九夜目
二人は明かりが消えた部屋の中、体を寄せ合って冷えたベッドを温めました。天窓からはシャンデリアのようにキラキラと瞬く、たくさんの星が見えました。
まるでお姫様のベッドのようだ。ジョンがボンヤリと考えていると、同じように星を眺めるトニーがボソリと呟きました。
「ジョンはどこにも行ったりしないよね?」
まだまだ冷たいベッドの中でジョンはクルリと体を捻らせてトニーに向き直りました。
少し、震えているようでした。
「なんだい突然。」
「ううん。なんとなくだよ。……、なんだか恐い夢を、見たんだよ。」
誤魔化しているとジョンは気づきました。ですがジョンは、本当のことを言わないトニーをあやすことにも慣れていました。
「大丈夫だよ。僕に『ジョン』って立派な名前を付けたのはトニーじゃないか。だから例えトニーが僕のことを嫌いになったとしても、世界中の他の『ジョン』とは違う。トニーが呼ぶ『ジョン』だけが僕なんだ。だから僕がいられるのはトニーのところだけなんだよ。」
トニーの温かい吐息でジョンの耳がこそばゆくなる頃にはトニーの震えも止まっていました。
寒さで震えていただけなのかもしれません。ジョンはトニーのことを信じていましたし、同じようにトニーもまた、ジョンのことを信じているのですから。
自分を撫でるトニーの手つきがだいぶ穏やかになったのを確認すると、ジョンは独り言のように呟きました。
「明日またエーデルワイスのところへ行くのかい?」
トニーは息を止めて考えました。そして――――、
「行くよ。毎日、行くよ。」
しっかりとした声で言いました。それに答えるようにジョンはトニーの胸の中に顔を埋めました。
「明日、何時に起きようか。」
「そうだね、なるべく早い方がいいな。朝日が見たい気分だから。」
「だったらどっちが早く起きれるか勝負だね。」
二人はベッドの中でクスクスと笑いながら、静かに眠りに就きました。
「トニー、起きなよ。僕の勝ちだよ。」
トニーはジョンの冷たい鼻に押されて目が覚めました。窓の外はまだ微かに白んでいるくらいで、東の山間に太陽の姿は見えません。代わりに、西の方角に厚い雲が見えました。
「雪が降りそうだね。」
息を吐くと、蒸気機関車のように濃密な白い煙が昇りました。
「サンタってどうなんどろうね。」
「何がだい?」
「休みさ。学校みたいに大雪になったら休みになるのかなってこと。」
ジョンはトニーにサボり癖があることを知っていて茶化したのです。トニーのマグカップを咥えてクスクスと笑いました。
「僕だってサンタになったんだ。ジュニアスクールの時とは違うんだよ。」
トニーは頬を膨らませながら、温かいミルクを受けとりました。
ボンヤリと白い息を見ていると、隣でジョンが笑っているのに気づきました。
「まだ笑っているの?」
「いやいや、トニーの鼻が真っ赤だからさ。まだ見慣れなくて。」
壁掛けの鏡に映すとそこには確かに、産まれたての赤ちゃんのように真っ赤な鼻を付けたトニーサンタがいました。
なんだか一見して格好悪い姿に見えましたが、トニーはニヤニヤと笑っていました。
「嬉しいのかい?」
「そうだね。だって僕、サンタになれたんだよ。」
仕事のことはまだ何も分かりません。それでも誰かを幸せにすることができる人間になれたことがトニーには嬉しくて仕方がありませんでした。
『たくさんエーデルワイスのことを考えよう。そして、絶対に僕の初仕事にするんだ。』エーデルワイスが笑う姿を想像すると、ニヤニヤはますます止まらなくなりました。
「今日は何をするんだろうね。」
自分の分のミルクを飲み終えたジョンはトニーの足先に乗って、湯タンポ代わりになりました。
「そういえばロビンソンさん、何も言わなかったけれど、迎えに来てくれるのかな。」
ミルクを飲み終えると、ちょうど山間から朝を告げるダイヤモンドがキラリと光って顔を出しているところでした。
「少し散歩しない?戻ってもロビンソンさんが来てなかったら二人で工場に行こうよ。」
言うが早いか、ジョンの答えを待たずに着替えを始め、置き手紙の内容をボソボソと口にしていました。
「トニー、なんだか今日はえらく張り切ってるじゃないか。」
「だって、元気が幸せの素なんでしょう?ジッとしているより動いていた方が気分いいからさ。」
それもそうだとジョンもブラリと下ろしていた尻尾をパタパタと振って、今日はどんな臭いに巡り会えるのかを想像しました。
「僕にもマフラーと帽子を着せてくれよ。」
タンスの中に入っていた真っ赤なマフラーと真っ赤な毛糸の帽子をジョンにあつらえ、朝食のパンとミルクを持ってトニーはドアノブに手を掛けました。
「……熊っていないよね?」
「フフフ、大丈夫だよ。いざとなったら僕がトニーを乗せて空を飛んであげるから!」
前途洋々。トニーサンタは自信を持って扉を開けました。




