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こんぱにおんでびる  作者: 我楽太一
第三章 青い魔法使い
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5 白魔法

「あー!」


 茜が叫んだ。


「いや、そうじゃないよ」


 茜が否定した。


「だから、違うって」


 茜が注意した。


「他人の話聞いてる?」


 茜が非難した。


「馬鹿が」


 茜が罵倒した。


 これに葵は、


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 と平謝りするばかりだった。


 休日の昼下がりに似つかわしくない剣呑な雰囲気に、クロはぎょっとしたような顔をする。


「……喧嘩か?」


「一応、料理してるんだと思う」


 キッチンに立つ二人を見ながら、翠はそう答えた。



          ◇◇◇



「はー、疲れた」


 溜息のような息を漏らしながら、茜はソファに座り込む。


 その様子を見て、クロが声を掛けてきた。


「何を作ってたか知らないが、一人の方が早かったんじゃないか?」


「かもね」


 茜は苦笑いする。「かも」ではない可能性を考えると、苦笑いもできなくなりそうだが。


 クロは言いにくそうにしながら話を続ける。


「兄弟とあまり会っていない私が言うのもおかしいが、アオイってあまり長女っぽくないような気がするな」


「あー……」


 そんなことはないと思いつつ、茜は明確な否定もし辛かった。というか、直前の葵の言動のせいもあって、むしろ肯定してしまっていた。


「まぁ、お姉ちゃんは天然というか、ちょっと抜けてるところあるしね」


 そう答えた後、茜は具体例を挙げる。


「エレベーターとエスカレーターがごっちゃになったり、スマートフォンをスマーフォトンって言い間違えたり、スポンサードリンクを飲み物と勘違いしたり、検索サイト開いた瞬間何調べるか忘れたり、自分が手に持ってるものを探し始めたり、三角コーナーの上で卵を割ったり、カップ焼きそばを作る時に――」


「ちょっと……?」


 あれこれ言い立てる茜に、クロはそう聞き返していた。


 それから、クロは改めて先程の発言を繰り返す。


「しかし、そう考えると、やはり次女のアカネの方がしっかりしているんじゃないか」


「そう?」


 照れる茜に「うむ」と頷くと、クロは冗談っぽく続ける。


「アカネの方がお姉ちゃんという感じだな」


 茜、茜ちゃん、あか姉、あーちゃん…… そんな風に呼ばれることがほとんどの茜にとって、その単語は特別だった。


「……もう一回、〝お姉ちゃん〟って言ってみて」


「?」


 赤面する茜と不可解な要求に、クロは怪訝そうな顔をする。


 しかし、結局は素直に従っていた。


「お姉ちゃん」


 他人に見せられたものではないだろう。そう呼ばれた瞬間にも、茜は自分の顔を手で覆い、更に下を向く。


「どうかしたのか?」


「い、いや、何でもないよ」


 心配して立ち上がりかけたクロを、茜は慌てて制止する。今近寄られたら、余計に症状が悪化するだけである。


 しばらく時間を置くことで、興奮はようやく収まってきた。それどころか、あたかも潮が引くように、普段以上に冷静になる。


 だから、茜は前言を翻していた。


「まぁ、でも、何だかんだお姉ちゃんはお姉ちゃんだと思うよ」



          ◇◇◇



「えーっと……」


 翠が眉間に皺を寄せる。


 夕方、翠はリビングで春休みの宿題をやっていた。というか、もう新学期が間近なので茜がやらせていたのだった。


「あか姉、ここなんだけど」


「ちょっと待って。今、いいところだから」


 そうストップをかける茜。読んでいた小説が、ちょうどクライマックスを迎えたところだったのだ。


 しかし、翠は止まらない。


「何で他人の教科書熟読してんのさ」


『新・国語(小四)』を読みふける茜に、白い目を向けながらそう言った。


 その一方、クロも読書の真っ最中だった。クロはクロで理科の勉強をしていたのである。集中している様子で、こちらは静かなものだった。


 そんなクロも、名前を呼ばれると本から顔を上げた。


「クロちゃん」


 葵はにこやかに尋ねる。


「晩御飯、何か食べたいものある?」


「お寿司」


「翠には聞いてないでしょ」


 即答する翠を、茜はそう一喝した。


 これに遅れてクロが口を開く。もっとも、翠とは別の意味で答えになっていなかったが。


「私は別に何でも構わないが」


「寿司!」


 それが一番困るとばかりに、葵は悩ましげな顔をする。


「何でもいいかぁ……」


「寿司!」


 葵の言い分も分かるが、茜はクロの返答にも理解を示していた。


「こっちの料理よく知らないんだし、仕方ないんじゃないの」


「寿司!」


「そうねぇ……」


「寿司!」


 そう相槌を打ったものの、心から納得したわけではなさそうだった。葵はどこか不満の残ったような表情をする。


 が、その理由を聞く前に、茜には言っておきたいことがあった。


「寿司! 寿司!」


「翠、うるさい」


 いつまでも連呼をやめない翠に、茜はうんざりしながら言った。ここまで無視され続けているのだから、いい加減諦めて欲しいものである。


 しかし、注意された翠は諦めるどころか、別の手段まで取ってきた。


「お願い、お姉ちゃん(・・・・・)


「あっ、なっ」


 顔は紅潮し、言葉は出なくなり、そして頬は緩む。上目遣いで甘い声を出す妹に、茜は分かりやすいくらいに狼狽していた。


 それでも自分の理性と周りの目のおかげで、今日もなんとか翠のおねだりを拒否することができた。


「そんなこと言っても、ダメなものはダメだから」


「チッ」


 可愛げのない舌打ちをする翠。先程の仕草との落差に茜は呆れてしまう。


 ただ、翠が不機嫌になるのも理解できないわけではなかった。意見を全く聞き入れなかったのは流石に可哀想ではないか。もう少し譲歩してあげるべきだったかもしれない。


 そう考えて、茜は条件を付け加えて聞き直す。


「せめて私たちが作れるものにしてよ」


「じゃあ、猫まんま」


「それはちょっと舐め過ぎだよ」


 翠の返答に、茜は顔を顰めた。



          ◇◇◇



「晩御飯できたわよ」


 葵の呼びかけに、翠は宿題をほっぽり出して「はーい」と飛んでくる。


 そして、テーブルに並んだ料理に歓声を上げた。


「やった!」


 これには、クロも目を見開く。


「ほほう」


 意図した通りの反応である。茜は気を良くして説明を始めた。


「魔界じゃあ、肉は生で食べるのが普通なんでしょ?」


「うむ」


「てことで、お姉ちゃんの提案でローストビーフにしたの」


 茜はまた、外側以外は赤いままの肉を指して、「タルタルステーキでも良かったんだけど、完全に生はちょっと怖いからね」とも続けた。菌が湧くのはあくまで肉の表面だから、ローストビーフや牛肉のたたきのように、外側だけでもしっかり加熱すれば食中毒の心配はないのだそうである。


 しかし、クロはそれよりも、葵の提案ということに関心を持ったようだった。


「ほう……」


 視線を葵に向けるクロ。何か言う代わりに、葵はにっこりと笑みを浮かべた。


 反対に、最前まで喜んでいた翠の顔からは笑みが消えていた。


「……ところで、私の分は?」


「ないけど」


「え?」


 驚く翠の様子を気にも留めず、茜は淡々と告げる。


「代わりに、冷蔵庫にパックのお寿司が入ってるから」


 珍しく本気でショックを受けたようである。翠は固まってしまっていた。


「いや、冗談冗談」


 茜は慌てて冷蔵庫から翠の分のローストビーフを運び出した。


 翠が「もう、びっくりさせないでよ」と怒るので、茜は「ごめんごめん」と謝る。


 その傍ら、葵は思い出したように口を開いた。


「そうそう。冷蔵庫にウィークエンド・ショコラがあるから、デザートにでも食べてね」


 ウィークエンドは名前の通り、「週末・・に家族や友人といった大切な人と一緒に食べる」という意味合いのケーキである。レモン味のウィークエンド・シトロンが一般的だが、今日葵が作ったのはチョコレート味の方だった。


 合点がいったように翠は言う。


「何かごちゃごちゃやってると思ったけど、ケーキだったのかー」


 葵は「ええ」と返事をして、それからクロの方を見た。


「作ってあげるって約束だったものね」


 以前デパートで買った、チョコレートを使ったお菓子のレシピ本。今日葵が悪戦苦闘して作ったのは、そこに掲載されているものだったのだ。


 これを聞いて、クロはお礼を言うような、謝るような返事をした。


「私の為に色々してもらって、何だか悪いな」


「いいのよ」


 クロの申し訳なさそうな態度に対して、葵はあくまで優しく言い聞かせるような口調で諭す。


「家族なんだから、これからは遠慮しないで何でも言ってね」


「……うむ」


 クロはゆっくりとそう頷いた。



          ◇◇◇



 夕食後、リビングで寛ぐ最中に茜は尋ねる。


「何だかんだ、お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょう?」


「お姉ちゃんだなぁ」


 件のケーキを前に、よく分かったとばかりにクロは首肯した。


 茜はなおも言う。


「お姉ちゃんなんだよ」


 クロもそれに続いて復唱する。


「お姉ちゃんかー」


 この様子を、翠は奇異の目で見ていた。


「二人して、さっきから何意味分かんないこと言ってんの?」


 これに対し、茜はしみじみとこう答える。


「いやー、優しさが一番の魔法だなー、と思って」


「何そのクソみたいなオチ」

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