第7話 船長と海賊
事体に変化が現れたのはアディス星系を出て二日目の事だった。
初めは擦れ違うはずの航路を取っていた三隻の船が、徐々に針路を変えヴァルキリアを囲む航路を取り出した。
「船長」
ヴィーの声は硬かった。
「判っている。わたし達に用があるのだろう」
わたし達か、はたまた積荷に用があるのか判らないが、歓迎したくない状況だ。
「どうするの?」
「まだ決められない。相手の出方によっては、振り切るしかないな。ヴィー、どう思う?」
「ボクには判らないよ。船長の方が良く知っているでしょう」
もっともだ。海賊なら、とっとと逃げ出すが、どうも違うような気がしてならない。
海賊はこんなまどろっこしい真似はしない。一気に距離を詰めて、問答無用でエネルギー弾を機関部に打ち込む。動けなくなったところで、接舷移乗してくるはずだ。
囲みを作っているようだが、それ以外の行動は今のところ無い。
ここまで時間を掛けるような海賊はいないはずなのだが、相手の意図がつかめずにいる事は、かなり判断に迷いが出る。それを狙っているのなら、相手は頭の回転が速いといえる。
そんな相手は苦戦すると決まっていた。
「ヴィー、光学映……」
「待って、船長。通信が入った」
「繋いでくれ」
通信モニターに映ったのは、アイパッチにパイレーツハットを頭に載せた、海賊らしくない中年の男だった。
呆気に取られたわたしとヴィーを尻目に、中年の男は言う。
『われわれは、えっと、グル? グルニダン海賊一家だ。あー、無駄な抵抗はせずに、えー、積荷を渡せは命だけは助けよう。いや違った、命だけは助けるぞ』
わたしは違った意味で頭が痛くなってしまった。ヴィーはヴィーで眼を丸くして相手の口上を聞いている。
『えー、すぐに機関を停止して、慣性航行に切り替えなさい。いや、切り替えろ』
棒読みでセリフを喋っているようにしか思えない口調――しかも、どうしようもなく品の良さが隠せない――で中年の男は片目で凄んで見せる。
その迫力の無い事と言ったら、呆れてしまうくらいだった。
しかも、わたしはこの相手が、誰だか判ってしまった。見知っていた相手だったから、更に頭が痛くなってしまった。
呆れたような顔でヴィーが声を潜める。
「船長。今時の海賊って、こうなの?」
わたしは片手で、こめかみを押さえつつ首を振っていた。
いる訳が無い。
ドラマの海賊でもあるまいし、証拠を残すような事はしない。少なくとも、映像付きで通信を送って来る事は無い。
ほとんどが音声のみの短い恫喝だけだ。砲撃も無く、通信を送って来る事は本物の海賊は絶対にしない。これは、ただ単に海賊を装っているだけだ。
「ドクタ。そこで何をやっているんです?」
わたしの呼びかけに、中年の男は絶句して言葉に詰まったまま固まってしまった。
周りがざわめいて、一方的に通信が切れたてしまう。しばらくわたしとヴィーは、通信モニターを見詰めてしまった。
ややあってヴィーは、わたしを疑わしそうに見ると首を傾げる。
「船長は、今の人の事を知っていた?」
苦笑して頷いてみせる。
しかし、何だってまた、こんな所で見当違いの海賊の真似をしているのか、理解に苦しむ。そう言う人ではなかったはずなんだが?
「あの人は、ドクタ・ケンジ・カツラギと言ってね。わたしの恩人なんだ。故郷を出る時にも、ルイフルのおやじさんに拾われた時も世話になった人だよ。ドクタがいなければ、わたしは故郷でどうなっていたかは判らないな」
「そう言う人が、いったい何でこんな事を?」
「それは、わたしが聞きたい事だよ。本当に何でまた、こんな事をしているんだろう?」
ヴァルキリアを囲んでいた三隻の内、一隻が速度を上げて接近してきた。
「船長」
ヴィーの声に緊迫感がこもる。
この状況では仕方がない事だが、わたしは逆に安心していた。なにせ相手は、あのドクタ・カツラギだ。
「大丈夫だ、ヴィー」
わたしは安心させるように頷いて見せる。
同時に通信モニターが再び灯った。今度は、アイパッチもパイレーツハットも無いドクタ・カツラギが映し出される。
『あー。キミは誰だったかな? 見覚えはあるのだが……』
まあ、そう言うのは判る。
ドクタ・カツラギと最後に会ったのは一三年前の事だから。それからわたしも色々とあり、あの当時の面影は残っていてもかなり感じが変わったのだろう。
「お忘れですか、ドクタ。わたしですよ、ライフォードです」
一瞬だけドクタ・カツラギは信じられないように眼を開き、わたしをモニター越しに見つめてくる。
「で、ドクタは、そこで何をしているんです? しかも海賊の真似事までして、何の冗談です?」
『いや、な。ライフォード、キミに相談があるのだが……』
「とりあえず、聞きましょう。わたしもトレイダーですから、儲け話には興味があります」
途端にドクタ・カツラギの顔が、何ともいえないようになった。わたしは先を促すように何も言わずに黙っていた。
『あー、儲け話とは違うのだが……聞いてはくれないかな』
「ドクタらしくも無いですね。回りくどい事は止めましょう。はっきりと言って下さい」
『実はな……』
「あーと、ちょっと待て下さい。ドクタ」
わたしはドクタ・カツラギを止めた。ヴィーが眼だけで、呼んでいる事に気が付いたからだ。
「ヴィー?」
「ライフォード船長。ヴァルキリアの武装は?」
魔女ヴィーだった。
「必要になるのか?」
「ええ。このままではね」
それ以上の言葉は要らない。魔女ヴィーは、必要が無ければ出て来ない事は判っている。
「ヴァル。全機能制限解除全武装起動。ヴィー、航法を戦闘管制に切り替えろ」
それだけ指示して、わたしはドクタ・カツラギを見る。
「ドクタ。今すぐこの宙域を離脱して跳躍をして下さい」
『えっ?』
「ここは戦闘宙域になります。話はカドゥラ星系で。わたしはそこに寄りますから、そこで待っていて下さい」
『ライフォード。それなら我々もいたほうが良いのではないか? 我々の船にも武装はあるぞ』
溜め息がわたしの口から出てしまった。
「ドクタ。はっきり言いましょう。あなた達は足手まといなんです。わたしだけの方がやりやすいんです」
わたしの口調に何を見たのか、ドクタ・カツラギは素直に頷いてモニターから消えた。
「ヴィー、余裕は?」
「もうすぐよ。ライフォード船長」
ほとんどのトレイダーは、自衛手段として船に連合軍の駆逐艦並みの武装を施している。それは積荷を守るために必要であり、時として海賊を撃退してきた。
ヴァルキリアにも武装は施している。連合軍の巡航艦の主砲三〇センチプラズマ粒子砲二門、対宙迎撃ファランクス、そしてミサイル発射管一二門があるぐらいだった。
あとは、ヴァルキリアの船速を活かしての一撃離脱。それがわたしの基本戦術だった。
ほどなく、三隻の光点が航宙レーダーから消えていた。それと同時に新たな光点が三つ灯る。
「熱分布、船影……ライブラリィ確認……ラドリア級巡航艦!」
「まさか。なぜ連合軍が、こんな所に」
わたし達の航路は定期航路から外れている。
だが、この近辺で海賊が出たとは聞いた事が無い。海賊専門の強襲巡航艦が出てくる場所ではないはずだ。
「高エネルギー弾接近! 船長!」
魔女ヴィーの声が甲高くなった。しかし、わたしは船を動かさずに、そのままにしていた。これは威嚇射撃、次は当てるぞ。その意味にしかならない。
思った通りエネルギー弾は、ヴァルキリアの船体を掠めて通り過ぎた。
「船長。通信が……」
ほとんど海賊相手の戦闘行動だった。