の前にお茶を持ってきたミランがブレンダに代わって謝罪をしてきた。
「それは構わないんだが……俺たち、もう行ってもいいか?」
話を聞かないなら、早くこの部屋から出たいというのがアタルの本音だった。
「いや、その、申し訳ないんですが、手紙を読み終わるまで待っていただけると……」
心苦しいという表情でミランは言う。母が原因であるのはわかっていたが、それでも話を聞いてあげて欲しいという思いからだった。
アタルは仕方ないなといった様子でソファに腰かけ直すと、ミランの持ってきたお茶を飲んで待つことにした。
それからブレンダは数回手紙を読み返しており、意識をアタルたちに向けるのは数十分の時を要した。
「ふぅ……さすがギガイアですね。なかなか興味深い考察でした……あぁっ! す、すいません。つい夢中になってしまいまして、あの、依頼は完了だと彼の手紙にも書いてありますので。ご苦労様でした」
ようやく自分の落ち度に気付いたブレンダは慌てて謝罪した。
「いや、そこまで恐縮しなくてもいいさ。あんたの依頼もギガイアの依頼も両方ともこなせたから、これで俺たちはお役御免だな」
飲み終えたお茶をテーブルに置き直すと、用は済んだとアタルとキャロは立ち上がる。
「あ、ありがとうございました!」
焦ったようにミランも立ち上がって二人に頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございました」
ブレンダも続いて立ち上がると、感謝の気持ちを込めて礼を言った。
背を向けたままアタルは手をあげ、キャロは振り向いてぺこりと頭を下げてから部屋を出て行った。その後ろをイフリアを背に乗せたバルキアスがついて行く。
「もう……お母さんが手紙に集中しちゃうからこっちはドキドキもんだったよ」
「ご、ごめんなさい。ギガイアからの手紙に色々書いてあったから、ついついそっちが気になっちゃって」
ため息交じりのミランが呆れたようにブレンダの方を振り向くと、ブレンダは申し訳なさそうに肩を落としている。
ミランがギルドマスターを継ぐことが決まってから二人はギクシャクした関係だったが、アタルたちのことを話すにつれて打ち解けたようだった。ようやく母娘としての仲を取り戻した二人の間に穏やかな空気が流れていた。
「あれなら大丈夫そうだな……それと、俺の予想は外れたようだ」
「ふふっ、私は大丈夫だって思ってましたよ!」
アタルはブレンダが犯人だと思っていたが、先ほどの彼女を見る限りそれはないだろうと判断できた。アタルの隣で柔らかく微笑むキャロは最初からブレンダではない誰かが犯人だと思っていたため、どこか誇らしげだ。
『我にも悪意は感じられなかった。恐らくあの者に裏はないであろう』
『そうだねえ、あのおばさん嫌な感じしなかったよっ』
バルキアスとイフリアの二人にまで言われてはアタルも降参するしかなく、軽く両手をあげていた。
「はいはい、俺に見る目がなかったよ。……そろそろ一番下だ」
一行は階段を降りきって、一階のギルドホールへと出た。周囲には伝わらないものだったが、アタルたちは気を張り巡らせている。
アタルは視線を大きく動かさないようにして、視線や気配を探った。
「いない……みたいだな」
自然な動きでアタルはカウンターの内側にいる職員に軽く頭を下げながらカウンターから出て行く。
「そうみたいですね」
キャロも笑顔で会釈をしながらカウンターから出て、バルキアスたちが無事に通れるのを見守ったのち、アタルのあとについて行く。
街に戻ってから感じていた視線は冒険者ギルド内では感じることはなかった。
しかし、それとは別の者たちがアタルたちにコンタクトをとってきた。
「おう、お前たちが谷の調査依頼をこなしたっていう冒険者だな?」
話しかけてきた男は髭面で頭髪には毛がなく、アタルよりも頭一つ半ほど大きいがっしりとした筋肉質な男だった。やや粗野な印象を受けるが、それよりも歴戦の勇士という雰囲気を持っている。
「あぁ、そうだ。そういうあんたは何者だ?」
「俺はAランク冒険者のガンダルという。少しお前たちに話を聞きたくて声をかけたんだ。口が悪いのは生まれつきでな、許してくれ」
ぼりぼりと髪のない頭を掻いているガンダルは口調のことなどを注意されたことがあるため、事前に謝罪をしておく。
「構わないが……ここでか?」
ギルド内には職員や他の冒険者もおり、話題の冒険者であるアタルたちとAランクのガンダルがぶつかりあうのではないかと注目の的になっていた。
「あぁ、いや、ここは人目が多すぎるようだな。俺の行きつけの店なら静かだからそこに行こう。もちろん俺のおごりだ」
その視線に気づいたガンダルの提案にアタルは頷く。キャロたちはアタルの意見に従うつもりであり、特に意見を挟むことはなかった。
アタルたちとガンダルがここで戦闘になるのではないかとハラハラしていた職員からすれば、穏便に終わったことは喜ぶべきことであった。しかし、興味本位で見ていた冒険者たちからすれば何も起きなかったことにがっかりしただったようだ。
「急に話しかけて悪かったな。少し気になることがあったもんでな……こっちだ」
ギルドを出たガンダルが道を案内していくが、アタルたちは周囲の気配に気を配っていた。
「……どうした? 何かあるのか?」
アタルたちが周りを気にしていることに気付いたガンダルが訝しげな表情で声をかけてきた。
「……わかるのか? 俺はあんまり視線を動かしていないと思うが」
「うーん、なんていえばいいのやら……普通じゃない。何をしているのかはわからなかったが、何か普通の状態じゃないのは感じていた。だから聞いてみたんだ」
その表現が最も適格だと思ったガンダルが口にする。Aランクと言うだけあって、そういうたぐいの勘が働いたのかもしれない。
「あんた、本当にAランクか? 本当はSランクとかいうんじゃないだろうな?」
「ガッハッハ! 俺がSランクなわけがないだろ、あれはある種の化け物だけがなれるもんだ。お前なんか有望かもな」
一瞬キョトンとしたのち、ガンダルはアタルの言葉を笑い飛ばした。急に大きな声で笑いだしたことで周囲の建物の屋根に止まっていた鳥たちが慌てたように飛び立っていく。うるさいと顔をしかめるアタルの隣にいたキャロは、アタルが褒められたことで嬉しそうにしていた。
そんなやりとりをしていると、ガンダルがふと足を止めた。
「ここだ」
たどり着いたのは、普通の食堂だった。
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