ツマラナイ世界
長い長い夢を見た気する。
ーーーーーーーー……
「……いっ!………おい!起きろっ!授業中 だぞ!」
大きな怒鳴り声に目を覚ますと、ちょうど目の隣をチョークが横切っていた。
「くそう。今日はうまく当たらんかったな!ハッハッハッ!」
目の前で、数学の境先生が下品な声で喚き散らしている。
今の時代、生徒にチョークを投げる教師がどこにいるのか。しかも笑いながら。現代では珍しい何とも古典的な人である。
まあ、悪い人ではないんだが…
「クスッ……」
他の生徒も失笑しているじゃないか。
ああ、くそう、恥ずかしい……
「今日も先生と二人でコントでもしてるのか?」
隣に座る高木智が楽しそうな笑みを浮かべて、ちょっかいをかけてきた。
こいつは僕の小学生からの幼馴染みだ。
「それにしても、本当に面白いな。一番前の天皇席で熟睡するやつもおかしいけど、なんで境先生はあの距離でチョークを当てられないんだよ、いつもいつも。実はお前のことが好きで好きで当てられないんじゃないか?」
「うるせえ。そんなわけねーだろ。」
ああ、普段の日常だ。
こんな日々がずっと続いている。
高校二年、佐久間翔太はこんな日々を退屈に思っていた。日常がマンネリ化して、毎日になんの新鮮味も感じなくなっていた。
なにかに打ち込むこともできず、誰かに恋をするわけでもできなかった。
そもそも、恋心を抱くことがなかった。
学校一の美少女を見ても、綺麗な人だ、と感心するばかりで、可愛い子に告白されたとしても、その子を好きになることはなかった。
ちなみにここで言っておくが、俺はイケメンである。
こういうことを自分で思ってしまうところが残念なのかもしれないが、イケメンはイケメンなのだから仕方のないことだ。
才能はそこそこ。何事も器用にこなすが貧乏であった。なにかをやってもゴールは全て中途半端で……だからこそ何事にも真剣に向き合うことが出来なかった。
そんな俺だからこそ、人生が退屈に思えてしまうのだろうか?
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、1日が終わる。
「あー、やべえなー。明日のテストの勉強全然やってねーー。サクはどうなんだ?」
「あー、そーだなー、やべえなー」
「お手本のような棒読みありがとう。お前に聞くのが悪かったよ。」
「仕方ねーだろ。トモはバカだけど、俺はそれなりにできちまうんだから。」
「くっそー!腹立つ奴め!明日覚えとけよ!」
「何の捨て台詞だよ。ふっ、まあせいぜい頑張れよ。」
これもいつも通りの帰り道の光景だ。
家に帰ってもなにもする気がおきない。勉強はしたくない。かといって、明日のテストを考えると、遊ぶことも気が引ける。
長い思索の末、たどり着いた答えは部屋の片付け。
「テスト期間になると部屋の片付けをしたくなるよな、なぜか。」
これもよくある話だ。
早速、始めることにした。
まず、倒すべきは押入れに投げ捨てられたプリントの山といったところか。
高校で配られるプリントの量は莫大で、その半年間のすべてをここに塞いできた。
魔法かなにかできれいになっていてくれと願いながら押入れを開けるも、その想像以上の量に目を見張ってしまった。
「紙も積もれば山となるねぇ……。」
そんなしょうもない独り言の陰で何かが聞こえた。
「……………………………………。」
蚊が唸るよりも小さいであろうその音に聞き耳を立てた。
「………………………っ…………。」
人の声のように聞こえた。
「押入れから声がするなんて、ホラー映画か何かか?」
僕は寒気を覚え、恐る恐る押入れの奥を覗いた。
「なんだ…これは…。」
そこには押入れの小さな闇を照らす青色の宝石があった。
宝石といっても、大きさは小さな石の欠片程度だった。
ただ、その宝石はひたすらに僕を魅了していた。
それを見た僕は僕を失っていた。
つい先ほどまで感じていた恐怖心は仰々しい好奇心に打ち負かされていた。
その宝石を手に取り僕はこう感じた。
なんて美しいんだろう!なんて神々しいんだろう!
それは今までの17年で経験したことのない感覚。
身の毛がよだち、鳥肌をたて、身震いさえした。
この世界が初めて輝いて見えた。
ーーそのとき、偶然だったのだろうか……
それとも運命なのだろうか……
はたまた、神のいたずらであろうか……
その宝石は僕の手から滑り落ちた。
ーーパリーンッーー
空間が捻れる音がした。