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こんぱにおんでびる  作者: 我楽太一
第四章 Green Grin
16/25

1 竜退治はもう飽きた?

「ただいま」


 昼過ぎになって、翠が家に帰ってくる。これに茜はキッチンから、クロはリビングから、それぞれ「おかえり」と挨拶を返した。


 クロは続けて尋ねる。


「学校はどうだった? ちゃんと勉強してきたか?」


「始まったばっかだから、当分は授業ないよ」


 親のようなクロの言い草に苦笑しながら、翠はそう答えた。


 長いような短いような春休みも終わり、今日からとうとう新学期。光野家の三姉妹は、三人とも各々の学校の始業式に出ていたのだった。


 以前聞いた話を思い出したらしい。クロが納得したように言う。


「そういえば、前に身体測定があるとか何とか言ってたな」


「そうそう」


 だから当分は授業がないのだと、翠はそう頷いた。


 そんな二人の会話に耳を傾けながら、茜は昼食の支度を急ぐ。手軽な料理だし、下準備もあらかじめ済ませてあったのだが、ここまで翠が早く帰ってくるのは想定外だった。


 すると、その翠が唐突に話を振ってきた。


「あか姉って目いくつだっけ?」


「2つ」


「ベタなボケはいいから」


 茜の返答に、翠は目をつり上げていた。


「両目とも2.0だけど……」そう答え直した後、茜は質問の意味を考える。「アンタ、もしかして視力検査が不安なの?」


「うん。下がってたらやだなと思って」


 そう言うと、翠は目を細めたり、逆に大きく見開いたりする。本当に不安なようだ。


 しかし、いい機会だと茜は小言を口にしていた。


「それなら、ちょっとはゲームを控えなさいよ」


 そんな話をしているところに、ちょうど葵も帰ってきた。「ただいま」「おかえり」とやりとりした後、翠は彼女にも尋ねる。


「あお姉は目いくつ?」


「1、2…… 2つよ」


「何で数えたの?」


 翠は呆れ顔で言った。



          ◇◇◇



「やっぱり炒飯はパラパラに限るね」


 昼食に対して翠がそんな感想を述べたので、茜は作り方を指南する。


「炒める前に、ご飯に油をからめておくといいんだよ」


「へー」


「へー、じゃなくて。たまには手伝えって言ってるの? 分かる?」


「はいはい」


 あからさまに聞いているふりだけという答え方である。茜の眉間の皺はますます深くなっていた。


 片や葵は、翠の感想に控えめに反論するようなことを言う。


「私はしっとりした炒飯も好きだけど……」


「あー、確かにね。あれはあれでね」


 茜もそう同意する。ダマになるようなのは別としても、ご飯に十分水気が残って、しっとりふっくらした炒飯も美味しいものである。いつもパラパラになるように作るのは、そうしないと翠がうるさいからだった。


 そして案の定、


「いや、あんなのしっとりとは言わないでしょ。べちゃべちゃだよ、べちゃべちゃ」


 と今日も翠がうるさかった。


 茜は続いてクロの意見も聞こうとしたが、しっとりした炒飯の味を知らないはずだから比べようがないことに気付く。食べっぷりを見るに、とりあえずパラパラした炒飯が嫌いなわけではなさそうだが。


 それならそれで構わない。しかし、茜は引き続き思案顔をしていた。


「でも、明日からクロのお昼御飯どうしようかなぁ」


「?」


 茜の呟きを、クロが不思議がる。


「明日から何かあるのか?」


「今日、半日だったのは特別なんだよ。始業式だけだったから」


 茜はそう説明した。


 今日は四人分だから学校帰りとはいえそれなりのもの作ったが、明日からクロの為に一食分だけ前もって用意するのは手間である。だが、毎日インスタントで済ませるのも不健康だろう。高校生で給食の出ない葵は手弁当だから、クロの分も一緒に作ればいいだろうか。


 そうして茜が昼食の問題に頭を悩ませる一方で、クロは別のことを考えていたようだった。


「そうか」


 茜の言葉に頷くと、クロは独り言のように小さく声を漏らす。


「明日からは一日中、学校があるのか……」



          ◇◇◇



「やっぱり、クロちゃんを一人でお留守番させるのは可哀想よね」


 昼食後、キッチンで洗い物をしながら、葵は声を潜めてそう言った。


 これに対して、茜は分かった風な口を利く。


「まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど……」


 確かに日中一人で留守番させるのは可哀想かもしれない。しかし、あまり出歩くと正体がバレる可能性が出てきてしまう。フォローする人間がそばについていないから尚更危険だ。


 人間界の生活に慣れるまでの間は、やはり無闇に外出しない方が無難なのではないか。クロもそう考えたから、来たばかりの頃は人目を避けて野宿でやり過ごしていたのだろう。


 そんな理性的な茜の意見に、葵は感情論で反対してくる。


「〝私のことを長い時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないでください。あなたには他に仕事があって、楽しみもあって、友達だっているでしょう。でも、私にはあなたしかいないのです〟」


「やめてよ。良心が痛むから」


 自分が冷血漢のように思えて、茜は慌ててそう訴えた。


 二人がそうして相談を交わす頃、リビングでは翠がクロに声を掛けていた。


「クロ、ゲームやってみない?」


「ゲーム? 何をするんだ?」


 クロの質問に、翠は「いきなりアクションゲームは難しいかな……」などと呟きながら、ソフトを一本選び出す。


「よーし、これにしよう」


「これは?」


「Ⅱ以降ろくに竜を狩ってないことで有名な『ドラゴンハント』だよ」


 通称は『ドラハン』。初代の発売から四半世紀以上経った今でも続編が作られている、超人気シリーズである。


 翠が勧めたのは、その初代のリメイク版を更に最新の機種に移植したものだった。


「ターン制のRPGで複雑なコマンド入力とか必要ないから、ゲームやったことないクロでもすぐに慣れると思う」


 用語だけでちんぷんかんぷんというクロに、翠は続けて提案する。


「今日はとりあえず操作教えてあげるから、一人で暇な時にでもやりなよ」


 これを聞いて、茜は微笑を浮かべる。


(翠なりにクロのことを考えてるのかな……)


 根本的な解決にはならないかもしれない。だが、人間界に慣れるまでの繋ぎとして、当面の寂しさを紛らわせることはできるのではないか。おそらく、翠はそう考えのだろう。


 横を見ると、葵も同じ感想らしかった。だから、茜たちは二人で顔を見合わせて笑う。


 翠の意図がどこまで伝わったのか。クロも乗り気になったようで、『ドラハン』について尋ねる。


「それで、これは一体何をするゲームなんだ?」


「簡単に言えば、勇者になって魔王をブチ殺すってストーリーだよ」


「翠!」


 声を荒げる茜。洗い物を放り出して駆け寄ると、激しい剣幕でまくしたてた。


「アンタ、一体何考えてんの? それゾンビに『バイオ○ザード』やらせたり、モンスターに『モンスター○ンター』やらせるようなもんだからね!」


「茜ちゃん、落ち着いて」


 暴走気味の妹を、葵がそう止めに入った。


「ちょっとした冗談じゃん」


 怒られても翠に悪びれる様子はなかった。いじめっ子の常套句を口にすると、それを被害者にも強要する。


「ねえ、クロ?」


「……まぁ、作り事の内容にいちいち目くじらを立てるのもな」


 こらえるようにクロは顔を強張らせていた。


 翠の言うように、初代『ドラハン』は自分が勇者となって囚われの姫を救い出し、世界を支配しようと企む魔王ドラゴンロードを倒す、という内容だった。RPGがまだ日本では普及していなかった時代の作品ということもあり、王道的な物語には古典の名作としての雰囲気が感じられる。


 そのせいか、はたまた初めてのゲーム体験だからか。クロが実際にプレイを始めると、いつの間にか家族総出でその冒険を見守っていた。


 魔王討伐の勅命を受けた勇者クロは、最初の町を出ると、たどたどしいコマンド入力で敵モンスターとの戦闘を行う。レベルを上げる為に、クロはそれを何度か繰り返した。


 その最中、葵はふと気付いたように質問した。


「これって、敵は一匹づつしか出ないんだったかしら?」


「初代はね」滅多にゲームをやらない葵に、普段ゲームばかりやっている翠が講釈する。「代わりに、こっちも一人だけど」


 このやりとりを耳にして、クロも尋ねた。


「ということは、仲間が増えたりはしないのか?」


「うん」


 そう頷いた後、翠はわざわざ言い換える。


「勇者だけの寂しい寂しい一人旅だよ」


「翠!!」


 再び声を荒げる茜。翠がクロにゲームを勧めた時、そのことに感心した自分が馬鹿みたいに思えてきた。


「ちょっとした冗談じゃん」


 翠にはやはり悪びれる様子はなかった。小憎たらしい笑顔でクロに声を掛ける。


「ねえ、クロ?」


「…………」


「あれ、もしかして怒ってる?」


「いや」


 クロは頭を振ると、抑揚のない声で続けた。


「それより、魔王になって勇者をブチ殺すゲームはないのか?」


「めっちゃ怒ってるじゃん」

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