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こんぱにおんでびる  作者: 我楽太一
第四章 Green Grin
19/25

4 今日の料理(と翠)

 涙を流して横たわる葵。


 そのそばで、同じく涙を流しながら包丁を握りしめる茜。


 この光景を目にしたクロは、


「ど、どうした!?」


 と慌てふためいたように尋ねてきた。


 茜はこれにあっけらかんと答える。


「タマネギ切ってたんだよ」


 また、「今日はハンバーグにしよう思って」とも続けた。下校後、二人はキッチンで夕食の準備をしていたのである。


 そう教えても、クロはまだ不可解そうな顔をしていた。だから茜は、タマネギを切ると涙が出るのだということから説明したのだった。


 話を最後まで聞くと、クロが申し出てくる。


「私も何か手伝おうか?」


「いいの?」


「いつも作ってもらってばかりでは悪いからな」


 何といじらしい返答だろう。茜は思わず頬を緩ませていた。


 それから茜は、一人リビングでTVゲームに興じる妹の方を見る。


「翠、今の聞いた?」


「聞いたよ」


「逆に凄いな、アンタ」


 それがどうしたと言わんばかりの翠に、茜はかえって感心しそうになる。


 今の内から覚えておけば、将来必要になった時に慌てないで済むだろう。そういう姉心もあって、たまには翠にも家事を手伝わせたかった。しかし、ああしろこうしろとあまり説教がましいことを言うと、余計頑なになってしまうだけかもしれない。


 そう考えて、茜は懐柔策に打って出た。


「自分で作ると美味しいよ」


「あか姉が作った方が美味しいよ」


「えっ? そう?」


「うん」


「何かいい感じのこと言って誤魔化そうとしてない?」


「してない、してない」


 翠は画面から目を離そうともしないで答える。口調もおざなりだった。


 この態度に苛立ちを覚えて、茜は結局説教がましいことを言う。


「手伝わないんだったら、翠の分は作らないからね」


「はいはい」


「本当に作らないからね」


「分かったって」


 煩わしいと言わんばかりの翠。どうせ作ってくれるだろうと、たかをくくっているようだ。


 茜も、もう翠の説得は諦めることにした。そもそも相手はまともに話を聞く気がないのだ。何を言ったところで無駄だろう。


 夕食の準備を再開する前に、茜は気を取り直す意味も込めてクロに質問する。


「確か、クロって料理の経験ないんだよね?」


 以前にそんな話を聞いていた。だから、学校のある平日は、クロの昼食用に弁当を用意しているのだ。


 案の定、クロは「うむ」と頷くと、続いてその理由を明かした。


「家では料理人を雇っていたからな」


「さすが魔王様」


 茜は讃えるようにそう言った。


 そんな風にして茜たちがあれこれ喋っている間に、気がつけば復活していたらしい。立ち上がった葵が、クロに指示を出す。


「じゃあ、まずタマネギを切ってくれる?」


「うむ」


 クロが素直にそう従う一方で、茜は「さりげなく面倒な役を押し付けていったな」と呟いていた。


 だが、クロに任せる方がよほど面倒だったかもしれない。みじん切りのやり方から教えなければならなかったのはともかく、不慣れでぎこちないクロの手つきを見ていると、今に指を切りはしないか茜は気が気でなかった。


 途中、クロはふと手を止めたかと思うと、こちらの方を振り向く。


「本当に目にしみるのだな」


 そう言った通り、クロの目から涙がこぼれる。


 しかし、茜は労るより先に猜疑心を起こしていた。


「アンタ、いつだか〝魔王だから毒効かない〟とか言ってなかった?」



          ◇◇◇



 炒めたタマネギから熱が取れると、葵は新たな指示を出した。


「それじゃあ、次はこれを混ぜ合わせましょう」


 そう言って、ボウルに先のタマネギと、合挽き肉、卵、パン粉、牛乳、香辛料などを空ける。卵やパン粉はつなぎの為だとか、牛乳や香辛料は肉の臭みを取る為だとか、葵はそういう話もした。


「…………」


 黙々とクロは材料を手でこねる。ただその手つきは、だんだんと速くなっていった。


 クロはこちらを見ながら言う。


「面白くなってきたな」


「それは良かったわ」


 いい笑顔をするクロに、同じく笑顔で答える葵。茜だけが渋い表情をしていた。


 クロが上機嫌で肉をこねていると、その内に粘り気が出始めて、ハンバーグのタネが出来上がる。葵はそれを各人の食べる量ごとに分けた後、「焼く前に形を整えましょうか」と次の指示を出した。


 そうして葵とクロは、


「爆発しないように、軽く手に投げて空気を抜くのよ」


「ほう」


「真ん中はへこませてね。焼くと膨らむから」


「なるほど」


 などとやりとりしながら、タネを小判型に成形していく。


 それが終われば、いよいよ焼く工程に入る。完成はもう間近である。


 しかし、その完成前の時点で、クロは既に物欲しそうな顔をしていた。クロの嗜好を思い出して、茜は咎めるように尋ねる。


「……アンタ、このまま食べたいとか思ってない?」


「べ、別にそんなことは」


「生は怖いよ、生は」


 慌てたように答えるクロに、茜はそう言い聞かせた。


「でも、生のものって美味しいわよね」


 葵は助け舟を出すように口を挟むと、それから実例を挙げる。


「焼く前のホットケーキミックスとか」


「それもあんまり体に良くないから」


 茜は再びそう言い聞かせた。



          ◇◇◇



「できた!」


 最後に盛り付けを終えると、クロは宣言するようにそう言った。


 はしゃぐようなその様子を見て、葵は提案する。


「ちょっと早いけど、このまま晩御飯にしちゃいましょうか」


「そうだね」


 茜もそう同意した。


 三人はテーブルに着くと、「いただきます」と手を合わせる。


 魔界ではパン食が中心らしく、当初はクロの為にパンを用意することもあったが、最近は米飯も食べ慣れてきたようである。おぼつかなかった箸の使い方も随分上達してきた。


 その箸使いで、クロは真っ先にハンバーグを口に運んだ。


 完成した時と同様、葵はクロの行動に微笑ましげな顔をする。


「お味はどう?」


「美味いな」


「クロちゃんが手伝ってくれたからよ」


「……うむ」


 クロは照れたように頷くと、続いて詳しい感想を述べた。


「ハンバーグにしたことで、ただの臠炙にはない脆美が生じ、肉山脯林を為したという夏桀でも得られぬような甘旨となっているな」


「は、はい」


 相変わらず仰々しい反応である。尋ねた葵は勿論、横で話を聞いていただけの茜もたじろいでしまう。


 何を言っているのか茜に理解できたのは、最初に言った「美味いな」という部分だけである。ただ、それは本心だったようで、クロは顔をほころばせてハンバーグを食べ進めていく。だから、茜と葵は二人してこれに笑みをこぼしていた。


 一方、マイペースにも、翠は今頃になって食卓に着く。それから、キョロキョロとテーブルの上で視線をさまよわせた。


「私の分は?」


「いらないんでしょ?」


 何も料理が用意されていない自分の席と、冷淡な茜の返答に、翠は「えー」と不満げな声を上げる。


「なんやかんや作ってくれてるパターンじゃないの?」


「パターン言うな」


 性格の甘さを指摘されて、茜は即座に否定する。そして、こう譲歩した。


「次手伝うって約束するなら残ってる分をあげるけど」


 一度否定こそしたが、実際には隠してあるだけで、翠の分の夕食もちゃんと用意してあった。つまり、翠の予想した通り、「なんやかんや作ってくれてるパターン」だったわけである。


 しかし、やはり説教がましいことを言うと、かえって頑なになってしまうだけらしかった。翠はムキになったように席を立つ。


「もういいよ」


 そう言い残して、キッチンで作業を始める。


 かと思えば、あっという間に戻ってきた。


 翠が作ったものを見て、茜は思わず「うわ」と声を漏らす。


「出たよ、猫まんま」


 ご飯に醤油とかつおぶしを混ぜただけの簡単なもので、分量も全て適当に目分量である。ここに更にマヨネーズ(これも目分量だ)を加えるのが、翠のお気に入りの食べ方だった。


「いいじゃん、手軽で美味しいんだから」


「まぁ、それは認めるけど」


 翠の反論に、茜はそう引き下がる。


 翠の言うように、猫まんまが「手軽で美味しい」ことは否定しない。特にマヨネーズを加えただけで、かつおぶしの淡白さに脂肪分を補ったり、醤油のしょっぱさを酸味で打ち消したりできる点は白眉だろう。実際、一人で食事をする時には、茜も作って食べることがあるくらいだった。


 しかし、翠がぐちゃぐちゃと箸でかき混ぜる様子を目にすると、茜はこう言わざるを得なかった。


「見た目がねぇ……」


「そうねぇ……」


 葵も同じ感想のようだった。


 愛猫家の反感を買いそうだが、名前からして「猫まんま」である。単に茶碗の中で食材を混ぜただけだから、パッと見、残飯と言われても仕方のないビジュアルだった。


 だから、茜は提案する。


「せめて、おにぎりにしなよ」


「やだよ。面倒くさい」


 手軽なのが売りだとばかりに却下して、翠はさっさと食べ始める。


「美味しいなー」


 夕食を用意しなかったことへのあてつけらしい。翠は一口食べてそう言うと、それを何度も繰り返した。


「あー、美味しいなー」


 可哀想だからハンバーグを出してあげようという気持ちと、腹が立ったからこのまま放っておこうという気持ちが、茜の中で相半ばする。葵は完全に翠に同情したようで、「もういいんじゃないかしら」とばかりにチラチラとこちらを見てきた。


 そんな中、クロは見慣れない料理に関心を抱いているようだった。


 視線に気付いて、翠は尋ねる。


「食べる?」


「うむ」と頷くと、茶碗を受け取るクロ。まずはためつすがめつじっくり眺めて、それから猫まんまを口に運ぶ。


 そして、一口食べた感想は――


「うまっ」


 クロは目を丸くして叫ぶ。


「何だこれ、うまっ」


 ハンバーグの時以上の反応ではないか。これに翠は勝ち誇ったような顔をし、葵は苦笑いを浮かべる。


「えー、釈然としない……」


 茜はそう文句をこぼしていた。

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