第一話
「ここは……」
アタルが目を開くと遠くにたくさんの本棚がある建物の中にいた。周りを見回しても人の気配が全く感じられず、しんと静まり返った空間は気持ちを落ち着かせるような心地よささえある。興味を引かれて歩き出せば彼の足音だけが辺りに響く。
「図書館?」
そんな雰囲気を感じ取らせるが、彼が知る限りここはあまりにも広大であり、このような図書館は日本に、いや海外にもないと思われた。どこを見ても本棚だらけでちらりと背表紙を見ても何の本かは一見してわからなかった。
『ふむ、起きたかね?』
不意に背後から聞こえた声にアタルは驚き、そちらへ視線を送る。周囲を見渡している時には周囲に誰もいないと思っていた。
しかし、声の主はアタルのすぐ近くの椅子にゆったりと腰かけ、組んだ手を机に乗せてそこにいた。
「い、いつから? あんたは誰だ?」
『ほっほっほ、急に声をかけてすまんな。ワシは……神、みたいなものと思ってもらえれば良い』
神と名乗った彼は、穏やかにほほ笑む長い白髪に白い髭の老人だった。そしてゆったりとした柔らかい生地の長いローブに身を包んでいる。神などと言われれば普段のアタルなら何を胡散臭いことを、と一蹴するところだが、この場の不思議な雰囲気と何より老人の持つどことなく神秘的な雰囲気に、すんなりとそれを受け入れさせられていた。
「神様、か。まあ、こんな場所だし、そんな風貌だし、そう言われても不思議じゃないか」
道すがらに言われたら何を冗談を言っているのだと一蹴するような言葉だったが、この場所にいることによってその信憑性は高くなっていた。
『うむうむ、理解が早くて助かる。早速質問じゃが、ここに来る前に何をしていたかを覚えておるかね?』
目を細めた神にそう質問されたアタルは、問われるがままにここに来る前の記憶を呼び起こしていく。
「確か……家でゲームをやっていたはずだ。いつもやってるやつを」
記憶の中でアタルがプレイしていたのは、VRで銃の形のコントローラを持ちながらプレイするガンシューティングゲームだった。
高校生の頃にアメリカにホームステイした時に射撃場で銃を撃つ機会があったアタルは、その時の感覚を忘れることができずにこの手のゲームにはまることになった。ゲーム内の敵を的確に打ち抜く爽快感を一度知ってしまってからはそれを極めることに夢中になっていた。
『そうじゃ、そのあとのことは覚えておるかね?』
神が続けてアタルに質問をする。しかし、その先を思い出そうとしたものの、どこかもやがかかったかのような記憶しかなく、眉間に皺を寄せたままアタルはしばし考え込む。
「……ゲームをしたあと……いや、思い出せないな」
何度考えても何一つ思い出せずにいたため、あきらめたアタルはそう答えを告げる。
『ふむ、そうか。ならばわしから説明をしよう。お主はゲームをプレイしていてゲーム機を外した瞬間に背後から刺されたんじゃ。一人暮らしでゲームに集中していたから侵入者がおったのに気づかんかったようじゃのう』
まるで今日の天気の話をするかのような軽さで神はなんでもないように言うが、自身の死因を告げられたアタルにとっては衝撃な言葉だった。
「っ刺された!? じゃあ、俺死んだのか!?」
混乱しながら問いただすアタルに神は静かに頷いた。神の雰囲気はもうアタルの死という事実は確定事項であると告げていた。
「そ、そんな、まだ、色々とやりたいことがあったのに……」
愕然としたアタルは会社の同僚に誘われて、次の日曜日に初めてサバイバルゲームを体験する約束をしていたことを思い出した。ホームステイの頃から銃に興味を持った彼だったが、リアルでみんなで集まって戦うという経験をしていなかったため、日曜の約束を心から楽しみにしていた。
肩を落とすアタルに穏やかな口調で神が声をかける。
『それならば、戦いのある世界に行ってみる気はないかね?』
思いもよらない神の言葉にアタルは顔をあげる。自分はもう死んでしまったのだからこのまま天国かどこかに行くものだと思っていたのだ。
『お主をここに呼んだのは、転生するつもりはないかと思って呼んだのじゃ。地球とは別の世界になるんじゃが、そこでは戦いが多くてな……国同士の戦争もあれば魔物との戦いもある。更には何やら不穏な動きがあってな、各地で色々な問題が起きておるのじゃ。お主があちらに行くことでそのうちの一つでも解消できればと思っておってな』
その世界の行く先を想った神は困ったという顔をしながら話す。神といえどもなんでも手出しできるというものではないようだ。
「転生、でも……」
今の自分でなくなってしまうことに対する抵抗。そんな世界に行っても実戦経験のない自分では何もできないだろうという諦め。この二つの考えからアタルは躊躇していた。
『うむうむ、確かにそう不安に思うじゃろうな』
神は声に出していないアタルの心を読んでいた。戦闘狂というよりも常識を持ち合わせている彼に好感を持っている。
『じゃが、心配するでない。ただただ向こうの世界に行って戦えというのでは、あまりに危険すぎるでな。いくつかのサービスをしようと思っておる』
サービスという言葉にアタルは再度顔をあげた。そこには茶目っ気のある表情で提案する神が楽しげに笑っている。
「サービス? 何か俺にしてくれるのか?」
やっと彼が食いついて来たことに神はにやりと笑った。
『うむ、まず一つ目じゃがお主が最も気にしておる記憶のことじゃ。さっきは転生と言ったが、転移という形にするのじゃ。どうじゃね? その身であちらの世界にワープするというものじゃ。それならば、今のお主のままあちらに行くことができる』
この案であれば、アタルの心配ごとが一つ払拭される。自分にとって都合のいい提案にアタルの目に光が宿ってきていた。
『次に二つ目じゃが……転移の場合、地球からあちらの世界に行くときに肉体改変がおこる。そのことで、お主の身体能力は全体的に底上げされる。更に三つ目として、お主に専用の武器を与えよう。さっき言っていたゲームで使うような銃でどうじゃ? あっちの世界は剣と魔法の世界じゃから、銃なんぞ持っておるのはお主だけじゃぞ』
こちらの案もアタルにとって魅力的な話だった。大好きな銃を使ってリアルに戦えるとなればサバイバルゲームよりもずっとわくわくする。
『人を殺すということに抵抗はあるじゃろうが、あちらではそれを躊躇していては死んでしまうので精神的な強さも追加しよう』
「むむむ、なかなかいい条件が揃ったなあ……俺の方から提案しても構わないか?」
神があげた条件を吟味していく中で、アタルは思いついたことがあった。せっかくこれだけいろいろサービスしてくれるならば多少の無理も聞いてもらえるかもしれないという期待があったのだ。
『なんじゃね? 構わんから言ってみるとよい』
神は大抵のことは叶えるつもりでいたため、アタルが何を望むのか興味を持っていた。
「銃はスナイパーライフルにしてくれ。それと、銃弾を生み出せる能力が欲しい」
『そ、そんなものでよいのかの?』
神は不老不死や、魔法などの能力を希望されると思っていたため、アタルの提案に驚いていた。
「あぁ、ただスナイパーライフルは壊れないメンテナンスフリーのものにして欲しい。それから銃弾はただの鉛の弾だけじゃなく、色々な能力の弾を作れるようにしてほしい」
アタルは自分しか銃を持っていないのであれば、弾丸は手に入らないと考えた。そして、剣と魔法の世界と聞いたため、それに対抗するためにも色々な種類の弾が必要になるであろうと。
『ふむふむ、面白いのう。お主の希望に応えよう、もう一つ銃の改造も行えるようにしておこうかの。多少は無茶できたほうが面白いからのう』
アタルの案を聞いた神はこの男ならばいいだろうといたずらっ子のような笑みを見せて悪ノリし始める。
「くくっ……それは面白いな、じゃあこんなのは作れるか?」
そんな神の笑みを見てアタルは一瞬あっけにとられるが、すぐにあれは面白い、それもいいと色々な能力の検討を二人で始める。
この場所には時間という縛りがないため、二人はその後地球でいう三日間、話を続けていた。
そしてアタルが新たな世界に向かうのは、地球時間で四日後の話だった。
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