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こんぱにおんでびる  作者: 我楽太一
第五章 まおうのきもち、ひとのきもち
22/25

2 コンセントデビル

 リビングのコタツに入りながら、翠は眠たそうに目を細める。


「今日はあったかいねー」


 これに答える葵も、うつらうつらして今にも寝入りそうだった。


「そうねー」


 休日の昼下がりは、そんな眠気を誘うような麗らかな陽気となっていた。


 例年より奮戦していた冬将軍も、いい加減撤退することに決めたらしい。四月も終わる頃になって、ようやく暖かい日が続くようになったのだった。


 そして、四月も終わる頃ということで、翠は思い出したように口を開く。


「そういえば、そろそろゴールデンウィークだから、お父さんたち帰ってくるね」


「そうねー」


「……あお姉、春の陽気に頭をやられてるね」


「そうねー」


 半分寝言のようにそう繰り返す葵に、翠は渋い表情を浮かべた。


 そんな二人のやりとりを見て、茜は思い立つ。


「やっと冬も終わったみたいだし、そろそろコタツ片付けようか」


「えー」


「えー、ってもう十分でしょ」


 反発する翠を、茜はそう押さえ込んだ。それから、赤く火照った顔で続ける。


「今日なんか暑いくらいじゃん」


「それはあか姉がショコラ抱いてるからだよ」


 呆れたように翠はそう言い返してきた。


 茜の膝の上で、ショコラはもう完全に昼寝を始めていた。湯たんぽを抱いているようなものなので暑くて仕方ないが、起こしてしまうのが可哀想で動くに動けず、困っていたところなのだ。


 しかし、茜は何も自分の都合だけで物を言っているわけではなかった。


「だって、コタツがあると、ずっとゴロゴロしちゃうでしょ」


 宿題が出ていたはずだが、翠は手をつけるどころかまだ部屋に取りに行きさえしていなかった。黙々と勉強中のクロとは大違いである。


 続いて、茜は葵の方を向いて言う。


「お姉ちゃんも普段以上にボーっとしだすし」


「そうねー」


 この葵の返答を聞いて、


「じゃあ、しょうがないか」


 と、翠も観念したようだった。



          ◇◇◇



「それじゃあ、私が帰るまでにちゃんとコタツ片付けといてよ」


「はいはい」


 散歩の出発前に念を押す茜に、翠はおざなりにそう答えた。「もうちょっと」「もうちょっと」とうるさいので、そういう約束でコタツをしまう期限を延長したのだった。


 その後で、茜は同行者に声を掛ける。


「行こうか」


 ほぼ同時に、「うむ」「わん」と返事が来た。


「…………」


 途端に不機嫌になったクロは、忌々しげにショコラを睨む。


 この様子を目にして、茜はからかい半分に言った。


「相変わらずびびってるね」


「びびってない」


 そう否定するクロ。だが、強がっているのは明らかで、ショコラに顔を向けられただけで体をびくっと震わせていた。ここ数日の共同生活でも、クロの犬嫌いを直すには不十分だったようである。


 しかし、今後もショコラを預かる機会がないとは言い切れない。何とかして好きになってもらえないだろうか。犬とは逆に、クロが好きなものといえば――


 そう考える内に、茜は「そうだ」と閃いた。


「ショコラって、フランス語でチョコって意味なんだよ。知ってた?」


「余計に気に入らんな」


「ダメかー」


 顔を顰めるクロに、茜は肩を落とした。嫌いなものと好きなものを合わせて中和する作戦だったが、かえって裏目に出たようである。


 すぐに話題を打ち切るのも悪いと思ったのか、クロはしかめっ面のまま尋ねてきた。


「……犬にショコラと名付けるのはよくあることなのか?」


「そうだね。チョコとかココアとか、結構ありがちな名前だと思うよ」


 甘い物の話をしているのに、これを聞いたクロはますます苦々しげな顔をした。


 茜も苦笑いしながら続ける。


「似たような感じのなら、プリンとか、クッキーとか、あんことか……」


「食べるつもりで飼ってるのか?」


「響きが可愛いってだけだから」


 素朴に質問してくるクロに、茜はそう弁明した。



          ◇◇◇



 散歩の途中、茜たちは公園に立ち寄った。例の、丸太のブランコのないマルタ公園である。


 暖かくなった影響だろう。園内の桜はすっかり満開となっていた。春がようやく訪れたことを知らせるように、薄紅色の花が日差しを受けて輝く。


 もっとも、茜たちは桜を見に来たわけではなかったが。


「行くよー」


 そう言って茜がボールを投げると、それを追いかけてショコラが走り出した。


 遊具も何もないようなマルタ公園だが敷地面積だけはある。おかげで暗黙の了解として、隅の方の区画は自由に使うことが許されていた。野球場として使おうが、ドッグランとして使おうがお咎めなしである。


「よしよし」ショコラがボールを持って帰ってくると、茜はその頭を撫でる。「よ~し、よしよしよしよしよしよし……」


 これに対して、クロは少し離れた位置から冷めた視線を向けていた。


「気持ち悪い……」


「えー、こんなに可愛いのに」


「お前だ、お前」


 クロの指摘に、茜は狼狽する。ひとまず緩んだ表情筋を引き締めた。


「い、いや、ショコラが可愛い過ぎるのが悪いんだって」


 茜はそう反論すると、あてつけのようなことまで言う。


「犬が怖いクロには分からないかもしれないけど」


「犬がどうこう以前に、ペットにそこまで入れ込む気持ちが分からんな」


「気持ち悪い」と自分が馬鹿にされる分にはまだいい。それについては多少の自覚があるからだ。


 だが、それでもクロのこの発言に、茜は苛立ちを覚えていた。


「ペット、ペットって、今はコンパニオンアニマルなんて言って、家族の一員として扱うのも珍しくないんだからね」


「家族ね……」


 理解しかねるように、クロは白けた顔でショコラを見る。


 だから、茜は続けて言った。


「おばあちゃんだってそうだよ」


 クロにも分かりやすいよう、茜は具体例として須美を引き合いに出して説明する。


「おじいさんに先立たれて、息子さんたちはみんな家を出てっちゃって…… もしショコラがいなかったら、今より寂しい思いをしてたはずだよ」


「ふーん……」


 クロは納得した風な口振りで答えた後、もう一度ショコラを見る。


 しかし、茜の意見を単純に受け入れたわけでもないようだった。クロはまた、散歩中の様子を指して反駁するようなことを言う。


「だが、普通家族の首にヒモはつけんだろう」


「……まぁ、確かにそんな人はいな――」


 そこまで答えたところで、茜は考え直す。


「いや、いるかもなぁ」


「?」


「な、何でもない」


 純粋に不思議がるクロを見て、茜は慌ててそう言い繕った。



          ◇◇◇



 公園からの帰り道、ショコラが珍しくリードを引っ張る。マナーとして褒められたことではないが、もう距離もわずかだったので茜は手を離して自由にさせてやった。


 家の前まで来ると、ショコラは呼び出すように「わんわん」と吠え立てる。


「おお、ショコラ」


 玄関から現れた須美は、数日ぶりの再会に相好を崩す。


「よしよし」


 久々に須美に頭を撫でられて、ショコラは「くぅ~ん」と甘えるような声を出していた。


「おばあちゃん、退院おめでとう」


 ショコラに遅れて、茜もそう声を掛けた。


 検査の結果、特に異常は見つからなかった為、早々に須美の退院が決まった。だから、茜は今日、ショコラを引き渡しに来たのである。


「体、何ともなくてよかったね」


「心配やら迷惑やらかけてごめんなさいね」


 須美はまずそう謝ると、綺麗にラッピングされたギフトバッグを手渡してきた。


「お礼に、これ」


「ありがとう」透明なフィルムで中身が見えたから、茜は受け取るついでに尋ねる。「クッキー?」


「今日はアマレッティを焼いてみたの」


「わー、ハイカラー」


 色々言いたいことはあったが、茜はとりあえず喜んでおいた。


 その後で、茜は気の利かない自分を反省する。


「ごめんね。退院祝いも兼ねて、今度お返し持ってくるね」


「そんな気を遣わなくてもいいよ」


「いやいや、いつも貰ってばっかりじゃ悪いし」


 以降、茜と須美は「貰ってばっかりじゃ悪いから」「気を遣わなくていいから」というようなことを言い続けて、押し問答を繰り広げる。


 すると、これに割り込むようにショコラが吠えた。


「わん!」


「はいはい」須美はもう一度腰を下ろすと、ショコラの頭を撫でる。「私も寂しかったよ」


 そうして、須美もショコラも笑みを浮かべた。


 この光景を目にしたクロは、ふと漏らすように呟く。


「家族か……」



          ◇◇◇



 須美の家を後にして、茜とクロも自分たちの家へと帰る。


 そんな二人をリビングで待ち受けていたのは、何やら長いロープのようなものを手にする葵と翠の姿だった。


 これを見るや否や、クロは自分の首を押さえながら叫ぶ。


「ひっ、ヒモはいらんぞ!」


「?」


 不思議がる葵と翠。思わずという調子で顔を合わせていた。


 翠はコンセントを持ったまま答える。


「コタツを片付けてるだけだけど?」

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