第6話 船長と魔法2
FTCのイリーナから連絡が来たのは、四〇時間に少し足りない時だった。通信モニターに映るイリーナの顔には困惑が浮かんでいた。
『お待たせしました。ライフォード船長』
「芳しくないようだな」
『おっしゃる通りです。全てを洗い直しましたが、不審な点はありませんでした。また、少女の件も、本人が納得している事であり、もう一つの実験生物と対となっているため、実験生物として申請した。との事です。』
「一〇才の女の子が納得しているだとぉ?」
『はい。そう言い切りました。とても納得出来る事ではありませんが、それ以外は法的にも不正なところは出てきません。FTCとしても、これ以上は……』
「ああ、解かっているよ。それで、予定通りの輸送でいいのか?」
『はい。クロワード財閥としては、そのまま予定通りに輸送をお願いしたいとの返事をもらっていますが……』
「どうした?」
『ライフォード船長に、迷惑を掛けたとの事で、輸送料金の上乗せをするそうです』
口止め料と言うのは解かっていたが……。
「気に食わんな……」
『ライフォード船長、私もです。不審な点は何一つとしてありませんが、なぜか私も気に入らないのです。何かあるとしか思えて仕方ないのです。ですが、それが判りません』
「驚いたわ」
わたしは溜め息を付いてしまった。見なくても判ってしまった。
「またかい? キミはわたしの命が危ない時にしか出ないんだろう」
「ライフォード船長。あなたが必要とする時は出てくるわ」
通信モニターの向こう側で、イリーナが固まっていた。
それは……そうだろうな。
「ライフォード船長。イリーナは感覚系の『六感』を使っているわ。まだ下位呪程度の力でしかないけど。こんなところでお目にかかるとは思ってもいなかったわ」
『あ、あなたは誰?』
不審げな声でイリーナは、ヴィーに聞いている。イリーナには、今のヴィーがヴィーに見えないのだろう。そんな心情が顔に表れていた。
「わたしはヴィーよ。前に挨拶したじゃない。忘れたの、イリーナ」
艶然と微笑むヴィーが、わたしの眼の端に見えた。何だか楽しんでいるように思えてしまうのは見間違いだろうか。
『うそ……そんな……』
「あらあら、忘れられるなんて悲しいわ。イリーナは、私に味方してライフォード船長を叱ってくれたのに」
『そんな……ライフォード船長!』
悲鳴のような声で、イリーナはわたしを呼んでいた。
聞きたい事は良く解かるが、説明をしても納得できないだろう。わたしとしても、説明する気も無ければ、納得させる気も無い。
「イリーナ。彼女はヴィーだ。わたしが中途半端に助けた少女だよ」
「そうよ。私はライフォード船長の良い人よ」
すかさずヴィーが口を挟んでくる。そのタイミングと言ったら、まさに絶妙としか言いようがない。
「遊ぶな、ヴィー」
「だからライフォード船長とは離れたくは無いわ」
何がだからなのかは判らなかったが、ヴィーが楽しんでいる事だけは判った。
肩を落しそうになったが、魔女ヴィーが――普段のヴィーと分けるため、わたしはこの状態のヴィーを魔女ヴィーと呼ぶ事にした――出て来る事には理由があると思っていた。
「ヴィー。何か知っているのかい?」
「何も知らないわ。でも、ライフォード船長。レインの事なら少しは知っているわ」
「レイン? あの子が何か?」
「あの子も魔女よ」
「は?」
ちょっと待て。レインが魔女?
いや待て、あの子は何もそれらしい事はしていないぞ。
「あの子の呪は感覚系最上位、『共応感覚』。ある程度の知能を持った生物とコミュニケーションを取る事が出来る呪よ。それが、どう言う事になるか、ライフォード船長には解かる?」
共応感覚。
それがあれば、あらゆる知的生命体と情報交換が可能になるはずだ。
つまり、何も人に限らなくても良い訳だ。生物の生態を把握できれば、その生物をどんな事にも利用できる可能性が広がる。
平和利用など、ほんの一握りの者しか考えない。利益を上げるには……軍事利用か。だから、機密保持のために……。
「それが狙いか。そのために……トレイダーを利用した」
『待ってください、ライフォード船長。どう言う事でしょうか?』
「イリーナ。トレイダーに輸送を依頼したのは、隠れ蓑にするためだろう。自前で輸送しても、レインの事は隠せない。トレイダーなら、詳細は企業秘密で押し通せる。情報漏洩がされる事は無い」
イリーナの顔に理解の色が浮かんだ。さすがにFTCのオペレーターだけの事はある。頭の回転は速い。
『ですが、それを実用化するには……』
「そうだ。設備によっては実験が限られる。だから、新しい実験施設への移送だろう」
『移送先の、クロワード財閥系列の施設をあたってみます。どう言った施設なのかも調べておきます。それで、ライフォード船長はどうなされますか』
それが問題だった。
このまま移送すべきなのか、それとも降りるのか。判断するにはまだ材料が少ない。判断を下せないわたしに、魔女ヴィーがあっさりと言った。
「このまま予定通りに移送した方が良いわ」
わたしは思わず、彼女を見てしまった。
「留まれば停滞。行動すれば変化」
謎めいた言葉を魔女ヴィーは言う。
訳が解からず、いや、言葉の意味は解かるが、それが何を指すのかが解からない。首を傾げてしまったわたしに、魔女ヴィーは微笑を浮かべて言う。
「決めるのはライフォード船長よ」
たしかに、魔女ヴィーの言う通りだ。決めるのはわたしだ。
「イリーナ。調べられるだけ、調べてみてくれ。わたしは、このまま移送先までいく事にする」
『解かりました、ライフォード船長。解かり次第、連絡をします』
消えた通信モニターを見てから、魔女ヴィーを見るが、そこには済まなそうな顔のヴィーがいるだけだった。
言いたい事を言って消えた魔女ヴィーに、溜め息を付いていた。
「あの、船長……」
消え入りそうなヴィーの声だった。
「あのヴィーの事は気にしても仕方がないよ。あのヴィーもキミなのだから」
「でも……」
「ヴィー。あのヴィーはキミではないのかい?」
「…………」
「そうではないはずだよ。大丈夫、わたしはヴィーと上手くやっていけるよ」
「ごめんなさい。船長」
「謝る必要は無いよ。さて、それよりもだ。もっと大事な事がある」
そう。今、大事な事は残り三日で移送先まで行かなければならない事だ。
航路再設定時では、四日かかると出たのを三日にしなければならないが、その事は問題なく短縮できるだろう。何も問題が起こらなければ……。
「船長。再度、航路設定をやり直すよ」
並々ならない決意を秘めたヴィーの様子に、わたしは微笑んでしまった。ヴァルキリアに関して、まだヴィーに言っていない秘密がある。
限界性能。
普段なら海賊との戦闘にならない限り必要の無い事だけに、話す事も無かった。ヴァルキリアの性能を全開にすれば、どれだけの事が出来るかを伝えていなかった。
「ヴィー。航路設定はそのままで良い。そのまま申請してくれれば良い」
「船長。それじゃあ、日数が足りないよ」
「ヴィー。ヴァルキリアのジャンプチャージの時間は半分だよ」
「それで申請するの?」
「いいや。四時間で設定すればいい。そして、ヴァルキリアの通常航宙速度を上げる」
「船長。小型船の足の速さは知っているけど……」
「ヴァルキリアはラドリア級巡航艦並みの足を持っているんだよ」
ヴィーの眼が丸くなった。自分でもちょっと得意そうな顔をしているなと自覚していた。
「ラドリア級? 連合軍の?」
笑って頷いてみせる。
信じられないように、ヴィーが眼で問い掛けてきた。その気持ちは解かる。二〇〇メートル級の小型船が持ち得ない船速だからだ。
一般的に、船体が大きくなるにつれ船速は遅くなる。トレイダーが使用する船舶も、大型船と小型船では倍ほどの速度差が出てしまう。反対に物品の積載量は四倍以上の差がある。そのため、ほとんどの中堅クラスのトレイダーは、中型船や大型船を使用していた。
軍艦においてもこの速度差は、そのまま艦種の差になる。ただ、軍艦には小型艦は無く、最小の艦でも三〇〇メートル級の駆逐艦であった。
その中でも、ラドリア級巡航艦は六〇〇メートル級ながら、駆逐艦の一・五倍の船速を持つと有名であり、軍艦の中では最速を誇っていた。その船速を活かした運用をされ、主に海賊討伐の任に当たっている。
強襲巡航艦。それがラドリア級巡航艦の別名でもあった。
わたしの船ヴァルキリアは、小型船だがメインエンジンや跳躍装置の駆動系を大幅に改修してあり、出力は巡航艦クラスに匹敵する。例え、海賊に襲われても船速を活かして逃げ切れる。
実際、幾度となく逃げ切れたものだ。
逃げる行動しかしないためについた渾名が、例のヴィーが怒った酒場での一幕だった。
「最速で航宙すれば二日で行く事が出来るけど、それはいくら何でも速過ぎるからね。普段は機能制限を掛けているんだよ」
「船長。それ、冗談にしては笑えないよ」
「まあ。ヴィーの言う通りなのかも知れないが、ヴァルキリアはそれだけの船なんだ」
「信じられると思う?」
「ヴィーは、わたしを信じないのかい?」
グッと言う感じでヴィーは固まってしまった。そして、悲しそうに見ると言った。
「ひきようだよ……」
「わるかった」
素直にヴィーに詫びる。
たしかに、今のはわたしの言い方が悪かった。ヴィーが言葉通りの思いを抱いているのなら、わたしの言葉は信頼しているはずだ。それは認める以前の話だ。
「まあ、ちょっとした事で手に入れた船がヴァルキリアだったんだが、わたしもここまで足が速いとは思っていなかったからね。普段は必要が無い速度だから、ヴィーは知らなかったはずだよ」
本当は、ちょっとした事で手に入れた訳ではないのだが、説明するのはテレがあった。自慢話になる気がして話したくは無かった。しかし、いずれはヴィーには話しておかなければならない事も解かっていた。
ここで、話しておかなかった事に、わたしはあとで後悔する羽目になる。
「船の性能をフルに活かせば、大儲け出来る?」
「出来るよ」
これは断言できる。
輸送に限って言えば、他には依頼せずに全てわたしに来るだろう。仕事は選り取りみどり、料金も小型船の五割増でも独占的になるだろう。魅力的だが、それは出来ない相談だった。
「だけどね、ヴィー。そうなったら、連合に追われて船を取り上げられてしまうよ」
ラドリア級巡航艦並みの速度を持つ小型船。
これに飛びつかない奴はいないだろう。現在でも小型高出力のエンジンの開発に船舶関係者達は日々研究を重ねている。その成果の一つが、ラドリア級巡巡航艦に搭載されたエンジンである。
しかし、まだ巡航艦クラスまでにしか搭載できない大きさだった。よってヴァルキリアは、良い研究開発材料になる。
「それは、この船をわたしに渡してくれた人達の望む事ではないから、ヴィーも黙っていていてくれないか」
「うん。解かった……レイン?」
ヴィーが入り口に呼びかけた。振り返ると、レインがそこに立っている。レインはわたしとヴィーに近づくと言った。
「ノーマ……呼んでいる……」
「ボクを?」
「うん……ヴィー姉さん……」
そして、レインはわたしを見ると言った。
「……船長も……」
「わたしも?」
思わず言ってしまった。コクリとレインは頷く。
「……来て……」
それだけ言うとレインは歩き出した。わたしとヴィーは互いの顔を見てしまった。ヴィーは、首を傾げながらも言う。
「行ってみようよ、船長」
そうするしかないのだろうと思ってしまった。ともかく、わたしとヴィーはレインの後を追うしかない。ついた場所は、ヴァルキリアの船倉だった。そこには、例の巨大な装置が搬入された場所だった。
装置のパネルを操作してレインは中に入って行く。わたしとヴィーも、その後を付いて中に入る。中は三メートル四方ほどの広さで、一方の壁が透明になっていた。
そこは液体で満たされていて、一匹と言うか、一頭と言うべきか、イルカに似た海洋生物が、黒い瞳で我々を静かに見て浮かんでいた。
「……ノーマ……」
なるほど、この生物の名がノーマなのか。
それにしても、と思ってしまった。なぜ海洋生物が、わたしとヴィーを呼んだのかが解からなかった。
「ノーマ……帰りたがってる……故郷……」
思わずと言った感じで、わたしはレインを見てしまった。
この子が共応感覚能力を持っている事を聞いていたのに、驚いてしまった訳だ。ヴィーには解かっていたようで、レインに頷いて見せていた。
レインは、わたしとヴィーを見て頭を下げる。
「……お願い……ノーマ……帰して……」
「いや、待ちなさい」
言葉とともに片膝を着いて、視線をレインに合わせていた。
「それは出来ないんだ。わたしとヴィーは、キミとノーマを移送する事を請け負っている。勝手に、違う場所には連れて行けないんだよ」
「どうして……」
「それは……」
どう言えばいいのだろう。
一〇才ぐらいの子供を――レインは特殊な環境で育ったと思える――納得させる言い方はなかなか無いと思えた。大人の都合を理解しろと言うのは、かなり無理のある事は解かっている。
困ってしまったわたしに、助け舟を出したのはヴィーだった。
「ねえ、レイン。約束を破る事はいけない事だと知っている?」
「……うん……」
ヴィーの顔が笑顔になる。
「そうだよね。良くない事だよ。ボクと船長は、レインとノーマを他の場所まで連れて行くと約束したんだ。だから、その約束を破る事が出来ないんだ。解かる?」
「……うん……」
その言い方で良いのかと、感心してしまった。同時に約束の意味を理解していなければ、その言い方でも無理ではないかと思ってしまった。
「……でも……」
言いかけたレインに、ヴィーは首を振って見せた。
「レインは、ボクと船長に約束を破らせてもいいのかな?」
「…………」
「ボクと船長も、出来ればレインとノーマの望みを適えてあげたいけど、今は出来ないんだ。ごめんね」
ヴィーの言い方に、ちょっとだけ引っ掛かりを感じた。それは、とても嫌な引っ掛かりだった。
まだ何か起こりそうで、不安が広がるが、それをここで確かめるわけには行かない。
「あなたにも、ノーマにも悪いようにはしないよ。絶対に悪いようにはボクがしないから、待っていて」
「ヴィ、ヴィー」
慌ててしまった。ヴィーの言い方は、レインの望みを適えると言っているようなものだ。
「大丈夫、何とかなるって。船長」
笑顔で振り返るヴィーに、わたしは頭を抱えたくなってしまった。