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船長と魔女  作者: 樹 雅
第1章  魔女の望み
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第8話 船長と連合


 ほとんど海賊相手の戦闘行動だった。


なぜ、わたしが撃たれるのかが判らなかった。連合軍に恨まれる筋合いは無いはずなのに。


「ヴィー。長距離通信は出来るか?」

「だめよ。ジャミングが掛かっているわ。連合軍から通信が……」

「繋げてくれ」


 通信モニターに、連合軍士官の制服を着た初老の男が映った。


『即時停船せよ。命令にしたがわねば沈める』

「停船命令の理由は何ですか? こちらはFTC所属のトレイダーですよ。理由も無く命令を受ける謂れはありません」


 たぶん無駄と思いつつも、そう聞かざるを得ない。

 連合軍の停船命令は、理由も無く発せられる事は無い。まして、海賊でもない者に威嚇射撃はしないはずだ。


『海賊が。身分詐称とは、いい度胸だ。砲手、機関部を狙え。用意、撃て』


 最後まで聞いてはいなかった。砲手あたりから、回避行動と防護行動を起こしていた。


「ヴィー! シールドジェネレーター出力最大。船尾を護れ」


 慌てて魔女ヴィーは、コントロールパネルを操作する。わたしはスラスターの出力を上げて船に回避行動を起こさせていた。

 ギリギリで直撃を避けられたものの、スラスターの一部が消失してしまった。コンマ何秒でも遅ければ、メインエンジンに直撃を受けて、ヴァルキリアは爆発四散していたところだ。


「何の真似だ!」


 わたしは思わず通信モニターに怒鳴っていた。返って来たのは、エネルギー弾とミサイルの雨だった。


「ええい、クソ!」


 悪態が口から出る。

 飛来してくるエネルギー弾とミサイルの雨を回避するための操船に追われてしまった。エネルギー弾の直撃を避け、ミサイルは対宙迎撃ファランクスに任せる。


『ほう。なかなか腕の良い海賊だな』


 感心したような声が通信モニターから流れた。

 今はまだ良い。

 この攻撃を行っているのはただ一艦だから。これが三艦からの一斉攻撃に変わると、迎撃は無理だった。そこまでの自信は、わたしには無い。


「船長! 反撃は!」


 切羽詰ったような魔女ヴィーの問い掛けに、首を振るしかない。


「しない。する訳には行かない!」


 できる訳が無かった。

 たぶん、わたしには海賊の容疑が掛かっているのだろう。ここで反撃する事は、そして逃げる事は自分が海賊だと認める事になる。いくら撃沈の危険があろうとも、反撃も逃げる事も出来ない。ただ攻撃を回避するしかなかった。

 しかし、いつまでもこの状態が続くとは、わたしには思えなかった。


 連合軍が痺れを切らすのが早いか、わたしが操船ミスをして撃沈されるか、どちらかになるのは時間の問題だった。進退窮まっても何の打開策も無く、冷や汗が出てくるのが止められなかった。

 じりじりとした時間が過ぎたころ、連合軍からの攻撃が突然止まった。不審に思ったわたしは、魔女ヴィーを振り返っていた。


「連合軍の動きは?」

「ないわ。相変わらず、取り囲んだままよ」


 そして、通信モニターが再び連合軍仕官を映し出した。


『貴船の所属、船名および船籍。船長の氏名を述べよ』


 わたしは安堵の息を吐き出していた。顔を上げて仕官を見て答える。


「FTC所属、船籍LKS一〇〇二五四八、船名ヴァルキリア。船長はレオン・ライフォード。トレイダー認識FTM七三〇六三五四六二A」

『少し待て』


 そのままわたしと士官は、黙ったままモニター越しに睨み合っていた。

 しばらくすると、仕官が顔を背け、隣の者から報告を聞いていた。

 再び、わたしに顔を向けると、敬礼をする。


『確認が取れた。おまえをFTC所属のトレイダーと認めよう。私は連合軍第八二独立艦隊司令グラニ―ル・ランバルト大佐』

「ランバルト大佐。どう言った事か説明してくれるんだろうな」


 わたしの問い掛けに、ランバルト大佐は頷いて見せる。


『もっともだな。そのために本艦に招待しよう』


 数時間後、わたしとヴィーはラドリア級巡航艦の中にいた。出迎えの士官に案内されたのは司令官室だった。

 ランバルト大佐は、わたし以外の者がいる事に、それが少女だという事に驚いていた。


「ヴァルキリアの航宙士ヴィーだ。彼女も聞く権利があるはずだが?」

「いや、だが……」


 嫌そうなランバルト大佐に、わたしも嫌そうに言った。


「理由も無く連合軍は、民間船に砲撃をしたと触れ回りたいんで?」

「理由はある」

「わたしがそれを聞いて、彼女に教えるのか。二度手間だ、大佐」


 渋々といった感じてランバルト大佐は、ヴィーの同席を許可した。一歩間違えば、わたし達はこの世にいなかったのだから、妥協もへりくだる必要も無い。


「ライフォード船長は、我々の任務を知っているかね?」


 思わず頭を抱えたくなった。

何をバカな事を聞いているんだと思ってしまう。どう答えろとわたしは大佐に聞きたかった。


「知る訳が無い」

「うむ。その通りだ」

「公然の秘密、とか言われているあれの事を言っているのか?」

「ほう。何だ?」

「海賊討伐。ラドリア級巡航艦は全艦、その任に付いている」


 秘密でも何でもない。連合軍の広報へアクセスすれば、ラドリア級の項目に大きく出ている。


「それを知っているのなら、話は早い」


 まさにそう言いたい。と言いたそうな顔のランバルト大佐に、わたしは頭痛がひどくなるのを感じた。

回りくどい言い方をせずに、本題をさっさと話せばいいのに、と思うわたしはいったい何なんだろう。


「ライフォード船長も知っている通り、我々は海賊討伐の任を受けて、連合中を移動している」


 わたしとヴィーは黙って聞くしかない。とにかく先を話してくれない事には、意味が解からない。本題を話してくれるまで耐えるしかなかった。


「先頃、標準時間で一二時間前の事になる。我々の元に一件の情報が入った。何か解かるか?」


 殴っても良いのかな、と自問してしまった。そんなわたしに構わずに、ランバルト大佐は続けている。


「解かる訳が無いな」


 わたしはこれほど、自分の衝動に身を任せてしまいたいと思った事は無かった。が、それを押さえたのは、わたしが我慢強いからではない。

魔女ヴィーが冷たい風を起こし始めたのに気が付いたからだ。とにかく魔女ヴィーが怒っている事は確かだった。ランバルト大佐の副官は、何かに気が付いたように、辺りをキロキロとしきりに見ている。

気が付いていないのか、それとも気が付いていても知らない振りをしているのか、大佐は自分のペースを崩さない。

 もし、気が付いていて今のような態度を取っているのなら、大佐は容易ならない相手だ。


「積荷を海賊に奪われた。アディス星系からグランデル星系に向かう航路。海賊は、そのままラドゥラ星系方面へと逃走。情報提供者は、身元の確かな者であったため、急遽、一番近い場所にいた我々が向かうことになった」


 なるほど。だからラドリア級巡航艦が現れた。

だが、どうしてわたしが疑われる?


「それがわたしの船を海賊船と間違えた理由か?」

「いいや」とランバルト大佐は首を振る「二〇〇メートル級の小型船が一隻だったから、彼らは油断したそうだ。あっという間に接舷移乗され、抵抗する間もなかったと言う。まさか、海賊が一隻で、しかも小型船などとは誰も考えないからな」


 わたしは、ぽかんと口を開けてしまったらしい。

二〇〇メートル級小型船。グランデル星系へ向かっていたのは、たぶんわたしの船だけだろう。


「我々は情報通りに貴船を海賊と認識し、行動を取った訳だ。納得したかね」

「どこの……誰だ」


 唸ってしまった。わたしを海賊として撃沈させようとした奴は。

探し出さなければならない。これはトレイダーとしての誇りを汚されたと言っていい。断固として許すつもりは無い。


「教えると思っているのか?」

「ふざけていのか? わたしを海賊と誤認させ、連合軍に撃沈させる」


 ランバルト大佐が少し身を引いた。わたしの横でも空気が更に冷えていく。


「間違えるな! あんた達は民間船の撃沈という不名誉な汚名を負う事になっていた。わたしでなく、中型船や大型船なら、いやわたし以外だったら間違いなくそうなっていた」


 わたしの言葉に、ランバルト大佐以下の士官が、腰のハンドガンに手を持って行く。その彼らをわたしは静かな怒りと共に見ていた。

魔女ヴィーは座ったまま、冷淡に彼らを見ているのだろう、彼女を見る士官の顔に困惑が浮かんでいる。


「正体を現したな。海賊」


 なぜか勝ち誇ったようなランバルト大佐だった。

 こいつは……バカだ。

わたしは、それを確信した。

彼の副官は、苦虫を潰したような顔で首を振っていた。


「ふざけるな! 貴様らの中で誇りを汚されて黙っているような奴がいるか!」


 気がついたら怒鳴っていた。

これは我慢するような事ではない。いや、それ以前の話だ。わたしは誇りを汚されてまで、大人しくしているような男ではない。


「衛兵。二人を拘束しろ!」

「ヴィー!」


 わたしは、反射的に魔女ヴィーを呼んでしまった。

失敗したと思った時は遅かった。魔女ヴィーは立ち上がって艶然と笑っていた。

 瞬間、わたし達以外の者の動きが不自然に止まる。連合軍士官達の顔が一斉に驚愕に変わった。


「船長。相手が判ったわ」


 静かに魔女ヴィーが言う。

この場で聞く事ではなかったが、この状況なら聞いておいた方が良いと判断した。わたし達に関わると良くない。そう思ってもらう方が良い。それが、わたし達を護る事となる。


「誰だ?」

「クロワード財閥、エスリック」

「なん……だとぉ?」


 わたしは魔女ヴィーを振り返ってしまっていた。ゆっくりと魔女ヴィーは頷いている。


「財閥が手を回したようね。彼は釈放されているわ」


 事情があるにせよ、アディスの中継ステーションの港湾管理局は、やってはならない事をした。

例え、財閥からの圧力があったとしても、強奪を企てた実行犯を釈放するべきではない。自分で自分の首を締める事になる。


「大佐」


 蒼くなったまま動きが取れないランバルト大佐を、わたしは冷たい声で呼んだ。眼だけを動かしてランバルト大佐は、わたしと魔女ヴィーを交互に見ている。


「この件はFTCを通して連合軍本部に厳重に抗議をする」


 わたしはランバルト大佐に顔を近づけて「一つ、良い事を教えてやろう」言う。


「世の中には手を出さない方が良い事もある。理解しておいて損は無いぞ」


 連合軍相手の恫喝は逆効果になる場合もあるが、今回は身に染みているはずだ。

彼等が感じているのは、紛れも無い恐怖だろう。ランバルト大佐の瞳には、恐怖が浮かんでいるのが見て取れたからだ。


「ヴィー」


 呼んだわたしの意図を、魔女ヴィーは正確に理解していた。

 士官達がドサリと床に座り込んで、怯えたような顔をわたしとヴィーに向けていた。


「大佐。わたし達の嫌疑は晴れましたよね?」


 恐怖を貼り付けたまま、ランバルト大佐は頷いていた。他の士官達もそのまま動けずにいる。

わたしはことさらゆっくりと、彼らを見渡してから、再び大佐に眼を向けた。


「下艦しても?」

「中佐! お二人をご案内しろ!」


 引き攣った声でランバルト大佐は副官に命じていた。床に座り込んでいた中佐は、弾かれたように立ち上がって、わたし達を促して司令官室のドアを開けた。

 連絡橋で、副官は敬礼をして言った。


「ライフォード船長。非礼はお詫びします。我々は……」

「中佐。あなた方の任務は理解しているつもりです。わたしは嫌疑が晴れたと言う事でしょう。あなた方を責める気はありませんよ。それがあなた方の仕事でしょうから」

「そう、言っていただけると助かります。船長はこれから?」

「輸送の途中でしてね。まだもギリギリで期日までには間に合いそうですから、とりあえずは、そちらを先に済ませる事にしますよ」


 そして、わたしは副官に言う。


「嫌味を言わせてもらえば。期日に間に合わなければ、わたしのトレイダーとしての信用問題になります。その時は、あなた方を依頼主の元に連れて行き、釈明をして頂く事にします」

「そう、ならない事を祈ります」

「わたしもですよ、中佐。そして、二度と逢いたくありませんよ」

「同感です。ライフォード船長」


 それからわたしはヴァルキリアを発進させ、ラドルア級巡航艦がレーダー圏外へ消えるまで黙ったままだった。

ヴィーも、そんなわたしを気遣って、何も話し掛けないでいてくれた。

 自己嫌悪に陥っていた。魔女ヴィーをわたしの良いようにしか利用していない。頼りたくは無いのに、頼りにしていた。

これは落ち込ませるのに十分な事だった。彼女のおかげで、二度も危機的状況を乗り越えられた。その事実にわたしは自分が情け無く思えてしょうがない。

まったく、何がトレイダーの誇りだ。魔女ヴィーの手を借りなければ、それすら守れないとは。なんと情け無い事か。


 ほのかなコーヒーの香りが、わたしの鼻腔をくすぐった。ふと、顔を上げると、傍にヴィーがカップを持って立っている。


「船長。大丈夫?」


 気遣うヴィーに、わたしは情け無くなってくる。


「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」


 ヴィーからカップを受け取って、一口飲んでみる。

コーヒーの味と香りは、気分を少しだけ良くした。ヴィーは、傍のコンソールに寄りかかってわたしを見ていた。その顔はまだ少し不安そうだった。


「ちょっと、落ち込んでいた。情け無く思えてね」

「そんな事は無い。船長は情け無くないよ」


 首を振ってヴィーは言ってくれるが、わたし自身は身に詰まる思いだった。


「ヴィー。わたしは、あのヴィーが気に入らないと言った。あのヴィーの手を借りずとも乗り切らなければいけないはずなのに、助けられているばかりだよ」


 溜め息が口から出てしまった。


「でも、船長。今のボクでは役に立たない。あのボクだから船長の役に立てた」

「判っているよ、ヴィー。キミもあのヴィーも、わたしのためだったら、どんな事でも起こして見せるだろう。わたしは、それを知っていたはずなのに」


 それはもう疑う余地の無い事だった。

とんでもない少女に、わたしは随分と見込まれたものだ。わたしとしては、ヴィーの力を使わないで済むようにしたいのだが、それが出来ていないばかりか頼りにしてしまっていた。


「本当なら、ヴィーの力は使って欲しくないんだ」


 驚いたようにヴィーはわたしを見る。


「便利すぎるからね。頼ってしまいそうになる自分が嫌なんだよ」

「船長。ボクは頼って欲しいと思う。そのためにボクはここにいる」


 ヴィーの言葉は魅力的過ぎる。

その誘惑に負けてしまう訳には行かない事は、誰よりも理解している。負けてしまえば、わたしをモルモットにした学者と同じになる。


だから、それは出来ない。


そして、注目を浴びればどんな事になるかは、身をもってわたしは経験していた。わたしと同じ目に会わせる訳にはいかない。いや、すでに会っているのかも知れないが……。 

うー、いかんな。ヴィーをすでに身内として扱っているな。


「ヴィー。キミの力は、あまり知られない方がいい。わたしの力さえ研究材料にされたぐらいだからね。キミは、わたしの力よりも強い。学者が目の色を変えて追いかけてくるだろう。わたしとしては、それは歓迎したくないからね」


 その時に浮かんだヴィーの微笑を、わたしは生涯忘れないだろう。

暗く深い淡い微笑。二度と見たくないヴィーの微笑だった。


「ボクを実験材料に出来る物なら、やってみるがいい。ボクを拘束する事など出来ないと思い知るだけだ」

「判っているよ、ヴィー。だが、そう言う者達ほど簡単には諦めない。どこまでも追ってくる。その上、そう言う者は後を絶たないからね」


 こう言う話は、話していて楽しい事ではない。わたしは話題を変える事にした。ヴィーの気遣いが、良い気分転換になったようだ。


「さて、これからだが……」

「どうするの、船長」

「わたしは、虚仮にされたようだ。このまま期日までに移送先へ向かうのは気に食わない」


 ボクもそう思うと言うようにヴィーは頷いている。


「そこでだ。ラドゥラ星系で待っているドクタ達の話を聞いてみようと思う。ドクタ達も、わたし達の積荷に興味がありそうだからね」

「じゃあ、ドクタ達の話が、レインに良い事だったらドクタに任せるの」


「ヴィー」とわたしは嗜める「わたし達はトレイダーだよ。約束は守らないといけない。トレイダーの信義に反することは出来ない。もちろん、期日までにわたし達はグランデル星系に到着する。それがトレイダーだからね」


 首を傾げるヴィーに、わたしは笑って見せた。一つだけ、FTCにもクロワード財閥にも言い訳がたつ方法を思いついた。

 まったく。ドクタ・カツラギは、あいも変わらずにわたしを驚かせ、道を示してくれる。今でも頭が上がらないのに、更に頭が上がらなくなるとは思ってもいなかった。




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