七夜目
「私はね、確かにサンタの村の長をしているのですけれども、私自身はサンタと呼ばれるようなことを何一つしていません。私は今だかつて、どなたかにプレゼントを贈ったなんて経験はないのです。」
昔話をしている間に、村長の姿はスッカリ黒の帳に溶けて無くなってしまいました。
ただ、ただ対面することすら叶わないワイスという人、そのものが哀しく儚いもののように思えました。それはまるで、涙の中に溶けてしまった塩のようなのです。
「1500年も生きているのに。一度も?」
トニーサンタはどこに視線を向けたものかと困惑していました。それ以前に、話しかけている『それ』が本当にさっきまで見えていた『エーデルワイス』なのかどうかも怪しく思えてきました。
「そうですね。私はこの通り、特別な体質なものですから。お互いを想うほど密に接するという機会がないのですよ。」
なんだか村長の話は筋が通っていないように思えました。それに、わざわざ気の遠くなるような昔の話を持ち出してきたというのに、トニーサンタが尋ねた『村長はどんなサンタ』という問いとほとんど関係がないように思えました。
「ワイスさんは喋るのが苦手なのかな?」トニーサンタは1500歳の大人か子どもか分からない相手に、どんな態度で接すれば良いのか迷っていました。
「ですからトニー、私がどんなサンタかと聞かれたなら『サンタの村の長ではあるけれどサンタではない』と答えるしかないでしょうね。」
ようやく返ってきた村長の答えは、トニーサンタが納得するにはほど遠いものでした。
「ワイスさんはどうして誰にもプレゼントを贈らないんですか?」
前置きにした昔話の結末が頭から離れないトニーサンタは思うままに質問をしました。すると、それまで黙って会話を見守っていたロビンソンサンタがトニーサンタの口を押さえました。
「トニー、私たちが見えない村長から、私たちが見えているという理屈はどこにもないのだよ。」
なんということでしょう。苦しく長い時間を耐え抜いたワイスはハッピーエンドに行き着いたのだと思い込んでいました。
「いいのですよ、ロビンソンさん。私は誰にも隠し事をしたくないのです。」
確かに、ワイスの世界にワイス一人きりということはなくなったのかもしれません。ですが、未だにハッキリとは見えていないのです。触れることもできないのです。1500年程度では声を聞き合うようになるだけで精一杯だというのです。
トニーサンタは愛犬のジョンを見下ろして背筋が寒くなるのを感じました。
もはやトニーサンタの疑問が一問一答で解決するのかどうか怪しいものですが、幼いトニーサンタは聞かずにはいられません。
「じゃあ、村の皆はどうやってサンタになったの?年をとらなくなって、世界中飛び回れて、沢山のプレゼントを作れるようになったの?それはワイスさんが皆にあげた魔法じゃないの?」
微笑とも、嗚咽ともとれるような声が向こう側から聞こえてくると、村長は少し間を置いて答えました。
「それはアルタイル、星たちのおかげなのですよ。魔女の知識を受け継いだ星たちが、色々と私たちの手助けをしてくれているのです。」
「どうして魔女はどこかに行ってしまったの?」「どうして星たちはワイスさんを助けないの?」「どうしてワイスさんは村長になれたの?」なんだか村長の答えがトニーサンタの疑問を生み続けているようでした。会話のキャッチボールというよりも、『疑問』という玉をひたすら拾い続ける1000本ノックをしているような気分なのです。
村長はトニーサンタが拾った『それ』に、時に率直に、時に回りくどく答え、トニーサンタに期待する何かを鍛えているようなのです。
ロビンソンサンタは村長の言いつけを守って、二人のやりとりに口を挟まないよう努めていました。
魔女はすでにワイスたちの住む世界を去り、自分の住む世界に帰ってしまいました。
この世界は魔女が友人に向けて贈ったプレゼントだったのです。プレゼントの人形がほつれてしまったというので修繕に立ち寄っただけだというのです。
トニーサンタたちの言う空に浮かぶ『星』は、魔女の残したメイドのようなもので、プレゼントが壊れないように手直しをし続けているのでした。今は直している最中で、決してワイスを放ったらかしにしている訳ではないのでした。
「皆が私の回りに村をつくり、その村の中心に私がいる。それだけの理由なのだよ。私が村長である理由は――――。」
「私たちはね、トニー、そもそもが『サンタ』という外国人であって、プレゼントをする老人という意味ではないのですよ。『サンタ』を名乗っているのはポピーさんの話を聞いた皆が、またこの世界に彼女が訪れることを願ってのことなのです。」
理由は分からないけれど、わざと長話をするために答えをはぐらかそう、はぐらかそうとしている。トニーサンタは確信しました。
トニーサンタは思いました。長話をする本当の理由は、最初の質問の答えに持ち出した昔の話の中にあるのだと。
トニーサンタはまだ幼い、幼い子どもですが、何とか村長の願いを聞き届けたい気持ちで一杯でした。それがトニーサンタにとっての最初の仕事のように思えたのです。




