第十一話
「キャロ、俺のこのライフルのことは他のやつには話すなよ?」
アタルが少し声のトーンを押さえて話したため、キャロは神妙な顔で頷いていた。真剣な眼差しをしている彼の表情が自分を治療してくれたあの時の顔と重なって見える。そんな彼が言うのだから自分はどんなことがあろうとこのことを話さないとキャロは胸に誓った。
「それと、今キャロが片手剣を使えるというのがわかったのは俺の別の能力に関係する。それは、まあおいおい話していくとしてだ……キャロはどんな武器を使っていきたい?」
先程より表情をやわらげたアタルの質問に一瞬キョトンとしたのちキャロはしばし考えこむ。
「……片手剣はまだ両手があった頃に使ったことがあるんですが、あまりしっくりきませんでした。見てのとおり私はそんなに大きくないので、片手剣でも少し大きいんです」
キャロは以前使った時のことを思い出しながら話していく。ぱっと伸ばされた腕は確かに身長のとおり短く、市販されている片手剣は成人男性に合わせたものが多いため、身体にあわなかったという話は頷ける。
「だったら、短剣二本か、使うとしてもショートソードがいいだろうな」
彼女の体型を考えると、短いリーチの武器で手数を増やしたほうがいいと考えていた。冒険者として自分の相方をやっていく以上、最低限身を守るすべは身に着けさせるべきだろう。
「はい、そのほうがいいと思います。ただ、どちらもあまり使ったことがないので、アタル様にご迷惑をかけるかもしれませんが……」
そのことはキャロ自身もわかっているのだが、使ったことのない武器を想像して自信がなさそうな顔でキャロはうつむく。ここまで自分が役に立つよりも迷惑をかけている場面が多い気がして、それがより彼女の表情を暗くしていた。
「キャロ、気にしなくていいんだ。失敗してもいい、そこから何かを学んで少しでも次につなげればいいのさ」
優しく言い聞かせるようにアタルはキャロの頭を撫でた。彼女が頭を撫でるとほっとしたように表情を明るくするのはここまでの経験上分かっていたからだ。
「ア、アタル様」
彼の大きな手に撫でられてキャロはされるがままにいるが、その顔からは先ほどの暗さは消えていた。
「まあ、その線で武器を探しに行ってみよう……その前にこの金をなんとかしないとだな」
キャロが落ち着いたと見たアタルは頭から手を離して、バッグの中の金の大半を適当に亜空間に格納する。ジャラジャラと金属が擦れる音と共に突如現れた空間にどんどん金貨が吸い込まれていく。
「わ、わわわ、ど、どうなっているんですか?」
それはまるで魔法のようで、初めて見たキャロは驚いていた。
「あー、まあこういうことができるんだよ。これも他のやつには話すなよ?」
キャロは目を丸くしたまま何度もこくこくと頷いていた。自分の主人となったこの人にはどれだけの秘密があるのだろうか、と尊敬の念を込めた目でじっと見ていた。他の人には話さないことも自分にだけ話してくれることで、キャロは自分が奴隷としてではなく、相方として扱われているのをより実感した。
「多少の金をバッグにいれておいて、これなら軽くていいな」
アタルは軽くなったバッグを背負うとおもむろにベッドから立ち上がった。
「じゃあ、キャロ行こうか。ある程度自分で身を守れるようになったら、キャロにもお小遣いを渡すからな」
「!?」
お小遣いという言葉にキャロは目を丸くして、耳をピンとたてて驚いていた。まさか自分が自由に使えるお金をもらえるとは思っていなかった様子だ。
「今は一緒にいるから支払いは俺がすればいいが、それだと自分の好きなものを買いづらいだろ? だから、お小遣い……いや、冒険者登録したら自分の稼ぎは好きに使えるようにすればいいかもな」
「あ、あの、奴隷は冒険者登録できないので、稼ぎは全てアタル様のものになりますよ……??」
アタルには知らないことが色々ある。それを聞いていたキャロは慌てたようにそれを指摘した。
「あー、そうなのか。じゃあ、俺が依頼を受けて一緒にこなして、稼ぎは山分けだな」
「あっ、いえ、でも、その……私は、奴隷なので」
奴隷がお金をもらうという発想自体この世界の住人はあまり考えつかないものらしく、キャロもどうしたものかと困っている。この人は本当にこの世界の住人とは考えが全く違うのだなと思い知らされる。
「あー、なるほど。これはおかしいのか……まあ気にするな。これに関しては俺がいいって言ってるんだから大丈夫だ。でも、そうやって教えてもらえるのは助かる。他にも気になることがあったら遠慮なく言ってくれ」
ちょっと困った様子で苦笑交じりにアタルはキャロの頭を撫でながら言った。
「は、はい! お任せ下さい!」
自分が必要とされているということにキャロは妙な責任感を持っているようで、手と耳をピンと伸ばして深く頷いた。
「あー、そうだ。念のため確認なんだが、さっき俺がやったみたいに武器をどこかから取り出したりするのはありえないことなのか?」
確認するようなアタルの質問にキャロはしばし考え込む。
「……私が見たことがないだけであるのかもしれませんが、私の記憶にはないです。お店にいた時に他の奴隷の方の武器などを見たこともありますが、アタル様と同じように何もない場所から取り出すというのは」
そこまで言ってキャロはあり得ないことだろうと判断して首を横に振る。
「なるほどな、じゃあ一応外では出しておくようにするか。外見よりもたくさん物が入るバッグとかはあるのか?」
魔法がある世界であるため、そのようなマジックアイテムがあるのかを確認する。
「あっ、それならあるみたいです。実物は見たことありませんが、話には聞いたことがあります。確か、拡張の魔法や空間魔法がかけられているとかで、かなり高額との話です」
「ふーん、だったらそれを持ってるっていうのも目を点けられやすくなるか。難しいもんだ、とりあえずそれを実際に買えるくらい稼がないとだな」
領主からもらった報酬はかなりの額であり、魔法バッグを買うことも可能だった。だが冒険者として登録して間もない人物がそういうものを持っているとなると、金を持っていると見せびらかしているのと同じだろうと考えた。そうなれば変な輩に絡まれる可能性が出る。たとえ自分は良くてもキャロが危ない目にあうのは避けたい。
「一生懸命、がんばります!」
ふんと可愛らしく息巻いたキャロも拳を握って、気合を入れていた。
「あぁ、最初のうちは俺がフォローを入れながら戦えばいいさ。徐々に強くなってくことを期待してるぞ」
「はい!」
期待しているという言葉に目を輝かせて、力強い返事をキャロは返した。
「それじゃ、そろそろ装備を買いにでかけるか。さすがに二人そろって軽装のまま冒険者登録したら舐められそうだからな」
ちらりとアタルは自分の服装を確認するが、普通の日常的な服を着ているだけでこれから魔物と戦うという風には見えなかった。
「そう、ですね」
下に視線を落としたキャロも奴隷商が用意してくれたワンピースのような服を着ているだけで、これも戦い向きではなかった。
「店の場所知らないんだよなあ」
困った風を装ってアタルはそう呟くと、チラッとキャロに視線を送る。すると彼女はその視線に気づいたものの、力なく首を横に振る。
「すいません、ずっとお店にいたので街の地理には詳しくなくて……」
力になれなくて申し訳なさそうな表情になるが、今度はアタルが気にするなと首を横に振る番だった。
「いいんだよ。それくらいで肩を落とさなくていい。知っていると嘘をつくよりも知らないことは知らないと素直に言ってくれた方が助かる。それにわからなければ、他に知ってる人に聞けばいいんだからな」
アタルは笑顔でそう返事をすると、キャロを伴い、宿の受付で武器屋、防具屋の場所を女将に確認して店へと向かった。
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字等の報告頂ける場合は、活動報告にお願いします。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。




