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愛しき聖夜

「ああ、ジョンかい。大丈夫、少し眠っていただけだから。」

そこは暗く、冷たい部屋の中でした。

「ジョン、僕の顔、まだ見えるかい?」

青年は寄り添う小さな犬をしっかりと抱きしめました。犬は小さく尻尾を振り、主人の顔を一度だけめました。

「僕はまた、ここに帰ってきてしまったんだね。」

青年は夢を見ていました。何度も、何度も繰り返される夢。

「懐かしい香りがするね。」

暗室の外ではエーデルワイスが咲き誇っていました。窓もなければ通気孔もない。それでも青年はそれを嗅ぎ付け、夢を見ていました。

「もう、そんな季節なんだ。気づかなかった。」

目を開けていても何も見えない世界。彼は、いつかその先に見つけたいものが現れると信じていました。


「316番、面会だ。」

聞き慣れた看守の声。扉が開かれ、眩しさに目を閉じていると看守に急かされ、彼はノロノロとぼうをでました。

併設された小さな工場を横目に、彼は面会室まで通されました。

「兄さん。」

強化ガラスの向こうには野ウサギがいました。小麦色で鼻も口も小さく、目のクリクリした、車イスの女の人。

「兄さん、私が分かる?リザよ。久しぶりね。元気に……、元気にしてた?」

青年はよく知っていました。知っていましたが、思い出せません。思い出さない方が良いのかもしれません。名前も、思い出も。どうして自分の顔を見て泣いているのかも。

でも、『彼女のためにここにいる』その決意は忘れていませんでした。あと、この子は人形が好きだ。


「孤児院のお義母かあさんたちも皆、元気なのよ。私たちもけっこう年取ったのに、誰もかないの。元気すぎて困っちゃうわ。兄さんのこと、まだ帰ってこないのかってうるさいのよ。」

彼は『母』と聞かされて胸がチクリと痛みました。

「兄さん、私、元気でやっているわ。義母かあさんたちも待ってる。だから兄さんも早くおつとめを終わらせて、また一緒に暮らしましょう。」

向こう側の監守が彼女に時間がきたことを告げますが、彼女は青年の顔を伺い、躊躇ためらっていました。

そして、とうとう彼の想いを察した彼女は、意を決して打ち明けるのでした。

「本当は帰ってきてから驚かそうと思ったんだけど、実は、母さんが見つかったの。」

不意に、青年の肩が震えました。

「小さな町で細々と暮らしてた。一人で。匿名の仕送りもやっぱり、母さんだったよ。だから、早く、帰ってきてね。」

そうか。青年は気づきました。

今夜は聖夜。サンタが良い子どもの下に幸せを運んでやって来る日なのだと。

独房に戻り、青年は繋がれた犬を抱きしめ、伝えました。

「ジョン、やっと、私もサンタになれそうな気がするよ。」


18才のクリスマスの日。僕は孤児院を抜け出し、世界中を回った。すると、妹みたいな子ども、もっと酷い境遇の子どもがたくさんいることに気づいた。

けれども、どうすることで彼らのサンタになってあげられるのか分からなかった。

僕はバカなんだ。たくさん勉強しなきゃならない。だから、たくさんの人にたくさんのことを教えてもらった。

そうして僕は翌年のクリスマスの日、本物のサンタクロースに出会ったんだ。


「僕の名前かい?」

「だって、僕の願いを叶えてくれる人の名前くらい知っておきたいじゃないか。」

あの人は若い恒星のようにキラキラした人だった。意見は誠実さを語っていて、声には勇気があった。彼をしたう人の多さが、僕に答えの在処ありかを教えてくれたんだ。

「アルタイルだよ。アルタイル・ビルマ。よろしく、アントニー・マルセイユ。」

聞けば同じ孤児院の出だという。すぐに打ち解けた。彼は僕が得てきたものよりも遥かにたくさんの真実にたどり着いていた。知らず知らず僕は彼に心酔しんすいし、彼の答えが世界の真理だと信じるようになった。

そうして語る彼の理想郷に、僕の大切な家族を住まわせたいと思うようになった。とても幸せ。そうに違いないと確信したからなんだ。

僕は幸せな家族の復活を願って、アルタイルの隣に立つようになった。


「妹に伝えてない?」

「そうなんだ。孤児院に残したまま、ずっと連絡してないからきっと心配している。」

「本当に君は良い人間のようだ。君のような仲間と一緒に戦えて僕は誇りに思うよ。」

程なくして彼は、妹に連絡をとってくれた。

『兄は無事、元気にしている。気にするな。こちらは危険。待っていろ。迎えにくる。』


「紹介しよう。ここの一番の古株だ。」

「こんにちは、青年。私はロビンソンだ。ロビンソンというが、無人島で生活をしたこともなければ冒険野郎でもない。つまり、君と同じ()一般人だ。そして君の先輩だ。」

彼の笑い声で耳が潰れそうになったのを憶えている。

「彼からたくさんのことを学ぶと良い。経験も知恵も彼に並ぶ者はいないよ。」

言葉の通りロビンソンさんは50手前という年齢を感じさせない超人的な技能を持った人だった。

銃の扱い方、撃ち方を習い、あらゆる戦術、話術を学び、アルタイルの右腕としての力量を備えていった。

それは今までにない満ち足りた時間であり、幸せに近づいているという実感に溢れた時間だった。


そして僕はたくさんの人を殺した。良い人だったのか、悪い人だったのか。それはあまり考えないようにしていた。むろん、その頃の僕は道徳や倫理についても理解はあった。

それでも彼らは『敵』であって、『家族』ではない。そう考えなければ彼の理想郷を築くことはできない。僕は『天使』としてよりも、『人間』として物事を割り切らなければならなかった。

なぜなら、僕は簡単に『死ぬ』のだから。


けれども、もちろん人殺し以外のこともたくさんした。食べられない人々、子どもたちに食べ物を与え、食べられる知恵と技術を教えた。

芸術や学問を教え、理想郷の素晴らしさもいた。


21才のクリスマスの日、アルタイルは僕にリーダーの座を譲ってくれた。僕は邁進まいしんした。アルタイルは真剣に僕に向き合ってくれたし、サポートもおこたらなかった。

けれども僕は訪れる審判の日にあらがうことができなかった。アルタイルは目の前で処刑された。しかし、それはアルタイル自身がそういう条件を提示したからだった。

それが僕には理解できなかった。仲間たちの中にはそれを受け入れた者もいたが、僕は彼らを憎むことなどできない。『家族』と認め合った彼らを愛することはできても、だ。


僕らは彼らの言う『施設』に押し込められ、毎日の労働を強いられた。

しかし、一定の成果を満たすことで釈放されると分かると彼らは真面目に働きだすのだった。

「お前は家族に会いたくないのか?」

それは僕が最も恐れていた言葉だった。『家族』と銘打めいうてば()()()実行してしまうような自分たちに気づきたくなかった。


僕は一人腐った。リーダーになり、彼の意志を受け継いだ人間として、理想郷の実現は遵守じゅんしゆすべき使命であるはずだった。

それを否定するような言葉を吐いた看守に暴行を働き、僕はこの部屋に押し込められた。

誰も訪ねて来ない。真っ暗で自分の顔もろくに見えない。泣いても、笑っても誰も答えない。

そのうち、定期的に放り込まれる食事に幸せを覚え始めるくらい僕はオカシクなっていた。

ある日、サンタが僕に一匹の犬を寄越してくれた。名前はジョン。暗くてどんな犬種か分からないけれど、きっと短毛で尻尾も短く、体は小さい。

犬の背中に乗るのが僕の小さな夢だったけれど、これじゃあ子どもでも乗るのは難しい。だとしたなら、

「今度は子どもにでもなれるように祈っているよ。なぁ、ジョン。」


風の噂で、ロビンソンさんは必要な勤めを果たし、仮釈放されて家族に会いにいったのだと聞いた。


「ああ、いい香りだ。……素晴らしき聖夜に……」

今夜もトニーはゆっくりと目を閉じます。次こそは開いた瞼の向こうに、サンタになった自分がそこにいることを信じて。

何度も、何度も繰り返される夢。けれどもそこにトニーの幸せは確かにあるように思われました。






町が、真っ白なドレスとスーツを着てはしゃぐ季節、僕は配達の合間に休憩を挟んでいました。

大聖堂から眺める町はとても美しかった。町中が踊っているようなのです。寒空の下でもそこに人の心が温まる場所がこんなにもたくさんあるのだと嬉しくなった。

「はぁ。」

チラリと視線をズラすと、頬杖ほおづえをついて溜め息を漏らすガーゴイルがいました。

「どうしたんだい?」

「あの二人、どちらも家族があるのさ。それなのにこうやって人目を忍んで愛を確かめ合っている。…、無意味だと思わないかい?」

寺院の窓辺でキスをする男女が見えました。二人は間違いなく愛し合っています。

しかし、大聖堂を守護する彼は呆れていました。

「実らない愛ほど応援のしがいのないものはない。恋ではない。これは愛の話なのだ。分かるか、少年。」

クスリと笑い、僕は彼に助言を申し出た。

「いいじゃないか。愛したい人がいるのなら愛した方がいい。我慢したって、頑張ったって、どうしようもなくなることってあるよ。あの二人は愛するしかないんだ。」

「そんなもんかね。」

説教染みた言葉にガーゴイルは半分関心を無くしているようでした。

「幸せを見つける努力をしているのだから……。」

ガーゴイルはまた溜め息をつき、そっぽを向いてしまいました。

「そうかい。好きにするといいさ。ワタシは情熱的な愛を知らないが、ここで静かに暮らせて幸せだ。」

「それはなにより。」

「君もそろそろ、ここを出ていった方が良いんじゃないかい?」

「ほら、待っている人がいるだろう。ワタシには見える。」

「そうだね。全部、今日中に配り終えなきゃならないからね。」

待っていた親友を迎えにいき、その小さな背中に乗って、僕は世界中を飛び回りました。白い、白い夢のような世界の隅々まで。

なんだか、とても疲れました。まだまだ手直しは必要な気がしますが、とりあえず完結ということにしたいと思います。

不思議なもので、書いている期間が空けば空くほどエンディングの姿が変わっていくことに気づきました。絵本のような感覚で始めたのに、終わってみれば一人の男性の人生観を語っていました。

知らず知らず周りに影響されたりして、自分の感性がかわってしまったのかもしれません。

長編ものは一人で書いているようで、何人もの自分が作るものなのですね。

不満も多いですが、楽しくもあります。これからも少しずつ書いていきたいと思いますので、お暇があればお付き合いください。


最後に、作中に登場した花の花言葉を贈ります。どうか今後ともよろしくお願いいたします。

エーデルワイス『高貴な白』『尊い思い出』『高潔な勇気』『忍耐』

ポピー『忘却』『眠り』『想像力』

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