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こんぱにおんでびる  作者: 我楽太一
第三章 青い魔法使い
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1 黒魔法

 春休みのとある日の夕方、リビングでは翠がTVゲームをプレイし、横に座ったクロはその様子をただ眺めていた。


 茜にも身に覚えがあるが、他人のプレイを見たり、それについて会話したりするだけで、クロは十分楽しめるようだった。もっとも、クロの場合はゲームそのものではなく、その科学技術や文化に興味を持っているような節があるが。


 一方、茜と葵はキッチンに立っていた。夕食の支度をしていたのである。


「晩御飯何?」


「今日はミートローフよ」


 翠の質問に、葵はそう答えた。


 これを聞いて、クロはむしろ困惑したような表情になる。


「……何だって?」


「うーんと、前にハンバーグ食べたじゃん?」


「うむ」


「あれの親戚みたいな」


 翠は大雑把にそう説明した。


 ただ、ハンバーグに似ているというのは、葵がメニューを決める上で重視した要素だった。


「クロちゃん、気に入ってたみたいだから」


「そういうことか」


 合点がいったように言うクロ。それから謝っていた。


「気を遣わせてすまないな」


「いいのよ」


 申し訳なさそうな顔をするクロに対して、葵は笑顔でそう返した。


 会話が終わると、葵は作業に戻る前に茜に声を掛ける。話題は引き続きクロのことだった。


「やっぱり、クロちゃんの分の食器が欲しいわね」


「そうだね」


 茜はそう相槌を打った。今まではありもので間に合わせていたが、これから一緒に暮らすのだから一式揃えておいた方がいいだろう。


 また、それは何も食器に限ったことではない。


「あと、服もいるよね。いつまでも翠のおさがりじゃ可哀想だし」


「それと布団……はなくてもいいかしら? むしろ、ない方がいいかしら?」


「いや、いるから」


 意味深な微笑みを浮かべる葵に対して、茜はきっぱりとそう否定した。


 そうして、二人はまた夕食の支度を再開する。ハンバーグとの違いを明確にする為に、ミートローフのタネには雑多な野菜類を刻んで混ぜ込んだり、タネの周りをベーコンで覆ったりする必要があった。


 と、その内に、不意にクロがキッチンに駆け込んでくる。


 ゲームよりも優先順位が高いらしい。クロは起動した電子レンジをじっと見つめる。


「野菜を茹でてるんだよ」


 茜はそう解説した。付け合せに温野菜でも添えようと思ったのだ。


「ほう。単に温めるだけの装置ではないのだな」


 感心したようにクロが言う。そして興味を引かれたのか、続けて質問してきた。


「そういえば、これは一体どういう仕組みなんだ?」


「…………」


 ちょっと考え込んだ後、姉妹は三者三様の答えを出した。


「分子がどうとか、マイクロ波がどうとか」と茜。


「電気で動いてるんだよ」と翠。


「科学の力よ」と葵。


 一見ばらけているようで、結局のところ言っていることは同じだから、クロはそれを端的にまとめた。


「お前たちが全然分かっていないということはよく分かった」


 姉妹があてにならないのを悟って、自分の目で見極めようと電子レンジを観察するクロ。そのまま、茹で終わるまでずっとそうしていた。


 まるで新しいおもちゃを前にした子供である。レンジから野菜の入ったタッパーを取り出しながら、茜はからかうように声を掛けた。


「そんなに電子レンジが気に入った?」


「うむ」


 そう頷くと、クロは小難しい顔をして続ける。


「魔王として、是が非でも知悉しておくべき事柄だと思う」


「?」


 魔王として、とは一体どういう意味だろうか。不思議がる茜に対して、クロはその理由を説明した。


「以前、魔法によって生まれる格差の話はしただろう? その解消の為だよ」


 これを聞いて、茜はようやく思い出す。魔法の習得の可不可は生まれ持った才能による部分が非常に大きく、その為に魔界では魔法の才能の有無で暮らしぶりが大きく変わってしまうのだそうである。クロはその格差の解消の為に、使うのに特殊な知識や技術を必要としない電化製品に目をつけたのだ。


 クロは更に話を続けた。


「気付いたら人間界にいたわけだから、気付いたらまた魔界に戻っているということも十分考えられる。その時に、人間界でただ無為に日々を過ごしたとあっては、魔王として恥ずかしいからな」


「そ、そっか」


 茜は思わずたじろぐ。先程クロのことを子供みたいだと笑ったが、むしろ自分よりはるかに大人ではないか。


 しかし、クロも満更魔王としての義務感だけで動いていたわけではないらしい。


「そういう立場を抜きにしても、科学というのは興味深いよ。魔法なしに魔法のようなことができるのだからな」


 細かな理屈はともかく、科学に基づいた仕組みがあることは理解しているのだ。そういう予備知識さえない状態で電化製品を見せられたら、確かに魔法と変わらないかもしれない。茜は「高度に発達した科学は魔法と区別がつかない」というお決まりのようなフレーズを思い出していた。


 そうして科学に関心を寄せるクロに対して、翠は正反対のことを口にする。


「私は科学より魔法の方が羨ましいけどなぁ」


 そう言うと、魔法を使うジェスチャーなのか、うねうねと指を動かした。


「遠くのものを動かしたり、未来に何が起こるか予知したり、過去の時間に遡ったり……」


「それは超能力では」


 区別がつかない様子の翠に、茜はそうツッコんだ。


 翠の発言で気になり出したのか、今になって葵が尋ねる。


「そういえば、人間は魔法を使えないの?」


 この疑問に対する答えは茜も好奇心がそそられた。葵と一緒になってクロに視線を向ける。


「おそらくだが無理だろうな」


 クロは言下にそう否定すると、その理由を明かした。


「魔法を使うには魔力が必要だ。だが、こちらに来てからは、人間どころか、あらゆる物体から一切の魔力を感じていないからな」


 少し残念な気もするが、茜も葵も予想していた答えではあった。もし人間も魔法を使えるのなら、とっくに翠が教わっているに違いないからだ。


 ただ、この説明を聞いて新たに疑問が浮かんだようだった。葵は重ねて尋ねる。


「魔界では物にも魔力があるのね?」


「ああ。だから本来魔法を使う際には、それも利用するんだよ。逆に、物体に魔力の含まれていない人間界では、力が制限がされてしまうな」


 魔法には魔法なりの理屈があるらしい。クロの回答に、葵は「へー」と興味深げな顔をしていた。


 茜も同じく興味が湧いたので、今度は自分から質問する。


「じゃあ、魔界なら前に見た時以上の魔法が使えるってこと?」


「そうだな」


 一旦頷くと、それからクロは具体的に答える。


「その気になれば、軽く十倍は出せるだろうな」


「魔界半端ないな」


 初日に見た魔法でさえ、既に兵器と見紛うほどの威力だったのだ。軽く十倍は出せるというのなら、それこそ本当に世界を終わらせられるのではないか。それ自体が既に驚きだが、その上で魔界で国家が成り立っているらしいことも驚きである。茜は固まってしまった。


 しかし、そんなクロの話に逆らうように葵は言う。


「でも、実を言うと、私は魔法を使えるのよ」


「何? 本当か?」


 魔王だけに魔法には一家言あるのだろう。自分の予測を覆されたクロは驚きの声を上げていた。


 対して、葵は余裕たっぷりに続ける。


「じゃあ、見せてあげましょうか」


 そう言うと、もったいつけたようにリビングまで移動した。


 茜も気になって、葵の後についていく。魔王のクロが早々予測を誤るとは思えない。また、葵が魔法を使うところなど見たことがない。常識に照らし合わせたら、冗談か何かだとしか考えられなかった。しかし、だとすると、あの自信はどこから来るのだろうか。


 それで茜は、翠に小声で尋ねていた。


「どう思う?」


 翠はこれに、無関心そうにゲームを続けながら答える。


「どうせ〝優しさが一番の魔法なのよ〟とか、そういうクソみたいなオチでしょ」


「あー……」


 翠の口の悪さはともかく、葵が言いそうなことではある。茜も納得してしまった。


 ところが、葵は全く予想外な言葉を口にしていた。


「この呪文を唱えると、相手は苦しみにのたうちまわるの」


「ほう」クロは興味深げに相槌を打つ。


「ん?」茜は怪訝な表情を浮かべた。


 そして葵は、そんな茜を指して言う。


「光の勇者ブランチュール・リュミエール!」


「ぐああああああああああああああああああああ」


 茜は苦しみにのたうちまわりながらそう叫んだ。

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