三夜目
そこは、産業革命真っ盛りといった感じの村でした。村には赤レンガの工場がところ狭しと建ち並んでいます。工場は壁のいたるところから無骨な鉄パイプを走らせ、煙突からはモクモクと赤や紫、灰色の煙を吐き出していました。工場の中には赤い制服を着た、たくさんの老人が蟻のように忙しく働いている姿がありました。老人たちは同じ工場にいながら誰一人、同じ製品を作ってはいません。
その混沌とした様子は、『村』と呼ぶよりも、『巣窟』と呼んだ方が適切かもしれません。
都会で生まれ、都会で育ったトニーサンタにとって、それはあまりに馴染みのない光景でした。
そして『サンタ』に神秘的な印象を抱いていたトニーサンタは、その裏切りを前にして呆気に取られてしまうのでした。
「トニー、しっかりしてくれよ。誰かこっちにやって来るよ。」
ジョンに裾を引かれてトニーサンタは我にかえり、ジョンの指し示す先を見やりました。なるほど確かに工場の方からこちらに向かってくる小さな人影が見えます。ですが、その小さな人影は近づいても近づいても小さいままなのでした。
工場の塊から現れたのは、トニーサンタの案内をしようとかって出た一人の老人でした。
「アルタイルから聞いているよ。将来有望なサンタがやって来ると。」
背丈はトニーサンタよりも頭1つほど低く、手足は岩のようにゴツゴツとしていました。立派な髭を蓄えていて、煤けて赤い制服を真っ黒にしている老人は、プレゼントをつくるサンタというよりも、坑道で採掘作業をするドワーフのようでした。
「それにしても、本当に子どものサンタだとは。この歳になって久しく、驚いてしまったよ!」
老人サンタの豪快に笑う様は、ますますもって大酒飲みで知られる妖精のようにしか見えません。トニーサンタはというと、老人サンタの大声に驚いて思わず耳を塞いでしまいました。
「アルタイル、案内する場所を間違えたのかな。」そう、ぼやいてしまうのも仕方ありません。
「大丈夫、ここは君が望んで来た場所に間違いない。ここはサンタの村『エーデルワイス』。」
「エーデルワイス?」
トニーサンタは改めて村に視線を戻すのですが、彼が知っているその名の花の面影はどこにもありません。
「いやいや、君の言いたいことは分かるよ。確かにこの村に『純白』と呼べるような場所はないね。どこを見ても、くすんだ色の工場に、くすんだ色の空。初めて私がここを訪れた時も疑問に思ったものだよ。そんな時、今の私のように案内人がやって来て教えてくれたのさ。名前の由来はね、私たち自身だったんだよ。」
老人サンタは咳払いをすると、それまでの気さくで揚々とした口調から、訓示を述べる軍人のような貫禄のある声色に変わりました。
「『高貴な白』に恥じない仕事。それを維持し続ける『忍耐』。そうして得られる子どもたちの笑顔は私たちにとって最高の報酬であり、『大切な思い出』。」
まだ幼いトニーサンタは、『エーデルワイス』という言葉の意味も花言葉も知りません。老人サンタの言うことの半分程度しか理解できませんでした。ですが、大切なことを言っているのだということは分かったので、できるだけ憶えておくように努めることにしました。
トニーサンタの心構えを感じ取ったのか、老人サンタは満足げに頷きました。
「さあ、立ち話も飽きてきただろう?村の中を案内することにしよう。」
老人サンタは孫を得たおじいさんのように嬉々とした表情でトニーサンタの前を歩き始めます。
「ごめんなさい、おじいさん。僕はトニーといいます。こっちは親友のジョン。僕はお父さんに、知らない人には付いていってはダメだって言われているんです。だから、おじいさんの名前も教えてもらえませんか?」
老人サンタはまた、大地の精のように豪快に笑いました。まだその大声に慣れないトニーサンタもまた、反射的に耳を塞いでしまうのでした。
「いやいや、すまないね。君のようなサンタに出会えて少し興奮していたんだろうね。私の名前はロビンソン。ここで一番の新米だよ。」
トニーサンタは驚きました。
「新米って、ロビンソンさんはいったい、いくつなんですか?」
腰まである立派なアゴ髭を撫でながらロビンソンサンタは考えました。
「確か…、今年で130と少しになるのかな。」
トニーサンタはさらに驚きました。こんなに元気な130歳を見たことがないからです。
「ここの人は皆、そんなに年寄りなんですか?」
ロビンソンサンタはまた笑いました。
「そうだね。一番の年寄りは2000歳を越えてると聞いているよ。」
もう、言葉も出ません。トニーサンタには何がどうなっているのか全く理解でしません。
「でもね、可笑しな話。この村の長は君よりも幼い容姿をしているのさ。」
「どうしてなんですか?」
もしかしたらサンタは本当に魔法使いなのかもしれない。
トニーサンタは少しだけ恐くなってしまいました。
「さあねえ。私もサンタになってから、どうしてだか年をとっても体は弱らなくなったよ。いや、むしろ年々若返っている気もするな。」
確かにロビンソンサンタの身のこなしを見る限り、トニーサンタとかけっこをしてもひけをとらないように感じられました。
「でも、心配することはないよ。少し普通の人とは違うかもしれないけれど、サンタはお化けじゃないし、蝋燭を灯して儀式をすることもない。妖精に近いのかな。それに、こう言って安心しろというのは可笑しいかもしれないけれど、サンタも死ぬ時は死ぬのだよ。」
妖精という言葉だけが、トニーサンタの不安をほんの少し和らげてくれました。
「まあ、その時が来るまでの夢だとでも思ってくれればいいさ。」
「僕はまだ10歳なんですが、僕にサンタができますか?」
改めて村へ向かおうとするロビンソンサンタの足を止めるためだけに尋ねた疑問は、思いもよらずロビンソンサンタの顔を曇らせました。
「正直に言うと、分からないね。本当に、君のような若いサンタは初めてのことだから。」
けれどもすぐに、持ち前の陽気な性格でトニーサンタを励まします。
「だが、何事も経験さ。私たちも初めはたくさん失敗したものさ。それにアルタイルが見込んだサンタなのだからもう少し自信を持って臨んでみても間違いはないと思うのだがね。あと、敬語は不要だよ。確かに私は君の先輩であり、君よりも年寄りだ。でも、サンタは皆、あまりそういった関係が好きじゃないのさ。」
「アルタイルは僕の他にもサンタを連れてきたことがあるんですか?…、あるのかい?」
老人サンタは満足げにトニーサンタの肩を叩きながら答えました。
「そうだよ。何を隠そう、この村の長を連れてきたのもアルタイルなんだそうだ。それに、サンタは敬語を嫌うって言ったけれど、村長に対してだけは別のようだね。」
「どうして?その村長っていったいどういう人なの?」
二人のサンタの顔を代わる代わる見上げていたジョンが尋ねました。
「そりゃあ、村長と言うくらいだから大した功績を残した人じゃないかな。ここの古株連中はいたく尊敬しているようだしね。」
「知らないの?」
「会ったことはあるのだけれどね。自慢話を好まないのもサンタたちの特徴といったところかな。」
「僕、村長さんに会ってみたいよ。」
トニーサンタにとってそれは、工場見学よりもよっぽど重要なことのように思えました。一方で、サンタの正体を見極めようという魂胆もありました。
「そうだね。一度彼に会ってみれば、君の不安も拭えるかもしれないな。」
「ありがとう。」
「なあに、ここにいる限り、私たちはかけがえのない同僚だ。何の気兼ねもしなくていい。」
ロビンソンサンタはアゴ髭を撫でながら陽気に応えました。




