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こんぱにおんでびる  作者: 我楽太一
第四章 Green Grin
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3 銭湯へ行こう!②

 翠が珍しくゆったりした口調で感想を漏らす。


「あったかいねー」


 葵も気の抜けたような声でこれに同意する。


「そうねー」


 開放的な広い浴槽に、なみなみと張られたたっぷりのお湯。『辰の湯』の湯船につかって、二人はすっかり寛いでいる風だった。


 その傍ら、クロも静かで落ち着いた様子だった。


「…………」


 しかし、ただ単純に寛いでいるわけでもなさそうだった。クロは黙ったまま、ひたすら浴室の壁を見つめていたのだ。


 その行動を不思議に思って、茜は声を掛ける。


「どうかした?」


「面白い趣向だなと思って」


 クロの言葉に後ろを振り返り、茜も「ああ」と気付く。浴室の壁にはペンキ絵――日本の名所の風景画が描かれていたのだった。


 これに関心を持ったようで、クロが尋ねてくる。


「こうして絵を飾るのは、銭湯ではよくあることなのか?」


「そうじゃないかな。絵柄は違うかもだけど」


 茜も詳しくは知らないが、そういう話は聞いたことがあった。『辰の湯』のペンキ絵は一般的な題材を用いているが、それでも構図などに様々なパターンが存在しているはずである。


 クロは重ねて尋ねてきた。


「それで、これは一体何という山だ?」


「富士山だよ」


 茜の返答を聞いて、クロは「そうか」と得心いったような顔をする。


「これが件の日本一高山か」


「それつけたのアンタだからね」


 茜はそう訂正した。


 これもクロが人間界に溶け込む為に必要なことだろう。茜はそう考えて、知識の限り富士山について説明を始める。


 その裏で、翠たちの会話も続いていた。のぼせたようなボーっとした表情を浮かべる葵を見て、翠は改めて言う。


「あお姉はお風呂好きだよね」


「そうねー」


 葵は締まりなくそう答えた。


 続けて翠は質問する。


「何がいいの? リラックスできるから?」


「そうねー」


 葵の返事を聞いて、翠はからかうように笑う。


「でも、あお姉って普段からぼんやりしてるじゃん」


「そうねー」


 翠はこれに文字通り閉口すると、無言で葵を睨んだ。


「…………」


「そうねー」



          ◇◇◇



 唐突に、翠が湯船から立ち上がった。


「飽きた」


 まだ言うほどには入っていないはずだがそんな宣言をする。シャワーだけでは嫌だと駄々をこねたのは誰かと、茜は小言の一つも言いたくなる。


 しかし、翠に反省する様子はなかった。近所に遊びに誘うような口振りで尋ねる。


「クロ、サウナ行かない?」


 魔界にはないのだろうか。クロは怪訝な顔をしていた。


「さうな?」


「すごく蒸し暑い部屋でね」


 翠は訳知り顔で解説する。


「このサウナに長く入っていればいるほど偉いんだよ」


「また偏見を……」


 クロが銭湯について誤解しやしないかと、茜は渋面を作った。


 姉の言うことは無視して、翠は話を続ける。今度はまるきり遊びの誘いだった。


「だから、どっちが長く入っていられるか勝負しよう」


「いいだろう」


 受けて立つとばかりに、クロも立ち上がった。


 そうして対抗意識を燃やす二人に、葵は事前に注意する。


「あんまり無茶しないようにねー」


 これに、クロは「うむ」と、翠は「あお姉もね」と、それぞれ赤い顔の葵に答えて、サウナ室へと入っていった。


 のぼせているのか、リラックスのし過ぎなのか、普段より間延びした調子で葵が尋ねてくる。


「どっちが先に出てくると思うー?」


「うーん、どっちだろ……」


 茜は少し悩んだ。


 翠はサウナが苦手なようで、入った次の瞬間に出てきたという笑い話がある。ただし、今より更に幼かった頃のことなので、どこまで判断材料として信用していいかは分からない。


 対するクロの実力はもっと未知数だった。堪え性のない翠よりずっと辛抱強そうだが、初体験というハンデは想像以上に大きいのではないか。


 こうして整理してみると、両者共に一長一短で、勝敗予想はなかなか難しそうである。


 それで茜は閃いた。


「そうだ。せっかくだし、私たちも賭けで勝負しようか。負けた方が明日の洗い物を全部やるとかどう?」


「いいわよー」


 葵が面白がって承諾したのを見て、茜は改めて考え始める。


「それじゃあ、私は――」


 と、その時、サウナ室のドアが開いた。


「あっちー」


「早っ!」


 もう飛び出してきた二人に、茜はそう叫んだ。



          ◇◇◇



「初銭湯はどうだった?」


 風呂上り、休憩室で翠がそう尋ねた。


「単に湯船が大きいだけでなく、壁に豪壮な山容が描かれていたり、サウナや電気風呂などが併設されていたり、様々な趣向が凝らされていて興味深かった」


 クロは相変わらず、要人の視察のような答え方をする。気に入ったらしいことは確かなので、茜はその点では安堵していたが。


「そうでしょう?」


 クロの反応に、翠は上機嫌という表情になる。


「平たい顔族の偉大な発明だよ」


「平たい顔族って、アンタもそうでしょ」


 他人事のような自慢げなような翠の言い草に、茜は呆れてそう反論した。日本人を偉大と言うなら言うで、翠にもそれにふさわしい言動を取ってもらいたいものである。


 そんな姉を見て、翠は言った。


「あ、平たい胸族だ」


「だから、アンタもそうでしょうが!」


 茜は今度、怒りを込めて反論した。


 そんな二人のやりとりを耳にして、クロが突然声を上げる。


「そうだ、牛乳!」


 それから、毒されたようなことを口走った。


「入浴後は何とか牛乳を飲むことが推奨されているんだったな?」


「……まぁ、いいけど、今の話の流れで思い出すのはどうなの」


 ぶつくさとそう文句を言った後、茜は仕方なしに受付へ向かった。


「フルーツ牛乳二本ください」


 コーヒー牛乳と迷ったが、より甘くてクロ好みではないかと考えて、茜はフルーツ牛乳を選んだ。これが正解だったようで、「美味しい?」と聞くと、「うむ」とクロは頷いた。


 茜に続いて、教えた当人である翠も注文を行う。


「アイスココアを一つ」


「!?」


 クロは物凄い速さで翠の方を振り返っていた。


 なかなか風呂から上がりたがらなかった葵も、遅れて脱衣所から出てくるとフルーツ牛乳を注文する。


 汗をかき、また火照った体には、冷えた牛乳がぴったりだった。それで四人はそのまま休憩室でしばし寛ぐ。


 その最中、クロがポツリとこぼす。内容はまた毒されたようなことだった。


「裸の付き合いで、気持ちを一つにか……」


 そう教えた当人である葵は、微笑を浮かべながら尋ねる。


「なったかしら?」


 これに、三人はそれぞれ異口同音に答えた。


「なったといえばなったな」とクロ。


「なったかもね」と茜。


「なったなった」と翠。


 そして、最後に三人は声を揃えて言う。


「巨乳死すべし」


「そんな……」


 葵はショックで唖然としていた。

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