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こんぱにおんでびる  作者: 我楽太一
第二章 ひとのきもち
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2 かえる or かえる

 その日、茜が玄関で靴を履いていると、後ろから葵に声を掛けられた。


「茜ちゃん、お出かけ?」


「うん」


 振り返りながらそう答える茜。昼食後の腹ごなしでもしようと思い立ったのである。


「ちょっと散歩」


「…………」


 返答を聞いた瞬間、葵は黙り込んでしまう。理由はよく分からない。


 かと思えば、出し抜けに妙なことを口走った。


「そうだ。クロちゃんも連れて行ったら?」


「何で?」


「何でって……」


 一体何を考えているのか、茜が聞き返すと葵は口ごもってしまった。


 すると、どうやら話を聞きつけてきたらしい。翠まで顔を出す。


「いいじゃん。町を案内してあげなよ」


 それが言いたかったとばかりに、「そうそう」と葵も続いた。


「まぁ、そういうことなら……」


 この家でこれから暮らしていくのなら必要なことだろう。茜は姉妹たちの態度を不審がりつつも、ひとまず本人に確認を取る。


「一緒に行く?」


「うむ」


 異論はないようで、クロはあっさりとそう頷いた。



          ◇◇◇



 しばらく歩くと、二人は通称マルタ公園に到着した。


 通称で呼ばれるのは看板が掲げられていない為に正式名称が無名なせいだが、何故通称がマルタ公園になったかについては地元の人間でも知らない者は多い。茜が小学生の頃にも、ヨーロッパの国をイメージして作られただとか、外国人設計者の名前から取られただとか、いや設計者は田丸さんでそのあだ名であるだとか、クラスで色々噂が流れことがあったほどだ。


 実際のところは、昔は大きな丸太・・を使ったブランコ(遊動円木)が設置されていたことに由来するらしい。それが安全上の問題を理由に撤去された後も、名こそ流れてなほ聞こえけれ、というわけである。


「今年の桜はもうちょっと先かなぁ……」


 葉も花も落としたままの公園の木々。その物寂しい様子に、茜はそんな感想を漏らしていた。そろそろ三月も終わるが、冬が長引いている影響で開花時期にも遅れが出ているようだ。


「サクラとは?」


「春に花の咲く木だよ」


 クロの質問を受けて、茜は説明を始める。


「薄いピンク色の、小さな花がいくつも並んで綺麗なの」


 これに、クロは「ほう」と小さく声を上げた。


「まるでスリジエの樹みたいだな」


「スリジエの樹って?」


「鋭い棘のある枝で鳥や獣を捕らえて殺し、その死体を自らの養分に変える魔界の植物だよ。殺傷した生物の血を吸い上げることで、白い花弁がほんのり薄紅色に染まるんだ」


「うん、全然違うな」


 茜は言下にそう否定した。


 それから、誤解を持たれないように今度はもっと詳しく説明する。


「桜の花は春の短い時期しか咲かないし、雨や風で簡単に散っちゃうから、何ていうか儚いものの象徴みたいな感じでね……」


 茜はそこまで話すと、クロを公園に連れてきた意図を伝えた。


「だから、花見っていって、桜の花を観賞する行事があるくらいなんだよ」


「それは雅だな」


 クロは関心した風な相槌を打つと、続けて笑い話をした。


「魔界なんて春になっても、その陽気に浮かれて飲み食いで騒ぐだけの奴がほとんどだぞ」


「そこはほぼ一緒だわ」


 顔を強張らせる茜。笑うに笑えなかった。


 そしてまた、茜は別の理由で顔を強張らせるのだった。


「でも、桜がダメとなると、正直そんなに見るものないんだけどなぁ……」


 冬の寒さに耐えて、春の芽吹きをじっと待つ姿にも趣があるかもしれないが、それはどんな風に花が咲くかを知っているからこそではないか。


 かといって、園内の遊具には期待できない。遊動円木と同様の理屈で、そのほとんどが撤去されてしまっているからである。自分たちでボールだの何だのを持ち込まないと、遊ぶには物足りないだろう。


 では、公園以外の場所に行くのはどうかと言えば、これもまた微妙だった。郊外の町だから、近場に分かりやすい娯楽施設など早々ないのだ。


 そこで茜は、はたと気付く。


「そういえば、カエル様がいるか」


 行き先は思いついた。ただ名案と言えるかは分からない。


「でも、大丈夫かな……」


「?」


 茜が心配して視線を向けると、クロは不思議そうな顔をした。



          ◇◇◇



「せ、ん、い、し、ん」


 案内図の文字をクロが読み上げる。


「ほー、蛙の神様か」


 町の案内の一環として、茜はクロを近所の神社に連れてきたのだった。つまり、茜の心配事とは、


(魔王が神社に来ても、罰が当たったりしないよね?)


 ということである。


 渭水いすい神社は祭神としてカエル様――蟾渭神せんいしんを祀った神社だった。通常水神(水にまつわる神)といえば蛇や龍の姿を取ることが多いから、蟾渭神のような蛙の神様というのは比較的珍しいという。また蛙の水神だけに、狛犬ならぬ狛蛙が置かれていたり、大きな池が配されていたりと、境内の随所にそれらしさが見て取れる。


「カエル様は水とか雨とかの関係で、豊作を司ってる神様なんだって」


 案内図と一部重複するが、茜は自分の知っている範囲で蟾渭神について解説した。


「あとは蛙に引っ掛けて、『お金が帰る』とか『無事に帰る』とか」


 初めて親に同じ話を聞かされた時には、子供ながらに「ダジャレかよ!」とツッコミを入れたものである。しかし、戦時中は『勝って帰る』と願を掛けて何人も出征していったそうだから、それを知った今では茜もうるさく言う気にはなれなかった。


「ほう……」


 異文化のせいだろうか。クロはツッコミを入れるどころか興味深げにしていた。


 だから、茜も気になって尋ねてみる。


「魔界には神様を祀るような文化ってあるの?」


「宗教なら魔界にもあるぞ。特に動物や動物を基にした神は、魔界ではポピュラーだ。魔族には大抵、角やら尻尾やらがあるからな」


「そういうものなんだ」


 思わぬ共通項に茜は関心を抱く。あるいは、クロが先程興味深げにしていたのも、異文化に触れたからではなく、異文化の中に共通項を発見したせいかもしれない。


 今度はクロの方から話を切り出してきた。


「ここはお祈りはできるのか?」そう言った後で、質問を重ねる。「というか、私がしてもいいのか?」


「え、うん、多分」


 魔界の方の神が許してくれるのなら、おそらく平気だろう。茜は曖昧に肯定する。


「えーと、やり方は確か――」


 参拝したいようなので、茜はその作法をクロに教えた。もっとも、教えるというには、あまりにしどろもどろで拙かったが。


(正式な作法とか覚えとくんだったなぁ……)


 散歩のついでなどでしばしばお参りには来ているが、その分習慣的なものであまり詳しい部分まで掘り下げたことはなかった。そのことが茜は少し恥ずかしかったのだ。


 説明が終わると、二人は実際に参拝を行う。ご縁のあるよう五円を賽銭として供え、神様に来たことを伝える為に鈴を鳴らし、二礼二拍手してから願掛けをする。


 途中、茜がふと横を見ると、クロは神妙な顔つきで手を合わせていた。お祈りできるのかと自分から言い出したことといい、何か特別な願い事でもあるのだろうか。


 一方、茜の願い事はあくまで習慣に則ったものだった。


(私はいつも通りでいいか)


 そう考えて、親や姉妹たちの顔を思い浮かべる。


(家族みんなが毎日無事に過ごせますように)


 こうして参拝が終わると、そろそろ家に戻ろうかという話になる。その道すがら、茜はつい好奇心から声を掛けていた。


「随分熱心だったね」


 続けて、からかうように尋ねる。


「何をお願いしたの?」


 これにクロは答えた。


「『早く魔界に帰る(・・)ことができますように』とな」


 そして、自明の理であるかのように聞き返してくる。


「そういう神様なのだろう?」


 クロの言葉に、茜は虹の橋の伝説を思い出す。魔界と人間界で、同じ時間、同じ場所に虹が架かる時、双方を行き来できるようになるという話だった。蟾渭神は「蛙」と「帰る」の掛詞に加えて、雨に関係する水神でもあるから、クロが願掛けをする相手としてはぴったりかもしれないが――


(そういうつもりで連れてきたわけじゃないんだけどなぁ……)


 これではまるで、クロのことを家から追い出したがっているかのようである。その罪悪感から茜は渋面をした。


          ◇◇◇


 まず「ただいま」「おかえり」と挨拶を交わすと、その後で葵はクロに感想を尋ねた。


「お散歩してみてどうだった?」


「ジンジャというのが特に興味深かったな。この国の文化の一端を垣間見ることができた気がする」


 クロは重々しくそう答える。これに、翠は「お偉いさんの視察みたいなこと言うね」と、葵は「魔王ですものね」と、口々にそんなことを言い合った。


 葵は次に、茜に質問する。


「神社ってことは、カエル様にお参りしてきたの?」


「え?」先程の罪悪感が蘇ってきて、茜は表情を固くする。「う、うん」


 しかし、葵はこのことについて全く別の解釈をしていた。


「ちょっと変な言い方になっちゃうけど、『クロちゃんを、ちゃんと飼える(・・・)ように』みたいなことかしら?」


 見当違いもいいところなのだが、どうもこの解釈が腑に落ちたらしい。翠は「あー、なるほど」と納得したような声を上げる。


 これを聞いて、クロも意外そうな顔つきをしていた。


「そうなのか?」


「そういうつもりでもないから」


 茜は再び渋面をした。

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