第百話
ギルドマスターミランの家
「……すいません、最初から、ゆっくりと説明してもらえますか?」
ぴくぴくと頬を痙攣させたミランが戻ってきたアタルたちに再度の説明を求める。アタルたちはふもとから真っすぐミランの家にやってきていた。
「わかった……まず俺たちは山へと向かった、道中で大量の魔物が襲って来た。魔物が集まって来ているというのは本当の話のようだ」
アタルは山に辿りついてから頂上に到達するまでの流れから話を始める。
「だが、まあ俺たちなら苦戦するほどのこともなかったから、バルの練習をかねて順調に進んで行った。おかげさまで俺たちの連携はずいぶん上達したよ」
アタルの言葉にバルキアスは嬉しそうに尻尾を振っており、キャロも笑顔になっていた。
「そして、頂上についた時にこいつに会ったんだ」
『うむ、我のことだな』
つられるようにイフリアも上機嫌でアタルの肩に降り立った。威厳たっぷりにしているのだろうが、ミニサイズであるがゆえにかわいらしさが勝っている。
「そ、その方がフレイムドレイクだと、大精霊だとおっしゃるんですか?」
アタルの肩にいるソレは、ミランには小さな竜のように見えた。子竜というのも珍しい存在ではあったが、それ以上の、大精霊とも呼べる存在であるようには見えなかったのだ。
「その通りだ。さすがにここで元のサイズに戻るわけにもいかないが……イフリア、少しサイズを大きくすることはできるか? バルと同じくらいのサイズにだ」
『承知した』
ひとつ頷くとイフリアの身体は光を放ち、そのサイズをバルキアスと同じ程度のものへと変化していく。まるで早送りをするかのように大きくなったその姿はミランの記憶にあるフレイムドレイクの見た目そのものだった。
「す、すごい! ほ、本当にフレイムドレイクなのですね!」
初めて見るその光景にミランは驚き、感動交じりで喜んでいた。
『うむ、そう言っているであろう。我はフレイムドレイク、名をイフリアという』
その自己紹介を受けて慌てたミランも立ち上がって自己紹介を返す。
「わ、私の名前はミランです。この街のギルドマスターに任じられたものです。まだ後ろに仮が付きますが……よろしくお願いします!」
緊張気味の挨拶が終わったところで、ミランは椅子に深く腰掛け直した。
「とまあ、そういうわけなんだけど……上に報告するか?」
アタルは意地の悪い笑顔でミランに尋ねる。
「はぁ……わかってますよね? そんなこと報告できませんよ。まず、一つ目に信じてもらえません。アタルさんがSランク冒険者で、しかも母のもとに名乗り出てくれるのなら信じてもらえると思いますが……ランクはBですし、嫌ですよね」
じとっとした目つきのミランの問いを受けて、アタルは深く頷いた。
「もちろんだ。ミランの言うとおり、それを納得させるにはランクが低いし、それにそんなことをしたらわざわざミランの家に報告に来ている意味がないだろ?」
今度はミランが頷く番だった。眼鏡を押し上げながら姿勢を正す。
「なら、二件の目撃報告はこのまま放置しておくことにします。どちらも原因はお二人の仲間になったわけですからね。これ以降は目撃情報も出てこないでしょう」
森はフェンリルが、山はフレイムドレイクが目撃された魔物であるため、これで問題は解決だった。
「それじゃ、俺たちはこれで失礼させてもらってもいいか? 情報提供してくれたことの見返りとして、今回の事の顛末は包み隠さず伝えたつもりだ」
帰ろうとするアタルの言葉にミランは少し考えこむ。
「今回の件に関しては大丈夫です。むしろ依頼解決に対して報酬をよこせといわれなくてよかったとほっとしているところですからね。見てのとおり私の収入は低いので」
肩を竦めつつ、ミランは苦笑する。
「それよりも、今回の依頼を終えてお二人の実力を見込んでなのですが、別の依頼を受けて欲しいのです。こちらはミラン個人としてではなく、冒険者ギルドのマスターとしての依頼になります」
ギルドマスターとしての顔に切り替わったミランのそれは正式にギルドから報酬が出るということを意味している。
「……どんな依頼だ?」
ここまでしてもらって無視するわけにもいかず、アタルは面倒ごとに巻き込まれそうな予感を感じつつもミランの依頼の内容を聞く。
「バルキアスさんと会った森の手前で少し南に行った場所に、谷があるのですが……そこにしか咲かない花や薬草、それにそこだけに生息する魔物などもいるので、冒険者の方やそれ以外にも採集目的で行く方がいます」
ミランがここまで話したところで、アタルは目を瞑って眉間に皺を寄せている。
「あ、あの、聞いてらっしゃいますか?」
アタルから相槌がなく難しい表情になっているため、困惑したミランがおずおずと確認する。
「ん、あぁ聞いているよ。その谷に行った冒険者や採集に行った者たちが行方不明になっているんだろ? それで、ギルドから調査に送った者たちも一人として帰ってこない。だから、危険であると予想して立ち入りを禁止しているが、それでも魅力的な場所であるため、谷に向かう者が後を絶たない。といったところか」
まだ説明していない部分を全て言い当てられたことに驚き、目を見開いてミランは言葉に詰まった。
「あれ? 違ったか? おおよそこのあたりだろうと思ったんだが……」
首を傾げているアタルの言葉を聞いて、一度息を飲んでからミランは言葉を発する。
「な、なんでわかったのですか? す、全て当たっているんですが……」
「いや、なんでって、大体そんなもんだろ? まず場所の説明、そして俺たちの力を知った上でしてくる依頼となれば、それくらいの難易度だろうなと。行方不明のくだりはあてずっぽうだったけど……外れてないみたいだな」
肩をすくめながらアタルは自分の考えをミランに話す。
「は、はい、その通りです……もうなんでわかったのかとか驚くだけ無駄ですね……それで、その依頼を受けて頂けるのでしょうか?」
アタルを相手にすると常識が通用しないことを悟ったミランは色々と考えることを放棄して、本題に戻った。
「受けてもいい」
「本当ですか!」
アタルの返事を聞いて、嬉しさにミランは思わず勢いよく立ち上がる。しかし、アタルは手を前に出して落ちついて座るよう促す。
「ただし条件がいくつかある。それをミランがのんでくれたらだ」
雰囲気を一変させるようにアタルは真剣な表情でミランに言う。
「……その、条件とは?」
ごくりとつばを飲み込んだミランは神妙な面持ちでアタルの出す条件を聞く。
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