第百十話
「さて、それで報酬は貰えるのか?」
アタルは封印球にすっかりくぎ付けのブレンダとミランに質問する。
「……はっ! そ、そうでしたね。ミラン、下で報酬の支払いをお願いします」
ミランも未だ封印球に興味津々の様子だったが、ブレンダにそう言われると本来の仕事を果たさなければと指示のとおりに扉へと向かう。
「みなさん、報酬の支払いを行いますので受付に行きましょう」
「報告ご苦労様でした。また何かあればよろしくお願いします」
アタルがそれを聞いて立ち上がり、キャロたちもそれに続く。彼らを見送りながらふわりと笑みを浮かべているブレンダはアタルたちに対しての評価が変わっており、今では頼れる冒険者にまで格上げされていた。
「機会があればな」
だがアタルは乗り気ではないようで、気のない返事を返して部屋を出て行った。
「これはすごいわ。こんなすごいものを持って帰れるなんて……あの冒険者たち結構使えるかもしれないわね」
新しく強力な手下を手に入れた気分になっているブレンダは悪い笑顔を浮かべていた。
「あ、その封印球だけど簡単には解けないし、解けたら中の魔物が瘴気を吐き出すから気を付けてくれ」
思い出したように戻って来たアタルはそれだけ告げると再び下に向かっていった。
部屋から何か声が聞こえてきたが、その時にはアタルは一階にいた。
「アタルさん、忘れ物はありましたか?」
「ん? あぁ、大丈夫だ。ちゃんと置いて来た」
言葉の置き土産、そういう意味でアタルは言ったが、忘れ物を取りに行くと聞いていたミランは首を傾げ、頭には疑問符が浮かんでいた。
「まあ、気にしないでくれ。それよりも報酬をもらえるんだろ?」
「そうですっ! 戻って来たのは私たちだけですからね!」
アタルが話を煙に巻こうとしているのを察したキャロもその手助けをする。ミランは受付に来ており、アタルたちは対面する位置にいた。
「あっ! そうでしたね、それではカードの更新をしますので、お出し頂けますか?」
ミランに言われてアタルとキャロは冒険者カードを取り出した。
「…………はい、依頼完了ですね。報酬もみなさんが出発したあとに用意しておきましたので、こちらをどうぞ。よ、よいしょ、あれ? んー! よいしょ!」
手際よく作業を済ませたミランは報酬の入った袋を気合をいれて机の上に持ち上げようとするが、なかなか持ち上がらない。彼女の様子に見かねた他の職員が手伝うことでやっとカウンターに乗せることができた。袋からは金属のこすれあう音がかすかに聞こえてくる。
「ふぅ、ありがとうございました。それではこちらが報酬になります、お受け取り下さい」
「これでしばらくは金に困らないな」
ミランたちがやっとの思いで持ち上げた袋をアタルはひょいと片手で持ち上げて、バッグに入れていく。さすがに一人で持つには多い金額のため、キャロと分担していた。
「あ、あのアタルさん、キャロさん。みなさんはこれからどうなさるんですか?」
今後の一行の予定を聞いておきたいとそれとなくといった様子で問いかけるミランだったが、その表情はかなり真剣だった。多くの冒険者が失踪してしまった今はアタルたちが最大戦力であるため、すぐいなくなっては困ると思っていたからだ。
「……どうしたものか」
ミランの考えはアタルにも想像のつくもので、依頼を受ける前はこの状況を想定しておらず、もう少し自由に動けるものだと彼は考えていた。
「どうしましょう……」
お金をしまい終えたキャロも同様であり、腕を組んで悩んでいる。
「あ、あの、よろしければしばらくの間でいいので街に滞在して頂けたら非常に助かるのですが……」
ミランが懇願するような表情でおずおずとそう口にすると、他の職員たちも状況がわかってきたらしく、頭を下げていた。
「はぁ……まあいいけどな。ただ、俺たちは自分たちの都合と考えで依頼を受ける。通常依頼をこなすことは期待しないでくれ」
ため息交じりのアタルの言葉を聞いたミランは顔をあげると嬉しさをいっぱいにぱあっと明るい表情になっていた。
「もちろんです! 助かります!」
依頼を受けないのでは意味がないと思っている職員が多い中、ミランだけは手放しで喜んでいた。
「ったく、ミランには敵わないな。俺たちは適当に宿に泊まることにする、あとはぶらぶら街中を見て回って買い物するくらいか」
なんの変哲もない今後の予定をアタルはミランに告げる。
「ありがとうございます!」
それだけであったのにも関わらず、身体を九十度まで曲げて頭を下げて礼を言うミラン。
そんな二人のやりとりを微笑ましい笑顔で見ているキャロだったが、他の職員たちは更に首を傾げている様子だった。キャロの足元ではバルキアスはのんびりとあくびをし、イフリアはその背中に乗ってなりゆきを見守っている。
「さて、それじゃ俺たちはそろそろ行く。街の中にいるからそれだけは安心してくれていい。一番いい宿に泊まるのもいいかもしれないな」
そう言い残し、アタルはキャロたちと共に冒険者ギルドをあとにした。
一行が出て行ったあとのギルド内は大騒ぎだった。ミランを取り囲んで職員たちが問い詰めていたからだった。
「ね、ねえねえ! なんであんなので了承しちゃったのよ! あの人たちに依頼受けてもらわないと困るじゃない! あの依頼に行った他の冒険者の人たち、帰ってこないんでしょ!?」
一連のやりとりを見て、他の冒険者に何かあったことは職員たちも理解していた。一番最後に出て行ったはずのアタルたちの先にも後にも誰も帰ってこなかったからだ。
「はい、そうですね。ですが、アタルさんたちはお金に困っていません。今回の報酬がなかったとしても、十分な蓄えがあるようでした。……なら、お金以外に何かあの方たちが興味を示すような報酬が我々に出せますか?」
いつもの自信のない下っ端の新人職員風ではなく、堂々としたミランの言葉に、詰問した職員は言葉に詰まる。
「で、でもさ、それじゃ依頼は溜まっていく一方になるじゃないか!」
どもりながらも今度は別の男性職員が食い下がった。
「それはこちらの都合です。アタルさんたちにそれを背負わせる理由にはなりませんよ。それに、彼らは都合と考え次第で依頼を受けると言って下さいましたから」
アタルたちは興味を引く条件を提示すれば、それにのってくれる。そうミランはちゃんと言質をとっていたが、職員たちはそれがわからないらしく、その後もしばらくミランへの追及は続いていた。
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