第十話
「ここが冒険者ギルドか……ギールが大きい建物と言っていたが、本当にでかいな」
「はい、すごく大きいですね……」
二人は冒険者ギルドの建物を見上げていた。
領主の館ほどではないが、ここまでに並んでいるどの店よりも大きく、人の出入りも多いようだった。
「ぼーっとしてばかりもいられないな。この近くに宿があるということだから探そう」
アタルが宿屋を探すために周囲に視線を送ろうとすると、一人の少女が声をかけてきた。
「お兄さんたち、宿を探しているんですか?」
声をかけて来たのは、一目でわかる猫の獣人の女の子だった。歳は十代前半といったところか。猫をほうふつとさせる切れ長の目をしている彼女は人懐っこい笑顔だった。
「あぁ、この街には来たばかりでな。知り合いにこのあたりに宿があると聞いてきたんだが……」
そう言って両手を広げるアタルに、猫獣人の子は更に笑顔になる。
「なら、うちに来て下さい! この街でも人気の宿なんですよ!」
こっちに来てと言わんばかりにアタルの袖を彼女が引くので、人気の宿ならばと抵抗をしないでついて行くことにする。その後ろをキャロが落ち着かない様子でついてくる。
「アタル様……」
本当に大丈夫ですか? と伺うような表情のキャロに気付いたアタルは大丈夫だ、と笑顔で頷く。するとほっとしたように息を吐いた彼女は、何度か猫獣人の子のように裾をひけないかと手を伸ばしたり引っ込めたりしていた。結局掴むことなく諦めたのか、手をギュッと握り締めている。
「ほらほら、こっちですよ」
そうこうしているうちに猫獣人の子の案内が終わったのか、歩くのをやめてある一点を指し示す。そこはギルドからさほど離れていない場所にあった。
「ここがうちの宿屋『精霊の宿り木亭』です。ちなみに私は宿の看板娘フラーナです。よろしくお願いしますっ」
ペコリと礼をするフラーナ、彼女が案内した宿はそこそこ大きな宿で人の出入りもあり、繁盛しているようだった。見た目も清潔感のある建物で窓のところには花が綺麗に飾り付けられてあったり、カーテンもずっと同じものをかけっぱなしというわけではないのか日に焼けた様子も見られない。
「今から探すのも面倒だから、ここにお世話になるか」
「やった! お母さん、お二人様ご案内です!!」
一見して悪くないと判断したアタルの言葉を聞いたフラーナは飛び跳ねて宿の中に入って行く。これだけ繁盛していても、自分の手で案内した客というのは達成感があるのだろう。
「フラーナ、あんまり騒がないで頂戴! 娘が騒いですいません、お二人がお客さんですね。これがうちの料金表になります」
中へ入ったアタルたちの対応したのはこの宿の女将であり、フラーナの母親だった。肝っ玉母ちゃんといった様子で、ややふくよかな体形をしている彼女も当然のごとく猫の獣人だった。
手渡された料金表はわかりやすかった。日数と料金が並べられているため、一目で支払金額がわかる仕組みだった。
「それじゃ、とりあえず二人で七日頼む。延長したい時は七日目に言えば大丈夫か?」
「七日! フラーナ、あんたでかしたよ。いいお客さんを連れて来たね」
日数を聞いて、女将はフラーナの頭を撫でた。この街は大きいだけあって長い宿泊客がいないわけではないのだが、いくつも宿屋が並ぶと客が分散する。だが長く同じ宿屋を使うほどいい宿屋という宣伝にもなるのだ。
「ふふっ、よかったあ」
そのやりとりをアタルは微笑ましくて見ていた。キャロは少し羨ましそうな視線を送っている。
「あら、あたしったらお客さんを放っておいて。すいません、延長はそれで大丈夫です。先払いになりますが、大丈夫でしょうか?」
支払いを求められたアタルはバッグから適当に金貨を取り出した。料金表はわかりやすかったものの、細かい金の使い方まではわからなかったため、大きいお金を出しておけばいいだろうと判断したのだ。
「これで頼む。あいにく細かいのは持ってなくてな」
それを見てキャロとフラーナは目を見開いて驚き、女将はお釣りを用意しに受付カウンターの向こうに回った。こういった宿屋になると大きいお金で支払う人もいないわけではないのだろう。
「それじゃあ、これがお釣りと部屋の鍵になります。部屋はそこの階段から二階に上がってもらって左手の一番奥になります。何かわからないことがあれば、私は大抵ここにいるのでお気軽にどうぞ」
笑顔の二人に見送られてアタルとキャロは二階の部屋にあがって行った。その後も客足が絶えることなく、あの母娘は客の対応に追われていった。
アタルたちが部屋にはいると、ベッドが二つ、そしてその間に机が一つあるとてもシンプルな部屋だった。決して貧相というわけではなく、必要最小限のものだけ置いた、掃除の行き届いた部屋だ。
「さて、少しゆっくりするか……何やってるんだ?」
ソファがないためとりあえずアタルが手前のベッドに腰かけるが、迷うことなくキャロは床に正座していた。
「いや、私奴隷なので……」
俯き加減でいるキャロにアタルは近寄って少し強めの力で立ち上がらせる。
「いいんだよ、キャロはこっちに座る」
奥のベッドに彼女を腰かけさせる。もじもじと落ち着かないのか身体を揺らしたのち、柔らかなベッドの上で膝を抱えた。
「でも、私、奴隷だから……」
それは他の奴隷にもある、奴隷としての心構えだったが、アタルは首を横に振る。
「俺は、キャロのことを相方だと言っただろ? だから、いいんだ。そんなことより、俺の能力の話とかキャロがどんな能力なのかとかそういう話をしよう」
アタルにとってはそんなことと思えるほどのことだったが、キャロにとってその扱いは驚くべきことであった。奴隷は所有者に逆らうことのできない存在で、機嫌を損ねないようにしなければならないのだと思っていた。だがアタルはここまでずっと自分を気遣っており、そこら辺にいる少女たちと何一つ変わらない対応だった。それは奴隷の彼女にとって初めての体験だ。
「ん? なんか微妙な顔をしているが、そういうことだと思ってくれ。他のやつがいる前だとわからんが、少なくとも俺と二人の時は気にせず仲間、相方、旅の友として振る舞ってくれて構わないよ」
どこか納得していない表情だったが、それでもアタルが言うのであればとキャロは頷いた。この世界の常識をあまりよく知らないと言ったあの言葉の意味の一部を知ったような気がした。
「それで、俺の能力なんだが……武器はこれだ」
どこからともなくアタルは銃を取り出した。先ほどまで持っていなかったものが目の前に現れたことにキャロは驚く。
「!?」
バッグ以外持っていなかったアタルの手にはキャロの身体を回復させる時に使われた銃があった。
「あぁ、これな。まあ、これもそういう物だと思ってくれると助かる。とにかく、これが俺の武器だ。名前は……ライフルとでも覚えてくれればいい」
長い名前だとわかりづらいと判断したアタルはそう教える。
「ライフル、ですか。見たことない武器です」
一度目に見た時は向けられた筒の先しか見えず、それ以上に自身の身体のことに驚いていたため、初めて見るかのように興味深そうにアタルの武器を眺めていた。
「これは、魔力を使わずに遠距離攻撃の魔法が撃てる武器だと思ってくれ。使用者制限がかかってるから、俺にしか使えないけどな。ほら、持ってみるか?」
奪われたり盗まれたりすることもあり得るのに気にした様子もなくアタルはそれをキャロに手渡した。
「わっ、わわっ、結構重いんですね」
急に渡されたことに驚いた彼女だったが、なんとか落とさずに受け取る。軽々とアタルが持っていたことからもっと軽い物だと思っていただけに、ひんやりとしながらもずっしりとした重みを手に感じた。
「あぁ、全て金属でできているからな。かなり離れていても攻撃できるし、威力もそんじょそこらの魔法に負けないくらいの力を持ってる」
話を聞きながらもキャロはライフルを色々な角度から眺めていた。初めて見るものというのはどれだけ見ても飽きないらしい。
そんなキャロのことをアタルは神に与えられた眼の力で見ていた。
この眼の能力の一つに、調べたい相手の能力が見えるというものがあった。
「キャロは動きの素早さが特徴だな。短剣二本、もしくは片手剣がちょうどいいかもしれない。片手剣なら少しは慣れがあるだろ?」
「えっ!? 確かに片手剣は少しだけ使ったことがありますけど、そんなことまでわかるんですか? アタル様すごいです!」
だが彼女はその能力を知らないため、自分の能力を的確に言い当てたことにキャロは単純に驚き、感動していた。
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字等の報告頂ける場合は、活動報告にお願いします。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。
 




