インターミッション
初日に起きた出来事を話し終えた時、湯坂先輩は両手で顔を覆し、ガタガタと震えていた。
私が体験した事と、ほとんど一緒よ。と呟き、唸るような声を上げながら俯いた湯坂先輩を、僕らはただ見守るより他になかった。
「やっぱり……幽霊なの? 私、姿は見たことなくて……。本当に、白いチャック付きのフードで顔を隠して……」
「……ええ。そんな格好でした」
僕の代わりにメリーがそう頷くと、先輩はますます顔を叫びの形にして、指の間から覗いていた目を指で隠した。嫌々するように身体を揺する先輩は「徐霊とか出来ないの?」「他には何か訴えてこなかった?」などと聞いてくる。僕はそれに対して徐霊は出来ないこともないが、難しいということ。初日は他には何もなかった。という事を丁寧に説明した。
「初、日……?」
「ええ。初日です。あの白フード。毎日来るようになったんです。きっかり二十二時二十三分に、冷蔵庫のノックと共にやってくる」
あれのお陰で、あの部屋の冷蔵庫を極力使わなくなったのは言うまでもない。因みに、お風呂の一件は初日だけだったと追記しておく。
「心当たりとかは?」
「全くないわ。事故物件なんじゃないかって調べたけど、特に何も出てこなかったし」
「ああ、先輩もですか。実は私もなんです。周辺の事件とかは調べました?」
先輩の顔が、「え?」というように凍りつく。もしかして、何かあったの? 分かったの? という反応が、ありありと見て取れた。それに気を良くしたのか、メリーは楽しげに微笑みながら、話してあげて。というように僕を見る。それに曖昧に頷きながら、僕は先輩の方へ目を向けた。
「正直、先輩の部屋で起きた出来事は、さっき語った事と、もう一つで終わりなんです。結論から言えば、あれの正体は最後までわからずじまいでしたから。……でも、あのハイツ周辺で事件が今までなかった訳じゃない。案外その中の犠牲者だったのかもしれません。……どうにもあそこは、色んな事情を抱えた人が多過ぎる」
最初にも言ったが、あのハイツは常人が住める場所ではない。定住するのに必要なのは、頭のネジが外れている事。それが前提である事はそれ即ち……。
「たまにあるんです。悪意や、狂気がない混ぜになっていて、傍に寄る有象無象を、少しずつおかしくしていく。そんな場所が」
俗に言うホラースポット。あるいは、逆パワースポットとでも称するべきか。裏野ハイツは、まさしくそれだった。
僕が語る意味を察したのだろうか。湯坂先輩は、「まさか……」と、顔面蒼白のまま下唇を噛んだ。その予感を肯定するように、僕は頷いた。
「〝何かがおかしい時は、真実が隠れてないか気をつけろ〟……おかしいのは、先輩の部屋だけじゃなかったんです」
バーナード・ショーね。と、メリーが隣で補足する。
そう、彼処に住んでいる人達もまた、ひどい真実を内包していた。知らなければよかったと思える真実が。
次はそれらについて語ることにしよう。
ただ、先に予防線というか、情けない話をさせて貰うと、僕らは真実を引きずり出しはしても、そこにあった問題は何一つ解決しなかった。出来なかったのだ。
これは淡々とした結果報告。誰も救わず、救われない。僕らもまた翻弄されただけで、それが最終的に怪談のような何かになった。それだけの話。
よろしければお付き合いいただきたい。




